74 恋物語
お家に戻ると、マミーユとカリーレが玄関で待っていた。
「おかえりなさいませ」
「ええ、今戻ったわ。さっそく研究……」
「まずはお着替えからですね」
研究室に籠りたいところだったが、言う前にマミーユに止められてしまった。いつにも増して、マミーユの表情が真剣だ。
リュンレルテは厨房で調理工程の見学に行き、レオネットはその付き添いをしている。
私の付き人はカリーレとマミーユとカリスティーの三人となり、居残り組の二人は私が帰る前にお仕事を終わらせてしまっていたようで暇を持て余していたようだった。
自室に入り、衝立の裏側でお着替えの開始だ。
「お嬢様は今回何をされたのですか?」
「四十人の騎士と戦ったわ」
「よ、四十人……ですか?」
カリーレは驚いた顔で、聞き間違いではないかと確認している。そこでカリスティーが一つ頷いた。
「メルディーラ様は凄いですよ、動くところ全てに光の残滓が残っていて、神々しかったです」
「お嬢様は凄いですねぇ、ところで騎士の四十人ってどれくらいですか?」
「ま、マミーユ……大男が四十人いると考えた方がいいよ、それらに勝つなんて化け……」
カリーレは急いで自分の手で口を塞いだ。マミーユとカリスティーも続きの言葉を察したようで「あっ……」と声をそろえる。
私はというと、もちろん怒っている。何故か、それは化け物扱いされたことにだ。
「カリーレ?」
「化けた猫のよう……だ」
意味の分からない回避を出され、私の怒りはすぐに収まった。とにかく私の怒りの鎮め方は上手いと思うが、同時にカリーレは皆から白い目で見られていた。
「ご、ごめんなさい……」
後輩の前で主人に謝るカリーレに何だかクスッと笑ってしまった。マミーユも釣られて「カリーレ様ったら、どうなるかと思いましたよ」と小さく笑っていた。
「メルディーラ様、お着替えが終わりました。本日は何をなさいますか?」
「適当に本でも読んでいるわ」
「研究じゃないのですね」
「わたくしだって、たまには気分転換は必要よ」
苦笑するカリスティーを置いて、勉強机に向かった。本はマミーユが持ってきてくれ、そのタイトルを見てみた。
『聖女と勇者の恋物語』
なんて書いてあるので、何を見せられるのかと思っていたが、内容はただの恋だけの話ではなかった。簡単に言うと、旅の途中で凶悪な魔物と戦ったり、村を救ったりして行くのだが、そこで恋が芽生えて魔王を封印後に結婚したとの事。
二人は結婚後に子宝に恵まれ、その子孫たちが今の王族なのだとか。
「意外と面白いわね」
「やっぱり黄金の花を咲かせた野原での婚約が良いですよね」
「それよりも魔物が面白いわ、喋るドラゴンを討伐したのが特にいいわ!」
「こ、恋は……?」
マミーユには申し訳ないが、恋がなんだか分からないので笑顔で返しておく。
ガックリとしたマミーユは本を片付けに行き、私たちは食事の間へ向かった。
「メルディーラ、甘いものが好きなのはわかっているのだけれど、デザートのレシピばかり買うのはあまりよろしくなくてよ?」
「え? そんなに買ってないわよ?」
食事の間の当主席に座ると同時に、リュンレルテからそんなことを言われた。
私はたくさん買った覚えはないのだけれど、どれくらいのレシピがあるのか気になる。
「あったわ、厨房の」
「リュンレルテ、メルディーラお嬢様がお食事をします。お静かに」
「そうね、また今度ね」
(いやいやいや、すごく気になるのだけれど!?)
レオネットに止められたリュンレルテはスっと静かになってしまった。私が「もうちょっとだけ詳しく……」と声をかけても、笑って誤魔化しているだけだった。
誰が買ったのか、それだけを考えながら食事を進めていくと、その後にデザートがやってきたので、考えていたことが全部どっかいった。
食後のお茶も終わり、研究室に向かうことにした。
「温水道はどう?」
「すごく助かっていますよ、今日お風呂にも設置しましたので、だいぶ楽になりました」
「それなら良かったわ」
マミーユが嬉しそうに指先で温水道を撫でた。その後に「お嬢様のおかげです」と穏やかな笑みを向けられながらそう言った。
「違うわ、平民たちのおかげよ」
私もそう言い返して笑いあった。
その後は温水道の改良案を出し合い、何かに応用できないかなども考えていたが、特に誰も思いつくことはなかった。それはヤーネットのお茶会当日まで続いた。
「なんだか、また領主の館に行くのはめんどうくさいわね」
「お嬢様、今は中継ぎ当主なのですから、領主家に無礼な言い方はよくありませんよ」
「分かっているわよ、マミーユ。カリーレはどこにいるの?」
「また失くした髪飾りを探しに地下倉庫に行っています」
あれをまだ探していたなんて、また新しく買うと言ったけれど、そんなに大事にしていてくれたのは、正直嬉しかった。
私はカリーレに挨拶をするのは後回しにして、自分のお屋敷を出た。
私の後ろから、ポンッという瓶を開けるような音が鳴り、振り返るとレオネットが塗り薬を手につけていた。
「どうかなさいましたか?」
「それ、使ってくれているのね」
「もちろんです。保湿されますし、傷もすぐに治り綺麗な指になりますからね」
私は嬉しくなり、スキップをしながら馬車に乗り込んだが、レオネットからは「淑女たるもの……」と怒られてしまった。それもなんだか心地よくてニヤニヤしていた。
熱があるのでは、と額を触られた。




