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黒頭巾の神撃〜Black hood's divine attack〜  作者: 南斗家那乱下
第一章 地上編

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写影魔鏡(シャドウミラー)

翌朝。

窓から差し込むサンムーン大陸特有の鋭い朝日が、二人のまぶたを叩いた。


「……ん……っ」


アリスが先に身じろぎし、ゆっくりと目を開ける。そこにあったのは、見慣れた天井ではなく、一晩中自分を支え続けてくれた剣一の広い背中と、彼が着ているシャツの感触だった。


「……あ」


昨夜の記憶が、濁流のように脳内に流れ込んでくる。

背中を流してもらったこと。一緒に寝てほしいと頼んだこと。そして、トドメに耳元で囁いたあの一言。

アリスの顔が、一瞬で沸騰したように赤く染まった。


「お、おはよう……アリス。よく、眠れたか?」


剣一がぎこちなく首だけを動かして振り返る。彼もまた、一睡もできなかったのか、目の下に微かな隈を作りながら、けれど優しく微笑んだ。


「お、おはよ……。」


恥ずかしさを出しながらも返事をすると、寝相で自分の服がはだけて、肌がそこら中、露出していることに気づき、アリスの思考が一瞬、真っ白に停止した。

はだけたシャツの間から覗く白い肩、そして剣一の腕に無意識に絡めていた自分の足。昨夜の抱きつきのまま眠りこけた結果、シーツの上で二人の境界線はひどく曖昧になっていた。


「あ……、あ……っ!」


アリスの声にならない悲鳴が、静かな寝室に響く。剣一は反射的に視線を逸らそうとしたが、あまりの至近距離に、どこを見ても彼女の柔らかな肌の質感が網膜に焼き付いてしまう。


「お、おいアリス! 落ち着け、俺は何も見てな……」


「……バカ! 変態! 最低っ!! なんでこんなに密着してんのよぉ!!」


アリスは枕をひっ掴むと、全力で剣一の顔面に叩きつけた。


「頼んだのはお前だろっ!?」


「それとこれとは話が別よ! そもそも、あんたが限界突破(リミットバースト)を出しっぱなしにするから、熱くて寝苦しくて……っ、だから、その……!」


アリスはシーツを体に巻き付け、芋虫のように丸まりながら叫んだ。だが、怒鳴り散らしている割には、その瞳には涙が滲んでおり、怒りよりも気恥ずかしさが限界突破しているのは明らかだった。

剣一がその場から離れようと立ち上がると剣一の魔剣(マジックソード)が主張するようにテントを張っていた。


「……ちょっ、ちょっと!あんた、そそ、それっ!なんでそこが膨らんでるのっ!?」


シーツから顔の半分を出しながら剣一の下半身を凝視する。


「ちっ、違う!これはちょっとした生理現象で……っ!」


「生理現象!? 生理現象で、そんな……そんな破廉恥なほど膨らむわけないでしょっ!」


アリスは顔を耳まで真っ赤に染め上げ、シーツをこれ以上ないほど強く握りしめた。凝視していた視線を慌てて逸らすが、脳裏には限界突破(リミットバースト)した剣一の魔剣(アレ)の質量が焼き付いて離れない。


「昨日、あんた……あたしの背中流したでしょ!? その後、だーいすき……とか、その、言ったから……っ。あんた、あたしのこと考えながら、一晩中そんなことしてたの!?」


「してない! してないって! 一晩中、魔力を維持するのに必死だったんだよ。これはその……朝のエネルギーが、こう、魔力と同調してだな……!」


剣一は必死に言い訳を並べながら、どうにかして腰を屈め、はち切れんばかりの主張を隠そうとする。しかし、限界突破(リミットバースト)状態の熱量は、彼の一部を鉄のように硬く、そして容赦なく実体化させ続けていた。

そこへ、最悪のタイミングでノックの音が響く。


「二人ともおはよーっ! ……二人とも顔真っ赤にしてどうしたの?」


真白が天真爛漫な笑顔で扉を開け、真っ先に目に飛び込んできたのは、腰を不自然に曲げてガクガクと震えている兄と、涙目で睨みつけるアリスだった。


「お、お兄ちゃん……? なんでそんな格好してるの? どこかお腹痛いの?」


「ふふ、賑やかねぇ。朝から剣一のが限界突破リミットバーストでもしちゃったのかしら?」


真白の後ろから、シロミがこれ以上ないほど愉悦に満ちた表情でひょっこりと顔を出した。彼女ははだけたアリスの肩、そして剣一の下半身からの猛々しい膨らみを瞬時に捉え、全てを察したようにくすりと笑う。


