真白覚醒?
「発射事件」という、剣一の男としての尊厳が派手に散った大惨事の後。気まずさで石化した剣一とアリスが脱衣所から這うように出て行った直後。入れ替わりで真白とシロミが脱衣所へと足を踏み入れた。
二人きりになった密室。シロミはまだ、浴室から漏れ出る残り香に顔を引き攣らせていたが、真白がふと、シロミの顔を覗き込んで首を傾げる。
「ねえ、お姉ちゃん。……これ、匂い嗅ぐと本当に落ち着くの?」
真白の手には、つい数秒前まで身につけていた、まだ体温が残る純白の下着が握られていた。
「な、ななな……何を言ってるの、真白ちゃんっ!? そ、そんな不謹慎なこと……お、お姉ちゃんがするわけないじゃないっ! 私はあくまで、あなたの健康状態を魔力的に……っ!」
シロミは激しく動揺しながらも弁明した。だが、真白の瞳には、全てを見透かしたような冷ややかな光が宿っている。
「そっか……。落ち着かないんだね。……じゃあ、もう嗅いじゃダメだよ? これから先、ずっと、一生。私が脱いだものは、全部私がすぐに洗濯するから」
真白には初めての感情がシロミに対して芽生えていた。
「……っ!? い、いやっ! そういうわけではないのだけれど……その、公序良俗に反すると言うか、乙女としてダメ……ダメよっ……!」
「ふーん。じゃあいらないんだね、お姉ちゃん」
真白がツンと顔を背け、下着を洗濯カゴに放り込もうとする。その拒絶に、シロミの心臓は物理的に握りつぶされたような衝撃を受けた。
「そ、そんなぁっ……真白ちゃん、急にどうしたの……? な、なんでそんなに、お姉ちゃんをいじめるのよぉ……?」
「えへへ。なんだかわからないけど、お姉ちゃんに意地悪すると、なんだか胸がドキドキして高鳴るのっ! お兄ちゃんたちには内緒だよ?」
真白が妖しく微笑む。その瞬間、シロミの中で長年積み上げてきた「聖母」としてのプライドが音を立てて崩壊した。
「ま、真白ちゃん……っ! わ、わかったわ! も、もっと、もっとお姉ちゃんをいじめてちょうだいっ! ……本当は、本当は狂おしいほど嗅ぎたいのよぉっ!! その脱ぎたての、あなたの芳香が残る聖遺物をぉっ!!」
「……ふーん。……じゃあ、お姉ちゃん。お手、できるかな?」
真白の冷徹な命令が、脱衣所に響く。シロミは一瞬だけ躊躇したが、目の前の「聖遺物」への執着が勝った。
「わ、ワンっ!!」
シロミは脱衣所の床に膝をつき、震える手での「お手」を披露した。もはやそこには、誇り高き魔導士の姿はなく、一匹の忠実な「真白の飼い犬」がいるだけだった。
「えへへ。よくできましたっ。……いいよ、いっぱい嗅いで。……今日は特別だからね?」
「は、はひっ……! ありがとうございますっ、スーハーッ! スーハーッ!! スーハーッ! クンクンクンクンッ、クンカクンカッ……!! あぁっ! 最高っ!! 真白ちゃんの残り香が、私の脳細胞を焼き尽くしていくわぁぁっ!! 真白ちゃん、大好きよぉっ!!」
シロミは脱ぎたての下着に顔を埋め、理性のタガが外れた獣のように、その匂いを貪り尽くした。
「……ふふっ。やっぱり、本物の変態さんだったんだね。……でも、そんなお姉ちゃんも、私、大好きだよっ!」
真白は、自分の足元で狂喜乱舞する姉の頭を、優しく、けれどどこか支配的な手つきで撫で回した。
「……満足した? じゃあ、お風呂に入ろっか!」
「……っ! ええ、もちろんよ、真白ちゃん。一秒でも早く、あなたの神聖な肌に触れたくてたまらないわ……」
シロミはすでに理性のストッパーが完全消失しており、先ほどの「飼い犬モード」のまま、真白に従って浴室へと足を踏み入れる。
「ねえお姉ちゃん、身体洗ってくれる?」
「ええ、いいわよ。……真白ちゃんの白磁のような肌、私が磨き上げて差し上げるわ。どうかしら、この力加減は?」
シロミは心を込めて、タオルで背中を丁寧にゴシゴシと洗っていた。だが、真白は不満げに鼻を鳴らす。
「お姉ちゃん、タオルなんて使っちゃダメだよ? ……肌で洗って?」
「……っ!? は、はひっ……!」
シロミの心拍数が跳ね上がる。それは「背徳」という名の劇薬。彼女はすぐにタオルを放り投げ、石鹸の泡で自分の身体を真っ白に染め上げた。
そして、真白の背中に自身の柔らかな肉体を密着させ、上下左右へとゆっくりと、吸い付くように身体を動かして洗っていく。
「……ど、どうかしら? 気持ち……いい?」
シロミの声は甘く掠れ、欲望を必死に抑え込んでいるのが丸分かりだった。
「うんっ、気持ちいいよっ! ……お姉ちゃんの、大きいねっ!」
