偵察部隊
神への反逆の旗印を掲げる《黒狼の牙軍》と、数奇な運命で結ばれた剣一たち。地下アジトの重苦しい空気の中、バレットが魔法で作られた端末で地図を起動させ、作戦会議が始まった。
「お前らはまだここに来て日が浅い。まずは、この『鉄の檻』の力関係を叩き込んでおいてやる。……いいか、あの塔には神が十三人居座っている。正面から殴り込みに行くのは自殺志願者のすることだ。瞬きする間に消されるのがオチだぜ」
バレットが忌々しげに塔の周りの拠点を指差す。
「神の直属には、『機械六神兵』と呼ばれる六人の幹部がいる。一般兵を束ねるリーダー格だが、どいつもこいつも化け物揃いだ。そしてそいつらに同行している補佐も中々厄介だ……あいつらを突破しねぇ限り、神のツラを拝むことすら叶わねえ」
「……機械六神兵、か。神の他にもそんな強敵が六人……」
剣一が拳を握りしめ、険しい表情で呟く。
「まとめて相手にするには分が悪すぎるな……。そうだ、バレット。俺たちの仲間が二人、先に天空へ来ているはずなんだ。心当たりはないか?」
「仲間、だと? ……そういえば、ここ何ヶ月か前に奇妙な人間を二人見たという報告があったな。男が女を背負ったまま、強引に塔の方へ向かっていったらしい。それっきり音沙汰はねぇが……。生きて辿り着けたかどうかは、俺にも分からねえ」
「本当か……!? くそっ、あいつら……無茶しやがって!」
焦燥に駆られる剣一の肩を、バレットが大きな手で制した。
「落ち着け。居場所が分からねぇ以上、闇雲に動くのは死にに行くのと同じだ。……それよりも、お前さんたちの連れに関わりそうな情報がもう一つある。塔から少し離れた隔離地区に、『魔族』の生き残りたちが捕らえられているらしい」
「魔族が……生き残っているの!?」
シロミが弾かれたように身を乗り出した。
「ああ。おそらくは順次、感情や身体を弄って『機械兵』に改造するためのストックだろうが……。神どもも今は何かの準備で忙しいらしく、まだ手付かずの連中が残っているはずだ」
「同胞が……生きている。……剣一、お願い! 私、その人たちを助けに行きたいわ!」
シロミの瞳には、かつてないほど強い決意の光が宿っていた。
「ああ、もちろんだ。……花恋たちの安否も気になるが、手掛かりがないまま塔へ突っ込むより、まずは戦力を削ぎつつ味方を増やすのが先決だな。魔族の解放……それが俺たちの最初の反撃だ」
剣一の言葉に、バレットが満足げに頷き、手のひらサイズの折りたたみ式電子端末を渡したた。
「よし、決まりだ。作戦は『魔族の奪還』。幸い、俺たちの仲間が二人、すでに隔離地区の調査に向かっている。まずはそいつらと合流し、生存者を連れてここまで戻ってこい。ルートは今、お前らの端末に送った。しっかり頭に叩き込んでおけよ」
バレットは鋭い眼光で四人を順に見据えた。
「いいか、道中は死ぬ気で魔力を抑えろ。派手に動けば神どもの鼻が動く。俺とミーナが表で陽動を引き受けてやる。ここには戦えない奴もいる。アジトが割れると、ここでおねんねしてる連中が皆殺しだからな。……せいぜい、無様に死んで帰ってくるんじゃねえぞ」
「ああ、バレットもな。……恩にきる」
「ふん、感謝は神の首を獲ってからにしな。……ほら、ミーナ。行くぞ」
バレットに促され、それまで控えていたミーナが慌てて剣一の前に進み出た。
「……け、剣一さんっ! 本当に気をつけてくださいね? 皆さんも、どうかご無事でっ!」
ミーナは期待に震える尻尾を激しく左右に振りながら、勢い余ってその豊かな胸を剣一の腕に押し付け、顔を真っ赤にしながら必死に訴えかけた。
「あ、ああ……。ミーナも、無茶はしないでくれ」
思わぬ柔らかい感触と至近距離の熱視線に、剣一は動揺を隠せず、わずかに視線を泳がせる。それを見逃さない人物が隣にいた。
「ちょっと、剣一! なんで鼻の下伸ばしてんのっ!」
アリスが頬を膨らませ、剣一の脇腹を容赦なくつねりあげる。
「の、伸びてない! 痛いって、アリス! 気のせいだ、ただの不可抗力だろ!」
「あらあら、いいわねぇ。こんな絶望的な状況で、まさか三角関係の幕開けかしら?」
