機械六神兵
三手に分かれた一行は、死角を縫うようにして着々と拠点の深部へと歩みを進めていた。
敵の監視網を潜り抜けるため、一歩のミスも許されない。動きを最小限に抑え、遮蔽物の影に身を潜めるたびに、二人の距離は自然と吐息が触れ合うほど近くなっていく。
「……あ、アリス、少し距離が近すぎないか?」
背後にぴったりと張り付く熱量に、剣一が声を潜めて尋ねる。
「し、仕方ないでしょ……っ。あまり広がると、誰かに見つかるかもしれないじゃない」
アリスは言い訳するように早口で返したが、その手は剣一の服の裾をぎゅっと握りしめていた。
「だ、だからと言って、そんなに抱きつかれると流石に動きにくいんだが……」
「…………ねえ、剣一」
不意に、アリスが消え入るような声で問いかけてきた。その瞳は、どこか不安げに剣一の横顔を見つめている。
「……やっぱり、あの子みたいに胸が大きい方が、剣一は好きなの?」
「なっ……! そんなわけないだろう……っ! 俺は、その……アリスのが、良いに決まってるだろ……っ!」
思わぬ直球に、剣一は顔を真っ赤にして小声で叫び返した。自覚のない殺し文句に、アリスの頬がポッと赤らむ。
「ふ、ふーん……。……えへへ、そっか。ありがとう」
アリスは嬉しさを隠しきれない様子で、小さく、けれど幸せそうに微笑んだ。その緩んだ空気を引き締めるように、剣一は慌てて前方の曲がり角を警戒する。
「い、今は潜入に集中しろっ。ここは敵の拠点だ、何が起きるか分からないんだからな」
「た、確かに。……わかったわ、プロフェッショナルで行くっ」
アリスは表情を引き締め直したが、繋いだ手の力は先ほどよりも少しだけ強くなっていた。
二人は再び、冷徹な機械兵が巡回する廊下の闇へと音もなく踏み出した。
一方で、別ルートを突き進む真白とシロミの二人も、潜入の鉄則に従い、影に溶け込むほど密着して歩を進めていた。
だが、剣一たちの甘酸っぱい空気とは対照的に、こちらの背後からは、熱を帯びたシロミの荒い息遣いが漏れ聞こえてくる。
「くっ……集中、しなきゃいけないのは分かっているのだけれど……。真白ちゃんの、この甘い匂いが鼻をくすぐって……あぁ、もうっ。内側からムズムズしちゃうわぁ」
シロミは自身の本能を抑えるように、真白の肩に顔を埋め、陶酔したような溜息を漏らす。魔族としての鋭い嗅覚が、愛する少女の存在を余すことなく捉えてしまっていた。
「お姉ちゃん……っ。こんなところでダメでしょ。敵に見つかったら、お互い大変なことになっちゃうんだから」
真白は困ったように眉を下げつつも、背後の熱を優しく受け流す。そして、嗜めるようにシロミの耳元で囁いた。
「……ご褒美は、無事にアジトへ帰れたらたっぷりあげるから。それまでは、魔族の誇りにかけて集中して? 」
「……っ!! ご、ご褒美……! わ、わかったわ。真白ちゃんからの特別なご褒美があるなら、私、死ぬ気で頑張っちゃうわよっ!」
真白の「ご褒美」という甘い毒に、シロミの瞳に怪しい光が宿る。先ほどまでの悶えが嘘のように、彼女の全身から凄まじい集中力が放たれた。
「……ふふ、単純だね、お姉ちゃん」
真白は小さく微笑むと、再び冷静な足取りで、同胞たちが囚われているという最深部の牢獄を目指して闇へと溶け込んでいった。
別ルートを進むツキノとルミナは、他の四人とは対照的に、一言の私語も交わさず極限の集中を維持していた。エルフ特有の鋭い感応力が、拠点の壁一枚隔てた先の微かな魔力反応を捉え続けている。
「……もうすぐ魔族が捕らえられている収容区画に出るはずなんだぞっ。お姉ちゃん、ここからはさらに気を引き締めて行くんだぞっ」
ツキノが極小の声で囁くと、ルミナは短く、けれど信頼を込めて頷いた。
「……わかってる。あなたも、浮足立たないように」
二人は影に同化するようにして廊下を滑り、重厚な鉄扉の影へと潜り込んだ。驚いたことに、そこには一切の見張りが立っていない。不気味なほどの静寂が、かえって事態の緊急性を物語っていた。
「警備がいない……今しかないんだぞっ!」
扉をこじ開けた先には、力なく項垂れ、壁に繋がれた、額に小さな一本角がある二人の魔族の姿があった。その変わり果てた姿に、ルミナの瞳に静かな怒りが宿る。
「……あなたたち、大丈夫? 今すぐ出してあげる」
ルミナが細い指先を突き出すと、極低温の魔力が手枷に触れた瞬間息をする間もなく氷漬けになった。
「──氷点」
パキッと硬質な音を立てて手枷の鎖が凍りつき、脆くなったところをルミナが軽く叩くと、氷の破片と共に拘束が砕け散った。
