四聖霊
食事の片付けを早々に終え、二人は訓練を開始する。そこには先ほどまで赤面し合っていた挙動不審な二人はもういない。
「近接形態。いくよ、剣一。今までみたいに甘くないからっ!」
アリスが鋭い呼気と共に、指先と脚に魔力を集める。その瞳には、羞恥心を戦闘への集中力へと昇華させた、純烈な輝きが宿っていた。
「ああ、望むところだ。……来い!」
剣一もまた、愛剣を正眼に構える。
昨夜の背中の温もりや、今朝のシロミのからかい。それらすべてを雑念として切り捨てるのではなく、自らの糧として腹に据える。守るべき者が隣にいるという自覚が、彼の剣筋に迷いのない重みを与えていた。
二人の動きは、かつてないほどに噛み合っていた。
アリスの近接形態による超速の連撃を、剣一は紙一重でかわし、あるいは剣の腹で受け流す。
(速い……! 踏み込みの鋭さが、昨日までとは比べものにならない……!)
剣一は肌で感じていた。アリスもまた、自分と同じように「今のままではいられない」という焦燥にも似た情熱を、魔力へと変えているのだと。
訓練場に、激しい衝撃音と魔力の弾ける音が響き渡る。拳と脚に纏わせた魔力が空気を焼き、剣一の視界を赤く染めた。
「最大出力! 『爆炎連撃波』!!」
アリスが踏み込むと同時に、5mほどの距離を一気に埋めるような炎の拳の連続衝撃波が放たれる。
剣一は一歩も引かず、愛剣の腹でその熱波を受け流した。衝撃で火花が散る中、彼はあえてその反動を利用して鋭く踏み出す。
「甘いと言ったのはお前の方だぞ、アリス!」
流れるような動作から繰り出された刺突が、アリスの肩口をかすめる。だが、アリスは怯むどころか、不敵な笑みを浮かべて身を翻した。
(……お兄ちゃんも、アリスちゃんも。さっきまであんなにそわそわしてたのに)
木陰で見守る真白が、驚きに目を見開く。
今の二人の間には、一糸乱れぬ連携と、一分の隙もない緊張感が張り詰めていた。アリスが魔法を放つ瞬間の微かな予兆を剣一が察知し、剣一が踏み込む瞬間のわずかな隙をアリスが魔力の防御で補う。
それは、これまでの信頼関係に、「相手を片時も離さず見つめ続ける」という強い執着が、無意識に混ざり合った結果だった。
そしてしばらくの間、拳や脚と剣の熱い打ち合いが続いた。互いの熱をぶつけ合うたびに、朝までのぎこちなさが確かな信頼へと塗り替えられていく。
「……やるじゃん、剣一」
「お前こそ。……魔力のキレが昨日までとは段違いだ」
剣先と拳が触れ合う距離で、二人は視線をぶつけ合う。
至近距離で見つめ合う瞳の中に、互いの真剣さと、隠しきれない情熱が映り込んだ。ふと、今朝の気恥ずかしさが再燃しそうになるが、二人は同時にフッと口角を上げた。
「……ねえ、剣一。私、もっと強くなるわ。あんたの隣に立つのに、相応しいあたしになるためにね」
「ああ。俺も負けん。お前を……天空へ連れて行くまではな」
遠くでシロミが楽しげに眺め、真白が「お兄ちゃんたち、かっこいいーっ!」と拍手を送る。
天空への道はまだ遠く険しい。
けれど、今日この瞬間、二人の絆は家族よりも近く、戦友よりも熱いものへと、確かに進化を遂げていた。
剣一とアリスが肩で息をしながら休憩に入ると、入れ替わるように真白とシロミが前に出て手合わせを開始する。
「二人とも凄かったねっ! 私たちも頑張ろー!」
「ふふ、そうね。かかってらっしゃい。お手柔らかに頼むわよ?」
