7 長い一日
ご飯を食べたあとは部屋に戻り、カリーレとマミーユが整えたベッドに放り投げられる。今日一日は長かった。
昨日の目覚めから、今日の朝の気品試験、そしてお披露目お茶会。リーレルトとリュンレルテとも出会った。そして二人からのお茶会の招待。その後は魔術や魔力のこと、魔石に平民街のこと。侍女3人。みんなのことを少しづつ理解して、信頼関係を築き上げていきたい。自然とそう思える濃い一日だった。
そして眠気が襲い、ゆっくりと目を閉じる。次に目が覚めたのは、まだ夜だった。眠れなかった。
「また、記憶を失うの……かな」
そんな不安が胸いっぱいに広がり、ギュッと胸の前で拳を握る。嫌だ。ただそれが眠れない理由だった。みんなと話して、知って、理解しようとしているのに。今失ったら、またどうなるか分からない。
天蓋のカーテンを開き、ベッドから降りて、部屋の中を歩いてみる。カリーレとマミーユが湯浴みしてくれたところまで歩き、私はそこでうずくまってしまった。一日、たった一日なのに、ものすごく大切な一日。これが失うのが嫌な大切な記憶。
部屋は月明かりに照らされて、部屋の中がよく見える。今日は満月のようだ。窓から見上げ、今日のことをずっと思い返していた。
すると、静かにドアが開かれた。
「メルディーラお嬢様?」
レオネットの声が聞こえた。振り向くと、手を前で重ねながら、綺麗な佇まいでそこに居た。
「どうして、ここにいるのかしら?」
「様子を見に来たのですよ、眠れないのですか?」
月明かりに足元しか照らされていないせいで、レオネットの表情がよく見えない。どうせ、無表情であろうけど、今は、その無表情な顔が見たいと思っている。
「……そうね、記憶を失うんじゃないかって思って……」
「今日はメルディーラお嬢様は色んなことをしましたね、濃い一日だったと思います。ですが、お眠りにならないと、明日に支障をきたしますよ」
叱責が飛んできた。そして、レオネットは私の方へ歩み始める。相変わらず、無表情のレオネット。
「その一日を忘れたくありません。みんなを知って、理解できたところなのに、また明日は自己紹介から始まるのは嫌です」
「……そうでしょう。私がそばにいます。起きたとしても、私はずっとそばにいます。手を握りましょうか」
その言葉に甘えることにした。ベッドに再び潜り込み、レオネットは手を差し伸べてくれた。握る前に、邪魔になっていた髪の毛を優しく耳にかけてくれたあと、手を握ってくれる。少し、指先が荒れていて、ひんやりとして心地よかった。反対側の手は私の涙を拭ってくれる。
「レオネットは優しいのね」
「そんなことありません。私は私です」
変わらない顔だけど、私の言葉に眉がピクリと動いたのを、私は見逃さない。レオネットは優しいのだ。きっと、前からそうなのだろう。私はみんなが大好きだよ、と、心の中で呟いて、握られた手に少しだけ力を返した。
次に目が覚めたのはちゃんと朝だった。子鳥のさえずりに眩しい日差し。昨日は天蓋カーテンを開けままにしたせいで、日差しで目が覚めた。手にはまだレオネットの指先が荒れている、暖かい手が握られている。
なんとなく、できる気がする。私はそう思うと、魔力を流し込んだ。淡く金色に輝く光が私たちの手を包み込み、暖かかった。みるみると手荒れが治っていき、やがて、すべすべな指先になって行った。
「これは、ありがとうの魔術だよ」
一人で呟き、ふふっと小さく笑い、レオネットを見上げてみる。
椅子に座ったまま目を瞑っており、寝てるのかどうか判別できないが、おそらく寝てる。だろう。きっと。名残惜しい気持ちで、ゆっくりと手を離すと、レオネットの目がパチッと開いた。お化けのようでびっくりして、鳥肌が立った。声は耐えた。
「メルディーラお嬢様。おはようございます。では、湯浴みの準備をしてまいります」