真白が屈託のない笑顔で、シロミの胸元に触れながら無邪気に言う。
その「無防備な称賛」が、シロミにとって最大の責め苦であり、同時に最高のご褒美となった。
「あぁ、真白ちゃんっ……! そうやって……直接、私の身体を感じて……! そんなに純粋な瞳で見つめられると、私、もう……!!」
シロミは限界を超えた昂揚感に震え、泡まみれの身体をさらに真白に押し付ける。
浴室には、石鹸の香りとシロミの荒い吐息、そして真白の楽しそうな笑い声だけが充満していた。
やがて、火照った体を冷ましながら二人が浴室から上がると、リビングでは剣一とアリスがようやく「賢者」のような落ち着きを取り戻し、椅子に深く腰掛けていた。だが、その表情はどこか遠い銀河を見つめているようで、まだ魂が半分抜けている。
「……おかえり。なんだか、浴室からシロミの変な声が漏れてたけど……何かあったの、真白?」
アリスが、自分たちの恥辱を忘れるために無理やり話題を振った。
「えへへ、何もないよっ! ちょっとお姉ちゃんと、お風呂の中ではしゃぎすぎちゃっただけだよっ! ……ねえ、お姉ちゃん?」
真白は、隣で髪を拭きながら顔を真っ赤にしているシロミを、チラリと横目で捉えて微笑んだ。その瞳には、先ほどの「主従関係」を思い出させるような、いたずらな光が宿っている。
「へっ!? え、ええ、そうよ……っ! ちょっと真白ちゃんが可愛すぎて……いえ、お風呂が楽しくて、つい感極まってしまっただけよっ!」
シロミは動揺を隠すように、バスタオルを握りしめて声を震わせた。
「……そうか? なんだか、途中で犬の鳴き声のようなものが聞こえた気がしたが……。空耳か」
剣一が怪訝そうに首を傾げる。脱衣所での「わんこモード」の残響が、壁を伝ってリビングまで漏れていたのだ。
「……っ!? こ、ここは安全な家の中よっ! 扉だって閉まっていたし……そ、そんな、四足歩行の獣がいるわけないじゃないっ!!」
シロミは過剰なまでに必死に否定した。その様子は、逆にあらゆる疑惑を肯定しているようにも見えるが、剣一は深い溜息をついた。
「……まあいい。修行の疲れが出ているんだろうな。特に心配がないなら先に寝るぞ。……色々ありすぎて、もう脳が限界だ。おやすみ、真白、シロミ」
剣一はふらふらと立ち上がり、寝室へと向かう。
「ま、待ってよ剣一っ! あたしも一緒に行くっ! おやすみ、二人とも!」
アリスもまた、剣一の背中を追うようにリビングを後にした。残されたのは、完全な「主従」へと変貌した姉妹二人だけだった。
「お姉ちゃん、えらいねっ。……さっきはちゃんと、私たちの秘密を黙っててくれたんだねっ!」
真白がソファに深く腰掛け、上機嫌に足をパタパタと揺らす。その視線は、もはや姉を見上げるものではなく、慈悲深い飼い主が愛犬に向けるそれであった。
「……もちろんよ、真白ちゃん。……可愛いあなたの為なら、私はどんな嘘だってついて差し上げるわ。たとえ世界を敵に回しても、私はあなたの『わんこ』なんですもの……」
シロミはうっとりと頬を染め、真白の膝元に跪いた。その目はすでに、次の「ご褒美」を求めて潤んでいる。
「ふふっ。……じゃあ、髪の毛乾かし合おうよっ! お姉ちゃん、今なら私の匂い、いっぱい嗅いでいいからねっ!」
「あぁん、嬉しいわぁっ! 真白ちゃん、なんてお優しい……っ。さあ、私に早く乾かさせてちょうだい! あなたのその、宝石のような髪に触れさせてっ!」
シロミは震える手でドライヤーを手に取ると、真白の背後に回り込んだ。温風が吹き出すと同時に、湯上がりの真白の甘い芳香がふわりと舞い上がる。
「ふふ、どうぞっ! 好きにしていいよ?」
「クンクンッ! ……あぁーっ、真白ちゃんの髪の匂い、凄くいいわぁ……っ! 脳細胞が一気に活性化していくのを感じる……! ……ね、ねえ、真白ちゃん。……その、うなじも、ちょっとだけいいかしらっ!?」
「いいよっ! 気が済むまで嗅いで?」
「は、はひっ! ありがとうございますっ! ……クンクンックンカクンカッ! ……いいっ! 最高よ、真白ちゃん! この、柔らかい産毛と混ざり合う少女の体温……っ! 私は今、天国にいるわぁぁっ!!」
シロミはドライヤーを当てるのも忘れ、真白のうなじに鼻を押し付けて深呼吸を繰り返す。その恍惚とした表情は、もはや「教育者」としての面影など微塵も残っていなかった。
「……あははっ、お姉ちゃん、くすぐったいよっ! でも、そんなにお姉ちゃんが喜んでくれるなら、私、もっと意地悪してあげたくなっちゃうよっ」