シロミは余裕の笑みを浮かべ、優雅に指先を躍らせる。対する真白は、その瞳に宿る魔力の光を一段と強く輝かせた。
「それじゃあいくよっ! 召喚!ノムラ、ウルダイブっ!」
真白が杖を構え、輝く魔法陣を展開すると、眩い光の中から二人の聖霊が姿を現した。巨躯に不敵な笑みを浮かべるノムラと、涼やかな微笑みを湛えたウルダイブ。二人は主である真白へ信頼の視線を送ると、即座に戦闘態勢に入る。
「あらあら、二人同時なんて分が悪いわねぇ。……それなら、こっちはこれよ。『暗黒の影武者』」
シロミの足元から伸びた影が、意志を持つ生き物のように蠢き、彼女と寸分違わぬ輪郭を持った漆黒の影武者が立ち上がる。その手には、どろりとした魔力で編み上げられた黒い剣が握られていた。
「ノムラさん、影の相手をお願いっ! ウルダイブはシロミさんへ!」
真白の鋭い指示が飛ぶ。
「わかった。任せろ!」
「いきますよっ!『水虎の砕牙 』!!」
ノムラは重厚な鎖で繋がれた二丁の斧を豪快に振り回し、影武者の懐へと肉薄した。金属音を響かせ、漆黒の剣筋を強引に弾き飛ばしながら、怒涛の連撃を叩き込む。
同時に、ウルダイブがシロミに向けて魔力を解放した。周囲の水分が瞬時に凝縮され、獰猛な虎の形を成す。鋭い牙を剥き出しにした水の奔流が、シロミを飲み込まんと猛然と襲いかかった。
「あらあら、元気な虎さんねぇ」
シロミは余裕を崩さず、ウルダイブの攻撃が当たる直前、魔法を展開する。
「ふふ。『深淵の転移』!」
シロミが両手を広げると、目の前の空間がどろりとした闇に染まり、襲いかかった水虎を丸ごと飲み込んだ。直後、ノムラの背後の空間に同じ闇が口を開き、消えたはずの牙が凄まじい勢いで飛び出す。
「なっ!?……ぐっ」
背後からの予期せぬ身内の攻撃。ノムラは咄嗟に身を捻ったが、水の衝撃を完全に殺しきれず、その巨躯が大きく揺らいだ。
「ノムラさんっ! 回復!大丈夫ですかっ!?」
真白が素早く杖を掲げ、清浄な光の奔流をノムラへと注ぎ込む。青白い光に包まれたノムラの傷が瞬時に塞がり、彼は荒い息を吐きながら再び斧を握り直した。
「……すまねぇな、真白。助かったぜ。だが、あの女……とんだ食わせ物だな」
ノムラは忌々しげにシロミを睨みつける。
一方、シロミは何事もなかったかのようにクスクスと喉を鳴らした。
「あら、ごめんなさいね。でも、戦場では自分の力が牙を剥くこともあるのよぉ? 真白ちゃん、次はどこから来るか……予測できるかしら?」
シロミの足元から伸びる影がさらに色濃くなり、影武者が再び剣を構えてノムラへと襲いかかる。同時に、シロミ本体の手元にも闇の魔力が収束し、ウルダイブを牽制するように揺らめいた。
「(……すごい。シロミ、攻撃を転送しただけじゃない。わざとノムラの死角を狙ったのか……!)」
休憩中の剣一は、その冷徹なまでの戦術眼に背筋を凍らせる。アリスもまた、一瞬の油断も許されないその攻防に、持っていたタオルを握りしめた。
「……負けない……もん……っ!聖霊たち、私に力を貸してぇぇっ!!」
真白の体から溢れ出した眩い光が、訓練をしている場所の全体を白銀の世界へと変える。その中心で、少女は自分自身の内側から湧き上がる強大な力に戸惑っていた。
「なに……これ……?」
自分の手のひらを見つめ、震える声で呟く真白。その背後で、光の粒子となった聖霊たちが語りかける。
「真白さん、あなたは四人の聖霊に慕われています! その力は恐らく、あなたに精霊王の力が宿っているということです! 私たちの力、使ってください!!」
