魔族のプライド
一歩、また一歩と、泥を噛むような思いで辿り着いた地下の合流地点。
重い扉が軋んだ音を立てて開くと、そこには肩を貸し合い、煤だらけになったアリスとツキノの姿があった。
「アリス! ツキノ!」
真っ先に声を上げ、駆け寄ったのは剣一だった。背負われていたアリスの姿を見るなり、彼はその体を壊れ物を扱うように、けれど力強く抱き寄せた。
「アリス! 無事なのか……!? 怪我はないか!?」
「あはは……。見ての通りボロボロだけど、なんとか大丈夫だよ。……そんなに顔を真っ青にして、あたしのこと、心配してくれた?」
アリスは弱々しく笑いながら、剣一の胸元に顔を埋める。
「当たり前だろ! 本当に……生きた心地がしなかったんだぞ。良かった、本当に……戻ってきてくれて良かった……」
「へへへ。……嬉しいけど、あんまり強く抱きしめられると痛いよっ」
「あ、す、すまない……! つい、力が入りすぎた……」
慌てて腕を緩める剣一の横で、ルミナが静かにツキノの前に立った。その瞳には、隠しきれない安堵の光が揺れている。
「……ツキノ。よく、戻った。お疲れ様」
「うん! お姉ちゃんたちも、ちゃんと魔族の二人と脱出できたんだぞ?お疲れ様なんだぞっ!」
「おかえり、二人とも! すぐに回復するから、じっとしててねっ!」
真白が駆け寄り、聖なる光を手に宿らせる。それを見たツキノは、誇らしげに胸を張った。
「私はかすり傷なんだぞっ! だからアリスを優先して回復してあげるんだぞっ。こっちは魔力を空っぽにしてまで頑張ったんだぞっ」
「わかったっ! アリスちゃん、絶対に戻ってくるって信じてたよ……。──回復!!」
真白の温かな光がアリスを包み込み、疲弊した体に活力が戻っていく。それを見守っていたシロミが、口元を隠していたずらっぽく目を細めた。
「本当、無茶ばっかりするんだから。でも心配いらなかったかしらね。アリスは剣一と色々済ませるまでは、そう簡単にやられたりしないわよねえ」
「ちょっ……! シロミっ! 変なこと言わないでっ!」
アリスが顔を真っ赤にして抗議し、ようやく、いつものような賑やかな空気が戻り始めた。
死線を潜り抜けた六人は、救出した魔族の二人を労わりながら、歩みを進めアジトへと辿り着いた。そこには、一足先に陽動任務を終えて帰還していたバレットとミーナの姿があった。
「皆さん、ご無事でしたか……っ! 剣一さんも、お帰りなさいっ!」
ミーナが弾けるような笑顔で駆け寄り、期待に震える尻尾を激しく左右に振りながら、またもや剣一の腕にその柔らかな胸を押し付けるように抱きついた。
「あ、ああ。ただいま……。ミーナも無事で良かった」
「……ジーッ」
背後から刺さるアリスの冷ややかな視線を後頭部に感じながらも、剣一はミーナを強引に振り払うこともできず、ただ困惑したまま立ち尽くすしかなかった。
「無事、奪還できたか。よくやった。……だが、生存者はその二人だけか」
バレットが重々しく口を開き、剣一たちが連れてきた少年と少女に視線を落とした。
「……私たちが辿り着いた時には、もうこの子たちしか残っていなかったわ。……あなたたち、名前を教えてくれる?」
シロミが優しく問いかけると、少年が震える拳を握りしめ、真っ直ぐに前を見据えた。
「……僕の名前は、ロロ・ストーム。僕たちは天空で生まれたんだ……僕、もっと強くなりたい。僕の魔獣化を使えば、戦力になれるはずだ。……仲間を弄んだあいつらを、絶対に許さない……っ!」
続いて、少年の後ろに隠れていた少女が、静かな、けれど決固たる意志を宿した瞳を上げた。
「……あっちはララ・ストーム。ロロとは双子の兄妹なの。あっちの武器は魔眼。直接的な戦闘向きではないけど、視覚情報の共有や補助なら任せてほしい」
「ロロにララね……。私も同じ魔族だから、あいつらへの怒りは痛いほど分かるわ。でも、無理に戦わなくてもいいのよ? あなたたちは長い間、酷い仕打ちを受けてきた。心の傷だってまだ……」
シロミが慈愛に満ちた表情で二人を諭そうとするが、ロロは首を横に振った。
「……お母様。僕たちは魔族だ。他のみんなは、あそこで……。一族の借りは、一族が返さなきゃダメなんだ。どれだけ険しく辛い道でも、僕は諦めない。このままじゃ、死んでいったみんなが報われないんだ」
