VS偽シロミ
「私は本当のシロミお姉ちゃんには負けるかもしれないけど、偽物のあなたには絶対に負けたくない。いえ、絶対に負けませんっ!」
真白の声は震えていなかった。それは恐怖ではなく、絆を汚されたことへの激しい怒りと、自分自身への誓いだった。
「あらあら、威勢だけではどうにもならないこともあるのよ」
シロミの声で、冷酷に囁くカオス。しかし、その言葉は真白の逆鱗に触れた。
「……シロミお姉ちゃんの姿でそんなこと言うなんて許さないっ!」
真白は限界突破を使用しながら地を蹴る。一ヶ月前なら、ただ目を瞑って防御を祈るだけだった。だが今は違う。彼女は影の動きを、その魔力の揺らぎを視ていた。
レイピアを正眼に構え、偽シロミへと一直線に突っ込む。真白の突き出したレイピアが、黒い火花を散らして弾かれた。
超高速の刺突をすべて、偽シロミの背後に浮かぶ『暗黒王の影武者』が、まるで羽虫を払うかのように大剣の腹で叩き落としていく。
「四分割されてこの強さっ……!全然当たらないっ!」
真白は歯を食いしばり、さらに速度を上げた。限界突破による純白のオーラが、彼女の小さな体から炎のように噴き出している。一突き一突きに全霊を込めるが、影の大剣は意思を持っているかのように、真白の死角から正確に割り込んでくるのだ。
「ふふ。いつまでもつかしらねぇ」
偽シロミが、あどけない少女を慈しむような、それでいて心底見下したような薄笑いを浮かべる。その口調、首の傾げ方、すべてが本物のシロミお姉ちゃんに酷似していることが、真白の心を逆撫でした。
「(……ダメ、熱くなっちゃダメ。お姉ちゃんなら、こういう時ほど冷静に観測しろって言うはず……!)」
真白は荒い呼吸を整え、突撃の足を一瞬止めた。
影の大剣が、止まった真白を逃さじと上空から叩きつけられる。凄まじい風圧。しかし、真白はそれを最小限の動きで、横へステップして回避した。
ドォォォォン!!
大地が爆ぜ、真白のすぐ横に巨大なクレーターができる。巻き上がった土煙が頬をかすめるが、真白は瞬き一つしなかった。
「……ふぅ。でもこのままだと、あまり長くは持たない……。いくよっ!聖霊の警鐘!」
真白がレイピアを天に掲げると、偽シロミの頭上に、純白の発光を放つ巨大なベルが出現した。
ゴーン、ゴーン――。
荘厳な音が響くたび、周囲の闇が浄化され、カオスの魔力が霧散していく。
「一体何なのかしら、この鐘は……でも、関係ないわ。いきなさい、暗黒王!」
偽シロミの冷徹な声と共に、背後の大剣が真白を圧殺せんと襲いかかる。だが、その頭上から鳴り響く警鐘が、神の写し鏡に罪を突きつけるかのように降りかかった。
「……なっ!?」
不意を突かれた偽シロミを守るように、暗黒王が主の盾となり、降り注ぐ巨大な鐘をその剛腕で支え止める。
「……今だっ!聖霊王の一刺っ!!」
真白はこの瞬間のために温めていた全魔力を、レイピアの切っ先に集束させた。限界突破の光が一点に凝縮され、彼女の身体は光の矢となって突き進む。
「……くっ!間に合わ……っ!」
カオスの仮面が驚愕に歪む。
だが、神の反応速度は人の想像を絶していた。直撃の刹那、偽シロミは強制的に身体を捻り、致命傷を避ける。真白の放った閃光は、標的の右半身を肩から脇腹にかけて完全に消滅させた。
「はぁ、はぁ……っ! や、やった……?」
手応えはあった。レイピアを通じて、混沌の核を削り取った確信がある。
