75 短いお茶会
フリフリのスカートを着て、またもや領主の館へやってきた。
今日はヤーネットとのお茶会で、塗り薬を渡すと決まっているのだ。馬車の中で少し髪を整え、早速出陣である。
「ようこそお越しくださいました。ヤーネット様は自室にてお待ちしています」
ヤーネットの侍女がお辞儀をしながら待っていた。桃色に近い橙色の髪をした彼女は、道案内をはじめてくれる。
「貴方にヤーネットへの贈り物を渡しておくわ」
私がそう言うと、本日ついてきてくれたリュンレルテが、桃橙色の侍女に塗り薬を渡した。
その人は、灰色の小壺を細かく触っては蓋を開けて中身を確認している。
「これは、どのように使うのでしょうか?」
手の先に乗せられたままの薬を観察しながら、そう言った。簡単に傷に塗れば治る薬と答えた。
「かしこまりました。渡す際に使い方の説明をいたします」
「ええ、そうしてちょうだい」
「では、案内します」
長い長い廊下を歩き続け、ようやくヤーネットの自室の前までやってきた。
桃橙色の侍女が扉を開けると、扉のすぐそこにヤーネットは立っていた。
「聖女様、お待ちしておりました」
スカートの裾をつまみ上げ、綺麗な作法でお辞儀をしながら挨拶をするヤーネットは、前よりも洗練されている気がした。
きっと頭の上に木の板を乗せられたのだろう、あれは地味に頭上が痛くなるから、あまり好きではなかった。
「綺麗な作法ね、わたくしは頭の上に木の板を載せられたのよ」
「メルディーラも? わたくしもやらされたの」
お互いに木の板を載せられる姿を想像して、何となくクスッと笑ってしまった。ヤーネットも同じなのだろう、小さく笑っている。
「では、窓の近くの椅子に座ってくださいな」
「そうするわ、歩くのが疲れてしまったの」
ヤーネットに促されるまま椅子に座ると同時に、お茶も出された。
「聖女宮殿は、きっと領主の館より大きいわよ」
「それなら、毎日飛びながら移動したい」
「聖女様としてはあまりよろしくないかも……」
困ったような顔になりながらも、何とか言葉を捻り出していた。その様子が少し可愛い。
「メルディーラは、王城に行ったらどんなお仕事をするの?」
言われてみると、私は王城での細かなお仕事が分からなかった。一体何をするのだろう。
「まだ詳しいことは」
首を振りながらそう言い、ヤーネットが侍女の一人から紙を受け取っている。
何が書かれているのか気になるが、素直に待つことにした。きっとこの後見せてくれるだろうから。
「メルディーラ、これを見てちょうだい。貴方がいない間に調べてきたの」
机の上に置かれた紙を滑らせながら私の方へ持ってくる。そこに書かれているのは、魔力供給と貴族の資格の管理などが事細かに書かれている。
私は貴族の証の管理に目が止まった。これは一体何なのか、そもそも管理ができるのかが分からなかった。
「貴族の資格の管理とは?」
「それが分からなかったの、魔力供給なら知っているわ」
魔力供給はどこかに魔力を流すだけなのだと思うので特に説明はいらないと思う。それよりも、貴族の資格の管理なんて私にできるのかが一番心配だ。
万が一にも私の判断が間違えれば出入り自由な王城になりかねない。
「ヤーネットの侍女たちは?」
私はそう質問するとヤーネットは振り返り、一人ひとりの顔を見つめた。皆首を横に振り、知らないと意思表示した。
「そうよね、王都なんて行く機会ないものね」
「行く意味なんてあまりないと思うのだけれど」
魔族会議があるとブリジストが言っていたが、はたして領主も行くのだろうか。その時の護衛はきっとたくさんいるに違いない。
「もう、この領地から離れる日が近いのね」
「そうね、雪が止む頃に向かう話になっているわ」
「せっかく七歳から、という話だったのに前倒しだなんて……」
「仕方がないよ、それが貴族社会」
貴族社会は決まったことは必ずやる、そんな人達なのだ。
私だってこの領地から離れるのは嫌だ。
「もう支度はしてあるの?」
「まだね、研究室のものが多くて処分に困っているもの」
散らかっている研究室を思い出し、掃除をしなくてはいけないというめんどくささに脳が焼かれそうになっている。
最初の頃はしっかりやっていたのに。
「まだやっていたのね、わたくしも趣味としてやってみようかしら」
「いいわね! 早速鹿狩りから始める?」
「ま、待って! 鹿狩り……?」
困惑顔を向けられ、私はどうすればいいのかわからずに、あたふたとしてしまったが、すぐに立て直して話を続けた。
「し、鹿狩りは冗談よ、魔石を削るところから始めなくてはいけないわね」
「えっと……もっと自分の時間が増えてからにするわ」
今から始めそうな勢いの私に、なんとか言い訳を残したヤーネットだが、そんな言葉では私は止められない。
早速口を開こうとしたところ、左肩の後ろ側が指先で捻られた。
(い、痛……! なにすんのよ!)
後ろをゆっくり振り向くと、左側にいるのはレオネットだった。何とかして話を止めてくれたようだけれど、それはお節介というもの。
ヤーネットにもきっと魔石の素晴らしさを分かってくれるはずなのだ。
「メルディーラお嬢様、相手に合わせてください」
私の耳元でそう伝えられる。たしかに私の独走状態になりかけていたので、なんとか魔石の話を抑え込んだ。
そして、頭の中で次の話題を考え、ふと思い出したことを口にした。
「ヤーネットは忙しそうね、どんな人と結婚する予定なの?」
「まだ決まっていないの、別の領地なのか他国なのか」
「他国だなんて、遠くなりそうね」
「大丈夫よ、他国だけは嫌だもの。新しい言語を覚えるなんて大変なのよ」
話を聞く限り、この国以外は言語が違っているようだ。それなら、私も覚えるなんてしたくないかもしれない。
「そうよね、今の言葉が全世界の共通言語になればいいと思っているわ」
「それはいいけれど、だいぶ時間が取られそうね」
時間なんて、人間社会ではたくさんあるのだ。遠い未来に実現しているだろう。
今は完全に意味ないだろうけれど、昔の人たちはそれをやっていてくれても良かったと思う。
「もう次の用事の時間になったわ、今日はありがとう。メルディーラ」
ヤーネットは席を立ち、前のように私たちを自室においてどこかへ行ってしまった。
すごく短い時間だったけれど、情報も得られたのと楽しめたので、良かったと思った。
「さぁ、家に帰っていろいろ支度をしなくてはいけないわね、雪が本格的に降りそうよ」
「そのようですね」
レオネットとカリスティーの声が重なり、私たちは馬車に乗り込んだ。
今回はお見送りが誰一人いないので悲しい。けれど、騎士っぽい一人が玄関に立ったまま動かないので手を振っておいた。




