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黒頭巾の神撃〜Black hood's divine attack〜  作者: 南斗家那乱下
第一章 地上編

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同調による変化

食器を片付ける水音だけが、静かになったキッチンに響く。

先ほどまでの出産祝いを巡る騒がしさが嘘のように、四人の表情には戦友としての凛とした空気が戻っていた。

シロミが窓辺に立ち、夜の帳が降りた外の景色を見つめながら口を開く。


「それにしても中々ハードね。毎日自分を超えるのは精神的にもやられそうねぇ」


その問いかけに、剣一は濡れた皿を拭きながら迷いなく頷いた。


「そうだな。だが、みんながいれば乗り越えられるさ」


アリスも隣でグラスを磨きながら、強気な笑みを浮かべる。


「あたしたちなら絶対に出来る。必ず神をぶん殴ってやるっ!」


真白もタオルを畳みながら、いつになく真剣な、それでいてどこかあどけない瞳で拳を握りしめた。


「花恋ちゃんと月矢くんが待ってるっ。シロミお姉ちゃんのためにも負けないっ!」


その言葉を聞いたシロミの表情が、一瞬だけ柔らかく緩む。彼女は振り返り、キッチンに立つ三人を見渡して、小さく微笑んだ。


「ふふ。あなたたちには精神的なことは効かなさそうね。頼もしい限りだわ。とりあえず剣一、先にお風呂入っていいわよ。アリスは……やっぱり一緒に入るのかしら?」


シロミのからかい混じりの提案に、キッチンは一瞬で沸騰したような静寂に包まれた。

アリスは、いつものように「下品女!」と怒鳴り散らすかと思いきや、顔を真っ赤にしたまま俯き、消え入りそうな声で言葉を漏らした。


「……は、入ってもいい……?……剣一?」


その問いかけに、今度は剣一がフリーズした。手に持っていた皿を危うく落としそうになり、指先まで一気に熱が駆け巡る。


「……えっ? あ、アリス……お前、本気で言ってるのか?」


剣一の視線が泳ぐ。昼間の訓練で、背中合わせになり、魔力を混ぜ合わせ、さらには倒れ込んだアリスを抱きしめた時のあの「熱」が、心臓の鼓動を跳ね上げさせた。


「だ、だって……シロミが裸の付き合いとか言うから……それに、さっきの合体技だって、魔力が混ざる感覚、凄かったし……。一人で入るより、その、効率がいいっていうか……っ!」


アリスは必死に言い訳を並べるが、その視線は潤み、上気した頬を隠せていない。戦友としての連帯感と、少女としての恋心が、極限状態で混ざり合って暴走しているようだった。

シロミはそんな二人を眺め、瞳をこれ以上ないほど愉悦に細めた。


「あらあら、アリスったら。意外と積極的じゃない。剣一、どうするの? 彼女はこう言っているけれど?」


「……っ、シロミ! お前、面白がってるだろ!」


剣一は叫んだが、隣に立つアリスの震える肩と、自分を頼るような潤んだ瞳を見て、突き放すこともできなかった。


「……わかった。一緒に入るぞ。……ただし、変な意味じゃないからな! あくまで魔力の循環を整えるためだ!」


「……わ、分かってるから! 誰が変な意味だって言ったのっ!!」


二人はお互いに顔を真っ赤にして叫び合いながら、逃げるようにバスルームへと向かった。


「へへ、お兄ちゃんとアリスちゃん、本当に仲良しだねっ!」


真白が純粋な笑顔でパチパチと手を叩く。

リビングに残されたシロミは、ソファに深く腰掛け、愉快そうに鼻歌を漏らした。


「ふふ……さて、お風呂上がりにはどんな顔をして出てくるかしらね。……神との決戦前に、絆を深めすぎるのも、悪くないわよねぇ」


バスルームの扉が閉まる音と共に、脱衣所からは「こっち向かないで!」「お前こそ!」という、いつになく慌てふためく二人の声が漏れてきた。


湯船の縁に頭を預け、湯気に包まれながら、二人はぎこちなく距離を取っていた。

だが、狭い湯船の中ではどうしても肩や膝が触れ合ってしまう。そのたびに、昼間の合体技で魔力が混ざり合った時の熱い感覚が脳裏を駆け巡り、どちらからともなく顔を背けるしかなかった。

