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黒頭巾の神撃〜Black hood's divine attack〜  作者: 南斗家那乱下
第一章 地上編

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同調魔法(シンクロまほう)

剣一とアリスが訓練場に到着すると、写影魔鏡(シャドウミラー)を持つ。


「アリス、一度二人でやってみないか。これからそういう場面が出てくるかもしれない。一人じゃダメでも二人なら、なんてこともあるだろう」


「そうね。あんたとならなんでもできる気がするし、やってみたいかも」


二人は互いに頷き合うと、並んで写影魔鏡シャドウミラーの前に立った。

午前中の個人戦とは違い、鏡面は波打つような不気味な光を放ち、二人の姿を同時に飲み込んでいく。


「……来るよ、剣一!」


剣一がいることで遠隔形態(ディスタントスタイル)で迎え撃つアリス。

鏡から飛び出したのは、剣一とアリスの姿を完全に模した、二人の影だった。

しかし、現れた影たちは単に並んでいるのではない。影の剣一が影のアリスの腰を引き寄せ、影のアリスが影の剣一の肩に手を置く。

午前中、二人が心のどこかで望み、けれど昼食時に恥ずかしさで必死に誤魔化した密着した状態で実体化したのだ。


「なっ……!? 影のくせに、何をしてるんだっ!」


「ちょっと! なんであたしの影、あんなに幸せそうな顔でアイツに寄り添ってんのっ!!」


アリスが絶叫するが、影たちは容赦なかった。

影の剣一が魔剣を振るうと同時に、影のアリスがその軌道に蒼炎を纏わせる。一人では成し得ない、剣気と魔力が完璧に調和した一撃が二人に襲いかかる。


「くっ……! 合わせろアリス! 影ができるなら、俺たちにだってできるはずだ!」


剣一はアリスの手を強く握りしめた。

昼食時にシロミに弄り倒された恥ずかしさ、唇を拭った時の指先の熱、そして守りたいという爆発しそうな想い。それらすべてを魔力に変えて、アリスの身体へと流し込む。


「……あっ、……あつい。剣一の魔力、すごく……熱いのが流れてくる……っ!」


アリスもまた、繋いだ手から溢れ出す自分の蒼炎を、剣一の魔剣へと注ぎ込んだ。

二人の境界線が曖昧になり、蒼白の光と蒼炎が混ざり合って、訓練場全体を焼き尽くさんばかりの巨大な渦となる。


「……あたしたちは、鏡の中の偽物なんかじゃないっ! 本物の……大好きの力を見せてやるからっ!!」


アリスの魂の叫びが、爆発のトリガーとなった。

繋いだ手から、剣一の蒼白の魔力とアリスの蒼炎が一気に魔剣へと奔流し、一本の巨大な「光と蒼炎の剣」へと昇華される。


「──光炎想波斬(こうえんそうはざん)ッ!!!!」


剣一が吼え、アリスが前で剣を構え後ろから覆うように剣一とその巨大な刃を、密着して連携を構える影たちへと振り下ろした。

空を焦がし、大地を震わせる、概念さえも焼き切りそうな一撃。

影の剣一が放った防御の剣気も、影のアリスが展開した炎の障壁も、二人の感情が乗った本物の力の前には、紙切れ同然だった。


ドォォォォォンッ!!!!