だが。
「……中々危なかったわ。核がやられてたらおわりだったわよ」
偽シロミの口調は、依然として余裕に満ちていた。
破壊された右半身から、どろりとした漆黒の液体が溢れ出す。それは生き物のように蠢き、欠損した腕を、脇腹を、瞬く間に編み上げていく。断面から這い出す影の触手が、まるで時間を巻き戻すかのように、元の妖艶な姿へと再構成していった。
「そ、そんな……」
真白の指先から、力が抜ける。
渾身の一撃。聖霊王の加護をすべて注ぎ込み、一ヶ月の修行の成果をぶつけた一刺し。それが、一瞬の修復だけで無に帰した。
「驚くことはないわ。あなたのその輝きも、この底知れぬ虚無に飲み込まれれば、ただの瞬きに過ぎないのよ」
身体が元通りになった偽シロミが、優雅に銀髪をかき上げる。
その動作一つ一つが、真白が愛する本物のお姉ちゃんへの冒涜に思えて、胸が締め付けられる。
「(魔力が……もう、ほとんど残ってない……。あんな再生を何度もされたら、私……)」
真白の膝が、微かに震え始める。
これまで剣一さんやアリスちゃん、そしてシロミお姉ちゃんに守られてきた。彼女たちの強さを信じてきた。けれど、いざ一人で「神」という絶望と向き合ったとき、自分の存在があまりにもちっぽけに感じられてしまう。
「さあ、次は私の番ね。真白ちゃん……あの子が一度もあなたに向けなかった、本当の絶望を見せてあげるわ」
偽シロミが指先を静かに掲げた。
周囲の影が生き物のように蠢き、真白を逃がさぬ檻となって広がり始める。
「……うぅ……あ……」
恐怖が、足元からせり上がってくる。
視界がにじむ。レイピアを握る手が、汗で滑る。
(私じゃ、やっぱりダメなのかな。みんなの足を引っ張っちゃうのかな……)
弱気が心を支配しようとした。
「じゃあね、真白ちゃん。あの時、あなたを救った技で終わりにしてあげるわ。『魔王の鉄槌』!」
偽シロミの冷酷な宣告と共に、暗黒王が姿を変えた。断崖の開拓地を粉砕した、あの巨大なハンマーヘッドが再び現れ、真白を圧殺せんと振り下ろされる。
逃げ場はない。絶体絶命の重圧。
死を覚悟した瞬間、真白の脳裏にシロミの厳しい、けれど温かい声が響いた。
『真白ちゃん、いい? 絶望っていうのはね、相手から与えられるものじゃないわ。あなたが諦めたその瞬間に、あなたの心の中に生まれるものよ』
シロミは、修行の終わりによくこう言っていた。
『あなたはもう、守られるだけの人間じゃない。誰かを守る力を手に入れたの。これからはその力で、胸を張り自分の力を信じて戦いなさい』
「(……そうだ。お姉ちゃんは、いつだって私を信じてくれた。私が、私自身を信じるよりもずっと強く……!)」
真白は、涙を拭った。
震える足を、もう一度力強く、地を踏みしめる。シロミへの依存ではなく、シロミが認めてくれた「自分」への信頼。それが、真白の魂の芯を一本の鋼のように貫いた。
逃げ腰だったレイピアの切っ先を、頭上から迫る巨大なハンマーへと真っ直ぐに向け直す。
「……負けない。私は、負けないんだからっ! お姉ちゃんが信じてくれた私を、私が裏切るわけにはいかないっ!」
真白の全身から、再び光が溢れ出す。
先ほどまでの淡い真珠色ではない。それは、自身の恐怖を焼き尽くし、覚悟を燃料とした、黄金色に近い力強い「信愛」の光だった。
「聖霊王アマケシカ、変形、『純光の信愛』!