そんな沈黙を破ったのは、アリスの震えるほど小さな、しかし決意を秘めた声だった。


「あ、あたしこれから毎日一緒にお風呂に入るから……寝る時も一緒……だから」


心臓が跳ね上がった。剣一は湯船の淵を強く握りしめ、自分でも驚くほど掠れた声で問い返す。


「……毎日、か? それに……寝る時も?」


「うん……。だって、あたしたち……あの魔力の共鳴を感じちゃったし。あんたの気配が近くにないだけで、なんだか心細くなるような……変な感じがするから」


アリスは湯船の湯で顔を覆い、真っ赤になった素顔を隠した。だが、その指の隙間からこちらを伺う瞳は、戦場で見せる鋭い眼光とは程遠い、ただの少女の潤んだ瞳だった。


「……あんたの魔力と混ざり合うと、身体の奥まで……温かくて、安心するの。いられる時にいられるだけ、ずっと繋がっていなきゃ……意味ないのかなって……」


それは戦友としての言葉のようで、どこか甘い愛の告白にも似ていた。

剣一はアリスの少し開いた指の隙間から見える、その切ないほどの強がりを見つめ、ゆっくりと彼女に歩み寄る。


「……アリス」


「……な、何……っ」


「……わかった。毎日一緒だ。寝る時も、風呂も……ずっとだ」


剣一がそう断言すると、アリスは驚いたように顔を上げた。剣一の手が伸び、彼女の濡れた髪をそっと払う。その手から伝わる体温は、湯船の湯よりもずっと温かい。


「……あんた、今の言葉、後で撤回させないからね……っ」


アリスは鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、その表情は安堵と喜びで綻んでいた。

狭いバスルームの中、湯気が二人の距離をさらに溶かしていった。

湯気とともに脱衣所へ出た二人は、先ほどまでの熱気が体に残り、互いに目を合わせることができずにいた。

バスタオル一枚の距離。

アリスの濡れた髪から滴る水滴が、床に小さな音を立てて落ちる。剣一は、自分のすぐ隣にいる彼女の体温を、服を着ていない分、より鮮明に、より近くに感じていた。


「……アリス、髪。乾かしてやる」


「……えっ。あ、いいよ、それくらい自分で……っ」


「いいから。魔力を使い果たして、まだ手が震えてるだろ。……約束しただろ、ずっと一緒だって。こういうのも、その一部だ」


剣一が魔具のドライヤーを手に取ると、アリスは「……もう、おせっかいなんだから」と呟きながらも、大人しく彼の前に背を向けた。

ドライヤーの温風が二人の間に吹き抜ける。剣一の大きな手が、アリスの細い髪を優しく梳いていく。指先に伝わる柔らかな感触と、シャンプーの甘い香り。アリスは剣一の胸元に背中を預けるようにして、うっとりと目を閉じた。


「……剣一の手、あったかい」


「……お前の髪、すごく綺麗だな」


鏡越しに一瞬だけ視線がぶつかり、二人は慌てて顔を逸らす。けれど、繋いだ魔力と同じように、二人の心はもう、離れられないほど深く絡み合っていた。

髪を乾かし終え、パジャマに着替えてリビングに戻ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべたシロミが待っていた。


「あらあら、随分と長湯だったわね。……それで、お風呂の次は、いよいよお休みの儀式かしら?」


「……シロミ、お前。……ああ。今夜から、俺の部屋でアリスと一緒に寝ることにした」


剣一が堂々と宣言すると、シロミは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに満足げな溜息をついた。


「ふふ、潔いわね。……いいわ、二人の『共鳴』がそこまで進んだのなら、止める理由はないわ。……アリス、寝相で剣一を蹴飛ばさないように気をつけなさいよ?」


「……っ、蹴飛ばさないから! ……っていうか、あんたこそ、夜中に覗きに来たりしないでよっ!!」


アリスは剣一の腕をぎゅっと掴み、シロミを威嚇するように睨みつけた。


「あらあら、覗いちゃいけないことでもするって宣言かしら」


「なっ……! し、しないから! 変なことなんてっ!」


アリスの声が裏返り、掴んでいた剣一の腕にさらに力がこもる。シロミはそれを見て、いよいよ楽しげに肩を揺らした。


「お兄ちゃんとアリスちゃん、今日からずっと一緒なんだねっ! おやすみなさいっ!」


剣一はアリスの手を引き、自分たちの居場所へと歩き出す。


「……行こう、アリス」


「……うん、剣一」


二人は繋いだ手の熱を確かめ合うようにして、一つのベッドが置かれた部屋へと消えていった。その背中を見送ったシロミは、ふっと長く、熱い溜息を吐き出す。


「……あの二人を揶揄うことでなんとか正気を保ってきたけれど……今日は私もちょっとヤバいわね……」


昼の訓練で、真白と魔力を同調シンクロさせた余韻が、今も体の奥で疼いている。姉妹としての絆を超えた、魂が混ざり合うようなあの感覚。シロミは自身の昂ぶりを抑えるように胸元を押さえた。


「真白ちゃん、先にお風呂入っていいわよ」


「あ、お姉ちゃんも一緒に入ろうよ!」


「……っ!そ、そうね!じゃあ私は後から行くから、先に入っていてくれるかしら」


「わかった!待ってるね!」


真白が脱衣所へと駆けていく足音を聞きながら、シロミは壁に手をついた。


「……耐えるのよ、シロミ。私なら耐えられるはずよ。……賢者になりなさい、私」


自分に言い聞かせるように呟きながら脱衣所へ足を踏み入れる。だが、そこで彼女の目に飛び込んできたのは、カゴの中に無造作に脱ぎ捨てられた、真白の脱ぎたての下着だった。


「……だ、ダメよ、シロミ。そんなことしたら姉としての尊厳が……。いえ、待ちなさい。直接真白ちゃんに手を出すよりは、これで発散する方がまだマシなんじゃないかしら……?」