訓練場全体が、目も開けられないほどの眩い閃光に包まれる。

影たちは、その光に飲み込まれ、悲鳴を上げる暇もなく、塵一つ残さず消滅した。

カオスの差し向けた魔具が作り出した最強の壁が、二人の想いによって、完全に打ち砕かれた瞬間だった。


光が収まり、土煙が晴れていく。

静寂を取り戻した訓練場の中心に、二人の姿があった。


「……はぁ、……はぁ、……やった、のか……?」


剣一は荒い息を吐きながら、辛うじて立っていた。全身の魔力を使い果たし、指一本動かすのも億劫なほどの脱力感。

だが、彼は倒れなかった。……倒れるわけにはいかなかった。

なぜなら、彼の腕の中には、同じく魔力を使い切り、ぐったりと体重を預けているアリスがいたからだ。


「……ん、……けん、いち……。……すご、かった……」


アリスは剣一の胸に顔を埋めたまま、消え入りそうな声で呟いた。

蒼炎の使い手である彼女の身体は、普段はひんやりとしているはずなのに、今は限界突破(リミットバースト)の名残と、剣一の黄金の魔力を受け入れた熱で、驚くほど熱い。

二人は、どちらからともなく、強く抱き合っていた。

技を放った勢いのまま、あるいは、魔力を使い果たして支え合うため。……理由はいくつでも作れたが、本当の理由は、二人の心がそれを求めていたからだ。

剣一のシャツ越しに伝わるアリスの鼓動。アリスの髪から香る、微かな焦げた匂いと甘い香り。

この世の何よりも愛おしい、本物の感触。


「……アリス。……怪我は、ないか?」


「……ない。……あんたが、守ってくれたから……」


アリスが微かに顔を上げ、潤んだ瞳で剣一を見上げた。その唇は、昼食時にチーズを拭った時よりも、ずっと近くにある。

鼓動が、さらに速くなる。二人の距離が、自然と縮まろうとした、その時。


「……あらあら、ご馳走様。昼食に続いて、午後もこんなにお熱いものを見せてもらえるなんてねぇ」


パチパチと、皮肉めいた、けれどどこか満足げな拍手の音が響いた。

振り返れば、木陰からシロミが、瞳を愉悦に細め、ニヤニヤと笑いながら歩いてくる。その横では、真白が「お兄ちゃんとアリスちゃん、すごかったねっ!」と、純粋無垢な笑顔でパチパチと拍手していた。


「……っ!!」


二人は、弾かれたように抱擁を解いた。

魔力を使い果たしていたはずなのに、羞恥心という新たなエネルギーが全身を駆け巡り、顔面が限界突破(リミットバースト)以上の熱さで沸騰する。


「し、シロミ……っ! お前、いつから……っ!!」


「最初からよ。……二人の魔力が、あまりにも綺麗に同調シンクロし始めたから、邪魔しちゃ悪いと思ってね。……でも、まさか技の後まで、あんなに密着して余韻に浸っているとは思わなかったわ」


シロミは指先で自分の唇をなぞり、二人の焦りっぷりを存分に楽しんでいる。


「バ、バカ! 変態! 最低っ!! 違うから、これは……魔力が切れて、アイツが勝手に抱きついてきただけだからっ!!」


アリスは真っ赤な顔で叫び、剣一の胸をポカポカと叩いた。だが、その手には力がこもっておらず、むしろ名残惜しそうにさえ見える。


「俺が抱きついたんじゃない、お前が……っ! ……くそ、もういい!」


剣一は言い訳を諦め、顔を背けた。だが、アリスの身体の熱と、抱きしめた時の柔らかい感触は、彼の腕にしっかりと焼き付いていた。


「……ふふ。まあ、今日のところは合格ね。自分自身の影を超え、さらに二人での連携まで成し遂げた。……カオスも、今頃は苦虫を噛み潰したような顔をしているかしら」


シロミは空を見上げ、不敵に笑った。

40倍という絶望的な差。けれど、今日の二人が見せた想いの力は、その差を埋めるための、確かな一歩となったのだ。

そして真白、シロミも本当の姉妹のように光と闇の真逆の魔力が混ざり合い、同調(シンクロ)し、魔力を使い果たしたが『天地姉妹信愛波(リバースシスターストリーム)』を発動し、影を倒した。


夕暮れ時。

ボロボロになりながらも、どこか晴れやかな表情で帰路につく四人。

剣一とアリスの間には、朝のような気まずさはなく、けれど昼食時のような弄られ感もない、不思議と穏やかで、温かい空気が流れていた。

それは、二人で一つの「限界」を超えた者だけが共有できる、信頼の証だった。

家に到着すると


「今日の夕食は俺が作ろうか」


剣一がそう言うと、アリスは即座にその隣に割り込んだ。先ほどまでの死闘で魔力を使い果たしたはずなのに、その瞳には剣一を一人にさせたくないという、戦友としての不器用な優しさが宿っている。


「あたしも手伝うわ。シロミに任せているとろくなことがないしっ!」


アリスは強がってみせるが、その頬は合体技の名残か、夕陽のせいか、ほんのりと上気している。剣一はそんな彼女の隣顔を見つめ、ふっと柔らかく微笑んだ。


「……そうだな。わかった、一緒に作ろう」


二人の間に流れるのは、朝のような緊張感ではなく、互いの呼吸を知り尽くした者同士の穏やかな空気。シロミがソファでそれを楽しげに眺めていることにも気づかず、二人は並んでキッチンへと向かった。


「あら、ひどい言い草ね。私はただ、素材のポテンシャルを最大限に引き出すお手伝いをしただけよ?」


シロミはケラケラと笑いながら、エプロンを剣一に手渡した。その瞳には、先ほどの「合体技」の余韻を噛みしめるような、どこか意地悪で、けれど温かい光が宿っている。


「あなたのその漲る活力と、アリスの情熱的な炎があれば、今夜は相当豪勢なものができそうねぇ」


「……っ、いちいち混ぜっ返すな!」


剣一はシロミからエプロンを受け取り、顔を背けながらキッチンへと向かった。


「へへ、お兄ちゃんとアリスちゃんが一緒なら、今夜の夕食はすっごく楽しみだね!」


真白が嬉しそうにシロミの隣から二人に声をかけた。

シロミはソファで優雅に足を組み、二人のやり取りを特等席で見守ることにしたようだ。


剣一が包丁を握り、アリスが横で野菜を洗う。二人とも先ほどまで自分自身の影と戦っていたため、魔力は枯渇しているはずだが、体は驚くほど軽かった。狭いキッチンで肩が触れ合うたびに、合体技の際に混ざり合った魔力の余韻が胸の奥をくすぐる。


