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黄金のメルディーラ 〜魔石で大切な人を楽にしたい〜  作者: タルミア


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73 手渡しの意味

「さて、わたくしはそろそろ帰るわ」

「そうか、気をつけるがいい」


 ブリジストに手を小さく振り、踵を返す。そこでふと私は思い出した。そういえば、サイベルとブリジストに塗り薬を渡すのを忘れていた。

 塗り薬を持っているリュンレルテは、戦闘中に訓練場から出て行っている。一体何をしているのだろうか。


「君は何を突っ立っているんだ? 早く帰りなさい」

「わたくし、サイベルとブリジスト様に渡すものがあったのよ、だけれどリュンレルテが塗り薬を持っているの」


 私は振り返り、リュンレルテを探すように目を泳がせた。もちろんいないが。

 ブリジストは「そんな者もいたな」と思い出したようにそう呟いた。正直言うと、私も戦闘中に忘れていた。

 初めてリュンレルテが領主の館に来たのもあり、レオネットとカリスティーの二人が当たり前になってしまったせいでもある。


「リュンレルテなら、ヨダリルスが出るのを予想して、訓練場の廊下で待っていると言ってました」


 カリスティーがそう教えてくれる。ヨダリルスが出るのを予想していて廊下で待ち構えているなんて、一体何を考えているのか、それにリュンレルテの観察力はすごいなと思う。


「ブリジスト様、また戻ってくるわ」

「そうか」


 訓練場から廊下に出て、右か左かをどこへ行こうか迷っていると、右の廊下の角から声が聞こえてきた。

 ここからでは少し遠く、声が聞きづらい。なので廊下の壁に張り付き、盗み聞きをしてみる。

 私についてきたカリスティーも同じことをしていた。


「結局、何が言いたいんだ」

「貴方は聖女様に嫉妬しているのでしょう?」

「していない」


 なぜそんな話をしているのか全くわからない。リュンレルテは両腕で抱えている塗り薬を持ったまま、身を乗り出すように一歩進んだ。


「戦闘能力の高い聖女様に嫉妬しているのでしょう? 五歳相手に比べられているのでしょう?」


 それを聞いたヨダリルスは口を噤んで、嫌そうにリュンレルテを見つめている。

 ヨダリルスは何も言わずに踵を返し、去っていった。


「もう……令嬢に対してああだと、モテないと思うのだけれど」


 何がしたかったのかよくわからずに、その話は終わってしまった。リュンレルテも振り返り、こちらに向かってくる。

 私は急いで扉の前に待機し、カリスティーも私の後ろに立った。

 角から曲がってくるリュンレルテは私を見つけると、嬉しそうな笑顔をしたまま早足で寄ってくる。


「メルディーラ、もう戦闘は終わったの? どうなったのかしら?」

「勝ったわよ!」

「さすがメルディーラね! 見てみたかったけれど、あの殿方の態度が悪くて、叱ろうとしていたの」


 リュンレルテの行動力がものすごい。私の名誉のために行動してくれたことなので、なんとも止めにくい。


「そうなのね。ところで、塗り薬を渡したい二人がいるの、藍色と茶色の小壺をちょうだい」


 リュンレルテはひとつ頷き、私の前にまで持ってくるが、カリスティーがサイベルとブリジストの小壺をスルッと引っこ抜いた。

 リュンレルテの顔は少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたが、私が苦笑で返して訓練場に戻った。


「ブリジスト様、サイベル。これを受け取ってちょうだい」

「これは?」

「これはなんだ?」


 二人の手は大きいので、まるで手のひらで転がして遊んでいるように見える。

 小壺の蓋を開け、トロリとした塗り薬を人差し指に付けていた。


「これは傷ができたところに塗るといいのよ、すぐに治せるわ」

「なるほど、礼を言う」

「おぉ、騎士にとってこれは嬉しいな、ありがとうメルディーラ」

「どういたしまして」


 私は満面の笑みを彼らに向けながらそう言った。他の騎士たちからも、欲しいとの声が上がっていたけれど、残念ながらあげるつもりはない。

 聖女の力を倒せるほどになったら、あげるつもりだ。

 そしてその場を後にして、馬車に乗り込む。


「ベリル、案内ご苦労さま」

「ありがたきお言葉でございます。またお待ちしております」

「また一週間後よ、次はヤーネットとお茶会をしたい」

「ヤーネットの侍女と相談してみます」

「ええ、よろしく」


 扉が開いたままの馬車から、ベリルにそう頼んでおいた。扉がレオネットによって閉められると、すぐに馬車は動き出した。窓の外を見てみると、手を振っているベリルがおり、最初の頃とは違ったお見送りに嬉しくなり、私も手を振り返した。


 ベリルの姿が見えなくなると、姿勢を正してレオネットを見つめる。きっとお小言が始まるかもしれない、と思っての行動だったが、特に外を眺めているだけで何もなかった。


「メルディーラ、二つ小壺が残っているけれど、これはどうするの?」


 リュンレルテは、まだ残っている灰色の小壺を両手に一つずつ握っていた。

 ヤーネットは一週間後にお茶会をする予定があり、そこで渡せると思うので大丈夫だ。問題は領主様だが、滅多に会わないせいで渡せない。


「領主様のは、従者に渡しておけばよろしいのでは?」


 レオネットはリュンレルテが握っている灰色の小壺を見つめながら、そう言った。

 これは贈り物なので、従者を経由させるのは何となく嫌だったりする。貴族社会では当たり前のことなのだが、もし従者が勝手に使うなんてものも嫌だった。


「メルディーラ、従者で経由して贈ることは、従者と共に信頼している、と伝えることになるの。手渡しの贈り物は密会の時か、相当親しい間柄ではないと本来いけないことよ」

「え、でもみんな受け取ってくれたよ?」

「たまたまよ、皆メルディーラを信頼しているから受け取ってくれたの」


 まさか、そんな意味があるとは思いもしなかった。ていうか、今更言われてももう遅いのだけれど、その時に止めて説明してくれれば、相当親しい関係みたいになってしまったではないか。

 親しい関係なのは悪いことでは無いのだけれど、サイベルはともかくブリジストは何だか嫌だ。いつも喧嘩しているし。


「サイベルとブリジスト様にもわたくしの手渡しだわ……」

「まぁ、良いのではないでしょうか。聖女様に親しい人として、慕われやすくなりますし」


 カリスティーは私を励ましてくれる。たまにはこういう私側の人がいないとやっていけないと思う。


「カリスティー、聖女様に親しい人という肩書きがあるからこそ、危険も寄ってくるのです」

「そ、それは……そうかもしれません」


(そこで負けないで、カリスティー!?)


 何とか言い返して欲しいが、まだレオネットに対抗するほど育っていないようだった。私が育てようかと、考え始めている。

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