歪んだ論理が理性を塗りつぶしていく。シロミは獲物を狙う獣のような手つきでそれを手に取ると、一心不乱に顔を埋めた。


「……クンクンクンクンっ!! はぁっ、これよ……この無垢な生命の輝きが、私の漲る活力を……っ!」


「……お姉ちゃん、何してるの?」


「……っ!!!!」


ガラリと開いた浴室の扉。そこには、湯気に包まれ、不思議そうに首を傾げる真白の姿があった。シロミの背筋が、かつてないほど真っ直ぐに凍りついた。


「ま、真白ちゃん、これは、その……魔力に異常が無いか調べるためだったの……!」


「そうなの?問題無かったかな?」


真白の屈託のない笑顔。その純粋さが、逆にシロミの罪悪感を激しく抉った。


「……ええ! もう、とっても最高……何の問題も無かったわよっ!」


シロミは手元の下着を背中に隠したまま、必死に平静を装う。顔は茹で上がったように真っ赤で、心臓は早鐘のように打ち、喉はカラカラに乾いていた。


「良かったぁ。じゃあ一緒に入ろ?」


真白はそう言うと、浴室へと戻っていった。

扉が閉まる音を聞いて、シロミは崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。手にしていた柔らかな布地を、宝物でも扱うように胸元に押し当てる。


「……はぁ、あぶない……。危うく、姉としての聖域を侵す一線を越えるところだったわ……」


額の汗を拭い、荒い呼吸を整える。しかし、その瞳には依然として隠しきれない情熱が宿っていた。


「……耐えなさい。ここで引き返せば、私はただの観察者でいられる。……真白の魔力を、純粋に愛でる保護者で……」


シロミは震える手で服を脱ぎ捨てると、深呼吸を一つして浴室の扉を開けた。

そこは、温かな湯気に満ちた、極彩色の楽園だった。


「お姉ちゃん、おそいよー。背中、流してあげるからこっち来て!」


「……ええ。お願いするわ、真白ちゃん」


シロミは気丈に振る舞いながら、湯船に足を踏み入れる。

湯の温もりがシロミの肌を包み込み、同時に、今この空間に自分と真白しかいないという事実が、理性の防波堤をじわじわと侵食していく。

背後に回った真白の小さな手が、シロミの背中を優しく撫でる。

その感触に、シロミは思わず声を漏らさないよう、自分の唇を強く噛み締めた。

そして湯船に浸かる二人だったがシロミの前に真白が体を預けるように背中を入り込ませた。


「ま、真白ちゃんどうしたのかしら」


「えへへ。この場所落ち着くー」


シロミの腕の中に、真白の小さな体がすっぽりと収まる。

湯船の熱気とは明らかに違う、生身の少女の柔らかさと、石鹸の香りに混じった真白そのものの甘い匂いが、シロミの鼻腔をダイレクトに突き抜けた。


「ふふ、お姉ちゃんあったかーい」


真白はシロミの胸元に後頭部を預け、さらさらと流れるお湯に身を任せてくつろいでいる。シロミの手を自分の腹部のあたりでぎゅっと握りしめるその仕草は、無垢な信頼そのものだった。


「……っ、あ、あぁ……真白ちゃん……っ」


シロミの視界がチカチカと点滅する。

腕の中に伝わる鼓動、耳元で響く愛らしい吐息。それは昼間の『天地姉妹信愛波リバースシスターストリーム』で魂を共鳴させた代償か、それともただの彼女の本能か。


(だ、ダメよシロミ……! 私は賢者、私は慈愛に満ちた姉……。ここで理性を手放したら、私は明日、どんな顔をしてこの子の前に立てばいいの……っ!)


必死に自分を律しようとするが、真白が「んっ」と声を漏らして体をさらに密着させてくるたびに、シロミの理性の防波堤がメキメキと音を立てて崩れていく。


「お姉ちゃん、心臓がすごくドキドキしてるよ? 疲れちゃった?」


真白が不思議そうに顔を上向かせ、シロミを見上げた。濡れた睫毛に縁取られた、混じりけのない瞳。そのあまりの破壊力に、シロミの脳内では何かが完全に「ぷつん」と切れた。


「……そうね、真白ちゃん。お姉ちゃん、ちょっと疲れちゃったみたい……。だから……少しだけ、このまま……あなたの魔力を直接補給させてもらうわね……っ」


「いいよぉ。お姉ちゃんが元気になるなら、いくらでも補給して!」


真白の快諾を得たシロミは、震える腕でその小さな体を強く抱きしめ、首筋に顔を埋めた。


「はぁぁぁ……っ、クンクンっ、クンカクンカっ!! ……ああ、生き返るわ……。これが私の、真の限界突破リミットバーストよ……っ!!」


「あはは、くすぐったいよお姉ちゃん!」


浴室内に、真白の楽しげな笑い声と、シロミの危うい感嘆の声が響き渡る。

壁一枚隔てた隣の部屋で、剣一とアリスが絆を深めている一方で、こちらの姉妹もまた、ある種、取り返しのつかない領域へと足を踏み入れようとしていた。

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