真白は首をすくめて笑いながらも、自分に依存しきる姉の姿に、得も言われぬ悦びを感じていた。
やがて、髪を乾かし終えた二人は寝室へと向かい、仲良く一つのベッドへと横になる。
「ねえお姉ちゃん。……寝ている間は、大人しくしてなきゃダメだよ? じゃないと、明日のご褒美はナシだからね?」
真白が、シロミの頭を優しく撫でながら、釘を刺すように優しく命じる。
「わ、わかったわ……っ! あなたの機嫌を損ねるようなことは、絶対にしないわ。……い、今は、少しだけなら触れてもいいのかしら……っ?」
シロミは子犬のように潤んだ瞳で真白を見つめ、許可を仰ぐ。その必死な健気さに、真白はふふっと小さく笑みを漏らした。
「うん、今はいいよっ! ……特別に、ぎゅーしてあげるっ」
真白が腕を広げると、シロミは待ってましたとばかりに胸へと飛び込み、その華奢な身体を強く抱きしめた。
「……ううっ。この、控えめながらも……ふわふわの感触……。スーハーッ、スーハーッ……そして、この清廉な匂い……。……ものすごく落ち着くわぁ。私の脳が、ゆっくりと溶けていくみたい……」
シロミは心底幸福そうな吐息を漏らし、真白の胸元に顔を埋めたまま、深い安らぎへと落ちていく。
「ふふ、もう。……このまま寝ていいよ? 私が寝かしつけてあげる。おやすみ、お姉ちゃん」
「……ありがとう、真白ちゃん……。私の……宝物……。おやすみなさい……」
シロミは微かな寝息を立て始め、真白の腕の中で完全に無防備な表情を浮かべていた。
「お姉ちゃんも私の宝物だよっ。いい夢見てね……」
真白は姉の寝顔を眺めながら、自分だけが知っているこの悦びを噛みしめる。彼女の胸元で満足げに眠るシロミを抱きしめ、真白もまた、支配者の充足感に包まれながら深い眠りへと就いた。
一方で、先に寝室へと向かっていた二人を包んでいたのは、重苦しいほどの静寂だった。
カーテン越しに差し込む月光が、気まずそうに視線を泳がせる二人を淡く照らしている。
「……ねえ、ちょっと。あんまり落ち込まないでよ。……そんなに静かすぎると、あたしまで不安になっちゃうじゃん……っ」
アリスがたまらず、ベッドで横になって背を向けている剣一の袖を指先で控えめに引いた。
「……すまない。あんな……あんな、男として最低な醜態を晒してしまって。本当に、悪いと思っているんだ」
剣一は顔を覆い、消え入りそうな声で謝罪した。脳裏には、シロミの「赤子は誕生しない」という無慈悲なツッコミがリフレインしている。
「き、気にしなくていいってば! そ、その……初めてだったから、正直びっくりはしたけど……。でも、あたしが密着しすぎたせいでそうなっちゃったんだし……。……それに、その……あたしの身体で、あんたがそうなってくれたの……正直、嬉しかったしっ」
アリスは耳まで真っ赤に染めながら、勇気を振り絞って本音をこぼした。その健気な告白に、剣一の胸が締め付けられる。
「ありがとう。……本当に、優しいな、アリスは」
剣一はたまらずアリスの方へ向き直り、アリスを壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。アリスの顔が、剣一の逞しい胸板にすっぽりと収まる。
「あ、当たり前じゃん……っ! あんたが何をしてもあたしは怒らないからっ! 全部、受け止めてあげるしっ!」
アリスは剣一の背中に細い腕を回し、ぎゅっと力を込める。彼女の体温と、先ほどお風呂場で感じた柔らかな感触が、再び剣一の感覚を呼び覚ましていく。
「……あ、あまり……そういうことを言われると、また……身体が、その、反応してしまうから……。……お願いだ、今はやめてくれ」
剣一の声が、先ほどよりも一段と低く、熱を帯びたものに変わる。抱きしめる腕に力が入り、アリスの細い太ももに剣一の「限界に近い衝動」が再び確かな存在感を持って伝わった。
「……っ。……いいよ。もう慣れたから……我慢させちゃってごめんね?」
アリスは少しだけ顔を上げると、潤んだ瞳で剣一を見つめ、その熱い頬にそっと唇を寄せた。
「……ちゅっ」
「……っ!?」
「こ、これで今は許して……? これ以上は……まだ、心の準備が……っ」
アリスは顔を真っ赤にして剣一の胸に顔を埋め直した。剣一は、爆発しそうな心臓の鼓動を必死に抑えながら、彼女の髪を愛おしそうに撫でる。
そして、二人は確かな愛を噛み締め、抱き合ったまま眠りについた。
リビングで起きていた喧騒とは無縁の、二人だけの深く、熱い夜が更けていった。