「ありがとう……やってみるっ!『降霊!聖霊王、アマケシカ』!! 」
真白が意を決して叫ぶと、ノムラとウルダイブが光となって彼女の中へと溶け込んでいった。
光が収まった時、そこにいたのは白を基調とし、光沢が眩しい銀のラインが走る聖なるローブを纏った真白だった。深く被ったフードの隙間から覗く瞳には、四大聖霊の意志が宿っている。
今の真白には、シルフィーヌのしなやかさ、ノムラの一撃の重み、ウルダイブの知略、そしてサルバートの豪快さが凝縮されていた。
「これが……聖霊の力なんだね。私も、みんなの想いに応えなくちゃいけない。全力でいきます、シロミさん」
真白は静かにレイピアを構え、その鋭い剣先をシロミへと向けた。
「あらあら、さすがにこれは想定外ね。真白ちゃん、本当に強くなったわね……。いいわ、その全力、真っ向から受け止めてあげるわぁ。『亡者の大群』!『暗黒王の影武者』!!」
シロミが地を蹴ると、足元の影が爆発的に広がり、土を割って無数の骸骨が這い出してきた。さらに、彼女の背後からは先ほどよりも一回り大きく、禍々しい王冠の形をした角を持つ「暗黒王の影武者」が、巨大な大剣を携えて姿を現す。
「……行くよっ!」
真白が地を蹴る。その踏み込みは、ノムラの剛力とシルフィーヌのしなやかさが合わさった、目にも留まらぬ一撃だった。
「(……速い! 剣一に負けないくらいの踏み込みっ……!)」
アリスが息を呑む中、真白のレイピアと暗黒王の大剣が激突し、訓練場に凄まじい衝撃波が巻き起こった。金属音と魔力が爆ぜる音が連続して響き、白銀の閃光と漆黒の斬撃が幾度も交錯する。しかし大量の骸骨が追い打ちをかけるように邪魔をする。
「このままじゃ埒があかないっ! 『白銀の光槍』!!」
シルフィーヌの技で木を出現させ、真白を打ち上げ、空高く舞い上がった。眼下に広がる無数の骸骨たちを見据え、レイピアの先から魔力を解放する。
何千もの光の槍が流星雨のごとく降り注ぎ、地を埋め尽くしていた亡者の大軍を瞬時に浄化していく。その圧倒的な光景に、シロミさえも一瞬目を細めた。
「これでっ……!おしま……」
だが、最後の一撃を放とうとした瞬間、真白の視界がぐらりと揺れた。
精霊王の力は、まだ幼い彼女の許容量を遥かに超えていたのだ。光り輝いていたローブが霧散し、真白の体から力が抜け落ちる。彼女は空中で意識を失い、そのまま逆さまに地面へと落ちていった。
「……っ! 真白ちゃん!」
シロミが即座に技を解き、影の中に沈み込むような速度で移動する。
地面に叩きつけられる寸前、シロミの両腕がふわりと真白の小さな体を受け止めた。
「あなたって子は……本当、無茶ばっかりして……」
シロミは手元のレイピアも消え、元の幼い姿に戻って眠る真白の顔を覗き込み、困ったような、けれど愛おしそうな溜息をついた。
「……真白、大丈夫か!?」
剣一とアリスが血相を変えて駆け寄ってくる。
真白の頬は赤みを帯び、規則正しい寝息を立てていた。ただの魔力切れによる昏睡だと分かり、二人は安堵でその場にへたり込んだ。
「……びっくりさせないでよ、もう」
アリスが真白の頭を優しく撫でる。
嵐のような訓練が終わった後の静かな広場には、新しい力を手に入れた妹分への誇らしさと、それを支えていこうとする三人の決意が、温かな空気となって流れていた。
そして真白を抱え、一行は一度帰宅することにした。