シロミが口元を隠しながら、いたずらっぽく目を細めた。緊迫した地下アジトに、一瞬だけ和やかな空気が流れる。
「……じゃあ、行こうか。最初の反撃の狼煙を上げに」
剣一が表情を引き締め、仲間たちに合図を送る。四人はバレットたちと二手に別れ、魔族が囚われているという隔離地区を目指し、目立たないように深くフードを被って足を踏み出した。
地上では、バレットたちが派手な爆破音と共に陽動を開始していた。街の反対側で上がる火の手、悲鳴に怒号。その喧騒を背に、四人は裏路地を縫うようにして、魔族が囚われている拠点へと突き進む。
道中はバレットたちが監視の目を引きつけてくれているおかげで、追手の姿はない。だが、拠点に近づくにつれ、冷徹な歩行音を響かせる一般兵の数が増え始めていた。
「……そろそろ、拠点が見えてくるはずだ。ここからは一歩でも踏み外せば終わりだ。気は抜くなよ」
剣一が壁に背を預け、角の先を伺おうとした、その時。
頭上の屋根裏から、鈴を転がすような、けれど警告を含んだ少女の声が降ってきた。
「ストップ! それ以上近づいちゃダメなんだぞっ!」
「だ、誰だ……っ!?」
剣一が瞬時に魔剣を生成する。すると、軽やかな身のこなしで一人の少女が目の前に着地した。
彼女はどこか花恋を彷彿とさせるフレンドリーさと明るいオーラを纏っている。長く尖った耳が特徴的で、琥珀色の髪は高い位置でポニーテールに結い上げられていた。
「えっへん! バレットから君たちが来るって連絡を受けて、ここで待ってたんだぞ。私はツキノ・ドライ。よろしくなんだぞっ!」
屈託のない笑顔で胸を張るツキノ。その直後、彼女の背後の影から、音もなくもう一人の人影が染み出すように現れた。
「……私はルミナ・ドライ。よろしく」
対照的にルミナの方は、青みがかった髪をツインテールに結い、クールでどこか突き放すような雰囲気を醸し出している。彼女もまた、ツキノと同じく長く尖った耳を持つエルフだった。
「私たちはエルフの姉妹なんだぞっ! 私が妹で、ルミナがお姉ちゃん。お姉ちゃんはちょっと口数が少ないけど、怒ってるわけじゃないから怖がっちゃダメなんだぞっ!」
「エルフ……。獣人族だけじゃなく、エルフも神に……しかも反逆軍にいたなんて」
アリスが驚きに目を見開く。
陽気な妹と冷静な姉。この機械仕掛けの絶望的な都市において、その幻想的な姉妹の存在は、どこか浮世離れした力強さを感じさせた。
「……挨拶はこれくらいにした方がいいわね。今は一刻を争うわ。あの鉄柵に囲まれた拠点の中はどうなってるのかしら?」
シロミが逸る気持ちを抑えるように問いかけると、ルミナの鋭い瞳がさらに冷徹な光を帯びた。
「……ここから先は、監視が厳しい。これ以上、全員で動けば一瞬で包囲される。……三手に分かれて、死角から潜入するのが最善」
ルミナは淡々と、けれど拒絶を許さない響きで断言した。続いて、ツキノが手元の端末を操作しながら、表情を引き締めて補足する。
「魔族の二人はまだ生きてる……けど、あまり時間がないんだぞっ。それに、拠点には機械六神兵の一人と、その補佐官もいる。まともにやり合えば、救出どころか全滅の恐れもあるんだぞっ」
ツキノの言葉に、場に重い沈黙が流れる。
「あくまで今回の目的は魔族の救出。見つかっても深追いは禁物。助け出せたら、一秒でも早くここを離脱するんだぞっ」
「わかった。……じゃあ、俺とアリス。真白とシロミ。ツキノとルミナの三手に分かれて潜入する。これでいいか?」
剣一の提案に、姉妹は小さく頷いた。
「それで大丈夫なんだぞっ! いくつか監視の薄い隙間を見つけてあるから、そこから内部に潜り込んで。合流地点のデータは全員の端末に送ったから、移動中に叩き込んでおくんだぞっ」
「……通信は最小限に。魔力は極限まで抑えて。……死ぬのは、許さない」
ルミナが短く告げると、エルフの姉妹は影に溶けるような速さで、それぞれの潜入ポイントへと駆け出した。
剣一たちは互いの無事を祈るように一瞬だけ視線を交わすと、鉄の匂いが立ち込める拠点へと、三方向から静かに牙を剥いた。