「アリス、そっちの野菜はもういいか?」


「ええ、完璧。次はこれを切ればいいんでしょ?」


剣一が頷き、手際よく野菜を刻んでいく。アリスはボウルを差し出しながら、剣一の横顔を盗み見た。


「ねえ、剣一。さっきの合体技、あんなに熱い魔力を流し込んできて、体は大丈夫なの?」


剣一は包丁を止めず、少しだけ照れたように笑った。


「ああ。お前の炎がうまく中和してくれたおかげだ。一人じゃ制御しきれなかった熱も、アリスがいたから力に変えられた。……ありがとう」


「……ふん、当たり前でしょ。あたしがいなきゃ、あんたなんてすぐオーバーヒートしちゃうんだから」


アリスはそっぽを向いたが、隠しきれない笑みが口元に浮かんでいる。剣一もまた、アリスの手際の良さに目を細めながら、料理の相談を持ちかけた。


「ご飯も味を変えて、メインは魚にしようか」


「賛成! あたしたちの腕を見せつけてやりましょ!」


リビングからはシロミが「あらあら、二人だけの世界ねぇ」と茶化す声が聞こえるが、二人はそれを無視して調理を続ける。


「お兄ちゃん、アリスちゃん、いい匂い! お腹空いたよ!」


真白がテーブルを整え、食卓には大皿料理が並んだ。影との死闘を乗り越え、共に限界を超えた二人が作った勝利の宴。四人が食卓を囲み、温かな光がリビングに灯った。


「待たせたな。メインは魚、鯛の塩焼きに刺身。そして赤飯に筑前煮と汁物はハマグリを使った。

「これは最高でしょっ!どう?シロミ!」


食卓に並んだ豪華な料理を前に、シロミがふと箸を止めた。シロミの瞳が、大皿の鯛の塩焼き、赤飯、筑前煮、そしてハマグリの吸い物をじっと見つめる。


「……ねえ、剣一。あなた、この献立の意味、分かっていて作ったのかしら?」


「え? 意味って……影を倒した景気づけに、一番めでたそうなものを選んだだけだ。鯛は縁起がいいし、ハマグリも汁物の定番だろ?」


剣一は至って真面目な顔で、鯛の身をほぐしながら答えた。隣のアリスも「そうね、精がつきそうだし良いチョイスじゃない」と、特段疑問も持たずに箸を進めている。

しかし、シロミの口角がクスクスと不敵に吊り上がった。


「ふふ……あはは! 傑作ね。無自覚っていうのが一番質が悪いわ。剣一、これ、世間ではお七夜しちやあるいはお食い初めの祝い膳って言うのよ。……つまり、赤ん坊が生まれて七日目もしくは百日目にお祝いする献立なの」


その瞬間、アリスの動きが完全に固まった。


「……おしちや? おくいぞめ?あかんぼ……? え、出産祝い……!?」


アリスの顔面が、一瞬で鯛の皮よりも鮮やかな赤に染まった。手元の箸がカタカタと音を立てる。


「ちょ、ちょっと待って! なんであたしたちが今、出産祝いを食べてんのっ!! 誰の!? 誰が産まれたって言うのっ!!」


「……えっ、そうなのか? いや、俺はただ、一番おめでたい組み合わせを本で調べて……」


剣一もようやく事の重大さに気づき、顔を真っ赤にして固まった。


「てっきりアリスがドヤ顔で言ったものだから……まぁ今日の合体技で、二人の新しい絆が誕生したばかりですもの。ある意味、間違っていないわよねぇ? アリス、もうお祝いされちゃったんだから、次は本当に産むだけかしら?」


「なっ……! 何を! 何を言ってるの、この下品女っ!! まだ何も、そういう……順序とか、そういうのがっ!!」


アリスは絶叫しながら立ち上がり、食卓は昼間以上のカオスに包まれた。


「お兄ちゃんとアリスちゃんに赤ちゃんが来るの? 私、おばさんになっちゃうんだねっ!」


「違うの、真白っ! お兄ちゃんがバカな献立にしただけだからっ!!」


豪華な祝い膳を前に、二人は味どころではないパニックに陥る。しかし、そんな騒ぎの中でもハマグリの吸い物は優しく、どこか将来の家族を予感させるような、温かな湯気を立てていた。

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