「あっちだって同じ気持ち。お母様、あっちたちをもっと強く……戦えるように鍛えてほしいの」
ララもまた、シロミの服の裾をぎゅっと握りしめて訴えかける。その必死な瞳に、シロミはふっと力を抜いて微笑んだ。
「……まったく、この子たちったら誰に似たのかしら。わかったわ。でも、やるからにはビシバシいくわよ? 覚悟なさい」
「「はいっ、お母様!」」
二人の迷いのない元気な返事がアジトに響き渡る。そのあまりにも自然な親子のような光景を、アリスは開いた口が塞がらないといった様子で呆然と眺めていた。やがて、恐る恐る隣に立つ剣一の服の裾を引っ張り、内緒話をするように耳打ちした。
「……ね、ねえ、剣一。シロミがお母様って、一体どういうことなの? あたしたちが死に物狂いで戦ってる間に、いつの間に……あんな大きな子供が二人もできてたっていうのっ!?」
「……落ち着け、アリス。俺も最初は驚いたが、話せば長いんだ」
剣一は眉間を押さえながら、小声で事情を説明し始めた。魔王の血を引き、生き残った一族の象徴となったシロミが、魔族たちの間では「血筋の母」として敬われていること。そして、この兄妹が彼女を本物の母親のように慕っていること。
「……なるほどぉ。血筋的な立ち位置ってことね。びっくりした……剣一との隠し子かと思っちゃった」
アリスがようやく安堵の溜息をつくと、それを見計らったかのようにシロミが二人の肩を抱き寄せ、上機嫌でこちらを振り返った。
「ふふ、そういうことよ。これからはロロとララも私たちの家族。……ねえ、剣一? あなたもこの子たちの『お父様』になってくれてもいいのよ?」
「ふふ、家族がたくさん増えて楽しそうだねっ」
真白も便乗して笑いながら追いうちをかける。
「……茶化すな。今はこれからの作戦を立てるのが先だ」
剣一が冷たくあしらうと、ロロとララが期待に満ちた目で剣一を見上げた。
「「お父様……!」」
「や、やめろっ!色々とややこしくなるだろっ!!」
剣一の叫びが響き、シロミの楽しげな笑い声が重なる。
深刻な救出作戦を終えた一行に、新たな「家族」という賑やかな絆が加わった瞬間だった。
一通りの騒ぎが落ち着いたところで、剣一は表情を引き締め、全員を見渡した。
「……さて、新戦力が加わった今、改めて俺たちの武器や特性を周知しておく必要があるな。敵の本拠地に乗り込む以上、どこで誰とどう組むことになるか分からないからな」
口火を切ったのは、陽動任務で獅子奮闘の働きを見せたバレットだった。
「俺の武器は魔爪だ。この手足の爪に魔力を流し込み、硬度や形状を自在に変えて戦う。近接戦なら、機械兵の装甲ごと引き裂いてやる」
バレットが拳を握ると、指先から鋭利な魔力の刃が伸び、空気を切り裂くような鋭い音を立てた。続いて、その隣で控えていたミーナが、期待に胸を膨らませて身を乗り出した。
「わ、 私の武器はこの尻尾です! 魔尾と言って、状況に合わせて数を増やしたり、先端を硬質化させてバレットさんの爪と同じように攻撃に転用できるんですっ!」
ミーナが誇らしげに尻尾を振ると、一本だった尾が瞬時に十尾へと分かれ、鞭のようにしなやかに、かつ力強く空中でうねった。
「次は私なんだぞっ。武器はこれ、魔靴!魔力を込めれば空中を滑るように浮くこともできるし、噴射の衝撃波で敵を蹴り飛ばすことも自由自在なんだぞっ。あ、でも一番の自慢は、誰にも負けない逃げ足なんだぞっ!」
ツキノが魔靴を軽く鳴らし、アジトの床から数センチ浮き上がってみせる。その軽快な動きに、ロロとララは目を輝かせて見入っていた。
「……私の武器は氷魔術。他の魔術師と違って杖は使わず、この両腕のブレスレットを媒体にして発動させている。広範囲の制圧と足止めなら任せて」
ルミナが手首の銀の輪に魔力を込めると、アジトの空気が一瞬で凍てつき、細かなダイヤモンドダストが舞った。
「……なるほど、それぞれの特性が噛み合えば、六神兵とも互角以上に渡り合えるはずだ」
剣一たちも改めて自己紹介を終え、互いの力を再確認した。それは、単なる情報の共有ではなく、これから始まるさらなる激戦への、静かな決意表明でもあった。