その瞬間、別の入り口からも足音が響く。反射的に武器を構えたルミナたちの前に現れたのは、息を切らした剣一たち四人だった。
「間に合ったか……! 全員無事だな?」
剣一が周囲の状況を確認し、シロミが同胞のもとへ駆け寄るのを見届けて短く号令を下した。
「よし、生存者は確保した。長居は無用だ、このまま一気に撤退するぞ!」
だが、その退路を断つように、重厚な金属音を伴う哄笑が地下室の空気に響き渡った。
「……クククッ。鼠が袋のネズミを助けに来るとはな。お前ら、ここから五体満足で出られるとでも思っているのか?」
「……っ! いつの間に!?」
剣一が弾かれたように振り返ると、そこには黄金の仮面と装甲を纏った巨躯、ロック・ゴールドが立っていた。その全身から放たれる圧倒的な魔力の重圧に、空気そのものが軋みを上げている。
「みんな、先に魔族の二人を連れて出るんだぞっ! 私とルミナで相手して時間を稼ぐから、その隙に逃げるんだぞっ!」
ツキノが力強く地面を蹴り、一歩前へ出た。その足元に装備された魔靴が、彼女の魔力に反応してバチバチと火花を散らし、鮮やかな光を帯びる。
「……早く行って。そこにいられると、私の魔法に巻き込む。……邪魔」
ルミナもまた、周囲の温度を氷点下まで引き下げるほどの膨大な魔力を練り始めていた。
「だ、だが、この人数で一気に叩けば……!」
剣一が加勢しようと一歩踏み出すが、ツキノの鋭い叫びがそれを遮った。
「さっき決めたのは何のための作戦だと思ってるんだぞっ! 優先すべきは救出! 甘く見ちゃダメなんだぞっ! こいつはロック・ゴールド、機械六神兵の三番目……力だけなら神にも匹敵する化け物なんだぞっ!」
「……逃がさん。不浄なる肉体ごと、黄金の塵に還してやるわ」
ロックが魔法を発動すると右腕が輝く金の巨大なドリルへと変形し、凄まじい回転を始める。その一撃が放たれる寸前、ツキノが魔靴に魔力を爆発させ、弾丸のような速度で肉薄した。
「……行って。ここは、私たちが喰い止める」
ルミナの冷徹な声と共に、氷の牙が床を這う。それと同時にツキノの魔靴が放つ衝撃波が、ロックの初撃を強引に逸らした。
「……チッ、ちょこまかと……!」
苛立つ黄金の巨躯を背に、剣一たちは歯を食いしばって拠点からの脱出路を駆け出した。
だが、ロック・ゴールドは冷酷に哄笑し、超回転を始めた右腕のドリルに、膨大な魔力を注ぎ込む。
「──逃がさんと言ったはずだ、不浄なる鼠どもッ!!」
ロックがドリルを床に叩きつけた瞬間、拠点の基礎をなす鉄鋼が轟音と共に砕け散った。地鳴りのような衝撃と共に、割れた床下から、湧き出すマグマのように何百、何千という殺意のドリルが、無差別に噴射される。
「くそっ……! 避けきれない!」
剣一とシロミが衰弱した魔族の二人をそれぞれ抱え、アリスと真白も飛来するドリルの雨を死に物狂いで回避していたが、退路は完全に断たれ、周囲は瓦礫の山と化していく。
その極限の状況下で、アリスが唐突に足を止めた。
「……みんな、先に行って! あたしの技なら、このドリルを……っ!」
「アリス!? 何を言っているんだ!」
他の三人は驚愕に目を見開くが、殺到するドリルの嵐を避けるので精一杯だった。
アリスの瞳に、冷静かつ狂おしいほどの魔力が宿る。彼女は瞬時に遠隔形態へと換装し、限界を超えた魔力を一気に解放した。
「──限界突破!最大出力……ッ!!」
アリスの全身から、焦熱の魔力が噴き出す。
「──岩漿炎波ッ!!!」
アリスが放ったのは、熱波などという生温かいものではなかった。
それは、すべてを溶かし尽くす「溶岩の激流」だ。張り巡らされた鉄や銅の床を瞬時にドロドロの液体へと変え、湧き上がるドリルさえも原型を留めずに熱で溶かし、蒸発させていく。
「お姉ちゃん! あの子たちの先導をお願いするんだぞっ! 私とアリスで、この場は何とか食い止めるんだぞっ!」
ツキノが魔靴を轟かせ、溶岩の海の上を浮遊しながらルミナに叫ぶ。アリスの超広範囲攻撃に、ツキノの機動力が組み合わさる。
「……わかった。ツキノ、アリス……必ず戻ってきて」
ルミナは悔しげに唇を噛み、剣一たちの前へ出た。
「アリス!!!! 必ず……っ、必ず戻ってきてくれ!! 命令だ、死ぬことは許さないッ!!!」
熱波の向こう側で、アリスが弱々しく、けれど誇らしげに微笑むのが見えた。剣一は引き裂かれるような思いを抱え、ルミナと共に、崩れゆく拠点から飛び出した。