魔術者の変形は威力の半減効果は受けない。
そして、真白の叫びに呼応し、聖霊王の力が彼女の肉体と意志に完全に融合する。
溢れ出た黄金の光が彼女を包み込み、その姿を瞬時に変貌させていく。
背中からは、シロミの漆黒の翼とは対照的な、光り輝く純白の天使の翼が力強く羽ばたいた。
服装は、動きを阻害しない戦闘形態へと再構成される。袖は短くなり、深く被ったフードが横顔に決意の影を落とす。白を基調としたスカートは短くなり、そこから覗く太ももには、魔力を帯びた純白の脚甲が、強靭な足取りを支えるように装着された。
それは、アリスやシロミの模倣ではない。
真白が、みんなを守るための「矛」となるべく、自らの意志で選んだ姿。
「……あらあら、少しは骨のあるところを見せるじゃない」
頭上のハンマーが、真白の放つ圧倒的な光の圧力に軋んだ。
カオスの仮面の下で、偽シロミの余裕が、初めて明確な「焦燥」へと変わるのを、真白は見逃さなかった。
「お姉ちゃん……見てて。これが、貴女が育ててくれた、私の強さだからっ!!」
黄金のように光る翼が爆ぜるように羽ばたき、真白は光の尾を引いて空を翔けた。
「速い……っ!」
偽シロミが驚愕に目を見開く。先ほどまでの「聖霊王の一刺」をも凌駕する速度。真白は一撃でハンマーヘッドを貫通し、破壊した。
そのまま空中で鋭く旋回し、四方八方から光の斬撃を叩き込んだ。
「ああっ、あああああ!」
偽シロミの身体が、黄金の光に焼かれ、千切れ飛ぶ。
だが、カオスの核は未だ健在だ。黒い霧が再び集まり、彼女の肉体を繋ぎ合わせようと蠢き始める。
「……無駄よ、何度やっても同じこと……!」
「いいえ、同じじゃないっ。今、あなたの核はそこにあるのが分かったから!」
真白の瞳が、再構築の起点となる「漆黒の核」を捉えた。
それは偽シロミの胸の奥、心臓があるべき場所で脈動している。
「私の全魔力をこの一撃にかけるっ!」
真白は天高く舞い上がり、背中の翼を最大まで広げた。黄金の粒子が雪のように戦場に降り注ぐ。
レイピアの切っ先に、これまでの人生と、そしてこの一ヶ月で受け取ったすべての愛と勇気を凝縮させる。
「『極光天刺閃』っ!!」
真白は流星となり、偽シロミの胸元へと一直線に突き進んだ。
「させない……っ! 影の……!!」
カオスが必死に影を盾にしようとするが、黄金の光はその闇を透過し、一切の抵抗を許さない。
パリン、と世界が砕けるような音が響いた。
レイピアの先が、漆黒の核を真っ向から貫いたのだ。
「が、は……っ。人間の分際でっ……これで勝ったと思うな……」
「さよなら……偽物のお姉ちゃん。……そして……待ってて……本物のお姉ちゃん……」
轟音と共に、偽シロミの姿が光の粒子へと分解され、大空へと溶けていった。
「……はぁ、はぁ……っ」
一歩、踏み出すごとに足の感覚が遠のいていく。
背中の翼が光の粉となって消え、純白の戦衣もいつの間にか元の見慣れた杖と使い古した服に戻っていた。身体中の節々が悲鳴を上げ、視界がチカチカと明滅する。
(勝てた……本当に、勝てたんだ……)
「……行かなきゃ。みんなのところに……」
真白は折れそうな心を奮い立たせ、震える手で杖を突き立てた。
一人で勝ったんじゃない。
シロミお姉ちゃんの言葉があったから。アリスちゃんやお兄ちゃんの背中を追いかけてきたから、この光に辿り着けた。
「……シロミお姉ちゃん。私……少しは、隣に立つ資格……できたかな……」
掠れた声で独り言をこぼしながら、真白は一歩、また一歩と仲間の元へ歩みを進める。
その足取りは重いが、不思議と心は軽かった。