「……シ、シロミ……っ! 変な言い方をするなっ!!」


「あら、私は魔力の活性化の話をしているのよ? 持ち主の想いに当てられて、こんなに立派に……実体化しちゃうなんて。よほど、昨夜の添い寝が濃密だったようね?」


シロミは指先で自分の唇をなぞり、獲物を追い詰めるような瞳で、剣一の膨らみをじっくりと観察した。


「ひゃ、ひゃ、破廉恥……っ! この下品女、今日こそ絶対に蒼炎で消し炭にしてやるんだからっ!!」


アリスは枕をシロミ目掛けてフルスイングで投げつけたが、シロミはそれを軽やかにかわし、リビングへと翻った。


「さあ、お熱いところ悪いけれど、朝食が出来てるわよ。その元気に溜まった魔力、修行で全部吐き出してもらうわ。とりあえず五分以内に来なさい?」


嵐のようなシロミが去り、真白も「お兄ちゃん、無理しちゃダメだよ?」と不思議そうに言い残して部屋を出ていく。

静まり返った寝室で、剣一はそれを鎮めることもできず、ただ真っ赤な顔で立ち尽くしていた。


「……アリス。……五分だぞ」

「……バカ。変態。……だいすきなんて、二度と言ってあげないんだから……っ」


布団の中から漏れたその掠れた声を聞いた瞬間、剣一の魔剣(アレ)はさらなる限界突破(リミットバースト)の兆しを見せるのだった。


そしてリビングに四人が集まり、朝食を開始する。


「剣一、テーブルに当たっているわよ?」


剣一の箸がピタリと止まり、顔面が沸騰したような音を立てて真っ赤に染まった。


「ぶっ……! げほっ、ごほっ!!」


向かいでスープを飲んでいたアリスも盛大にむせ返り、涙目でシロミを睨みつける。だが、シロミはどこ吹く風で、優雅に紅茶を啜りながら視線を机の下へと向けた。


「あら、図星かしら? 朝からそんなに魔力が荒ぶっているなんて、よほど昨夜のリカバリーが身体の奥深くまで響いているのねぇ」


「し、シロミ……っ! 頼むから、真白の前でそういう紛らわしい言い方をするなっ!」


剣一は必死に腰を浮かせ、テーブルの縁と限界突破(リミットバースト)し続けている自らの魔剣アレとの接触を避けようとする。しかし、座り心地の悪さとシロミの冷徹な観察眼のせいで、余計に意識がそこへ集中してしまう。


「ええっ? お兄ちゃん、テーブルに何が当たってるの? もしかして、また新しい武器の実体化の訓練?」


真白が小首を傾げて、純粋無垢な瞳で机の下を覗き込もうとした。


「見るな真白! 武器じゃない、これは……その、ただの筋肉の痙攣だ!」


「筋肉の痙攣で、そんなにテーブルを押し上げるほど膨らむわけないでしょっ! この変態剣一っ!!」


アリスが顔を真っ赤にして叫び、パンを千切って剣一に投げつける。だが、投げた当のアリスも、今朝目撃してしまったそれの硬そうな質感と熱量を思い出し、股間をキュッと締めてモジモジしながら座り直した。


「……ふふ。そんなに溜まっているなら、今日の訓練は期待できそうね」


シロミがニヤリと口角を吊り上げ、立ち上がる。


「その有り余ったエネルギーを全て、アリスとの手合わせにでも注ぎ込みなさい。……一滴も残さず、ね?」

「なっ……!言い方に悪意があるぞっ!!」


剣一の叫びが朝のリビングに虚しく響く。

結局、一睡もできず、さらに賢者の時間も与えられないまま、剣一はパンパンに膨れ上がった魔剣アレを抱え、地獄の訓練場へと向かう羽目になった。


リビングでの散々な羞恥刑を耐え抜き、道中でどうにか精神統一を図った剣一。訓練場に到着する頃には、あの大暴れしていた魔剣アレもようやく沈静化し、彼はいつになく真剣な表情で愛剣の柄を握りしめていた。


「……ふぅ。よし、雑念は捨てた。修行を始めるぞ」


「……やっとまともな顔になったわね、変態剣一」


アリスが呆れたように、けれどどこか安心したように毒づいた、その時だった。

辺りの空気が一変し、どす黒い霧とともに空間がひび割れる。あの混沌の神カオスが、予告もなく再びその姿を現した。


「……っ! また来たのかっ!」


四人は瞬時に武器を構え、鋭い邪気を放つ。しかしカオスはその敵意を柳に風と受け流し、冷酷な声を響かせた。


「……一つ、忘れ物をしていた。お前たちが一ヶ月でどれだけ足掻こうと、私たちとの差は埋まらん。そこでだ、これを授けてやろう」


カオスが指を鳴らすと、地面から禍々しい装飾の施された手鏡、魔具『写影魔鏡シャドウミラー』が突き立てられた。


「そいつを使えば、今の自分と寸分違わぬ影が現れる。勝つためには、その瞬間の己を上回り続けねばならぬということだ。毎日、自らの限界を超えろ。さもなければ、神にまみえることすら叶わぬまま、絶望のうちに死ぬことになるぞ。……精々、励むがいい。じゃあな」


嘲笑うような言葉を残し、カオスは霧とともに霧散した。

静まり返った訓練場に残されたのは、不気味に光る鏡と、重苦しい沈黙だった。


「……毎日、自分を超えろ、か。あいつ、どこまで人を食った真似を……」


シロミが不快そうに鏡を凝視する。しかし、その鏡面にはすでに、四人の姿が映し出されていた。

鏡から飛び出してきたのは、剣一たちの姿形、魔力の波長、そして今の強さを完全にコピーした無口な影たち。


「……来るっ! 自分の影に負けるなんて、口が裂けても言えないからっ!」


アリスが蒼炎を練り上げ、近接形態(コンバットスタイル)で自身の影へと突撃する。

自分自身が最大の壁となる、文字通り逃げ場のない地獄の特訓が幕を開けた。

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