昨日のことは何事も無かったかのように、席を立ち踵を返すレオネットを見つめたまま、私はその場で体を起こした。
「レオネットは優しいのか無愛想なのか、判断が難しいところです……」
唇を尖らせ、そんな文句を言い、湯あみの準備を待つことになった。昨日と同様にカリーレとマミーユが湯浴みをしてくれる。マミーユの手にエスコートされて、私は体をゴシゴシされる。
「ねえ、二人の指も荒れているのでしょう?」
「そんなこと、お嬢様が気に病むことではありませんよ」
そうマミーユは言う。でもやはり気になる。カリーレは少し目を泳がせたあと、口を開いた。
「私は、気になりますけど、治るお薬でもあるのですか?」
「お薬なんてものはないわ、手を貸しなさい」
そう言うと、恐る恐る、両手を差し出す二人に、思わず苦笑してしまうが、両手で包み込み、魔力を流し込んだ。ゆっくりと、治るようお願いしながら。
みるみると治っていく。そしてカリーレは呟いた。「……魔法だ」と。
「何かしら? 魔術と魔法は違うの?」
「い、いえ、これはお勉強する時間に教えますね。今は湯浴みをいたしましょう」
たしかに今は湯浴みだ。手がレオネットのようにしわしわになってしまう。カリーレは、目を泳がせながら、ゴシゴシと体を流しくれ、その後、布でマミーユが体の水分を拭き取ってくれる。
「ねえマミーユ、魔法って何かしら?」
「私は魔術学院に行ってないので、知らないです。すいません」
「そう、ならいいわ」
平民は学院に行けないのね、と考えながら、レオネットの元へ行き、服を着せられる。今日もまた、ふわっとしたものだ。
「そういえば、髪が肩より長いでしょう? マミーユと同じように結って欲しいわ」
レオネットを見上げ、そうお願いする。レオネットは仕方なさそうに髪を結ってくれ、マミーユはお揃いになることが嬉しいようだ。この複雑な髪はマミーユ一人でやってると思うと、すごく大変だと思う。
「どうでしょう」
「これはいいわ、気に入ったから、毎日これがいいわ」
「では、これからはマミーユにやらせるとします」
マミーユは嬉しそうに「おまかせください」と言ってくれて、私はひとつ頷き、鏡を見た。全体的に髪は下ろされているが、こめかみから後ろの方まで、三つ編みが天使の輪のように結われている。髪の半分から、くせ毛なのだろう。くねくねしているが、それが逆にふわっとさせて綺麗だと思う。
「お嬢様、とてもお可愛らしいです」
「あ、ありがと……」
マミーユからの褒め言葉に少し小さい声でお礼を述べたあとは、食事の間へと移動する。扉をくぐると、そこに待っていたのは料理長だった。穏やかな笑顔と共にワゴンが押されてくる。椅子に座りながら、首を傾げている私に、ふぉふぉと笑いながら、机の上に料理が置かれた。笑い方?
その料理はお肉やスープ、パンとさらにデザートまで一気に出てきた。胃もたれしそう。
「あ、あの、こんなに……」
「レリアナート、お嬢様はこんなに食べられません。せめて、コースとしてお出しするべきです」
(カリーレ、そこじゃないよ……)
カリーレの問題発言を訂正するためにも、私は口を開く。
「コースではなくとも、朝にこれは胃もたれするわ、少し量を減らしてくださる?」
「これは、申し訳ございません。昨日はあまりお眠りになれなかったと聞き及んでおりましたので……」
それで、この料理の量ですか……。と思わずにはいられない。心遣いにはものすごく嬉しいし、感謝もしてる。けれど、方向性が違う。
(あれ? レオネットにそんなこと言われたような気がしますね)
とりあえず、方向性が違うのだ。私は合ってるけれど、暴走料理長を何とかしなくては。
「わたくし、そんなに食い意地をはっているようかしら」
呟くように囁いてみた。レリアナートは「申し訳ありません!」と言って、ちょうどいい大きさにしてくれた。
「心遣いは嬉しいわ、気持ちだけ受け取ってあげる。気にしないでちょうだい」
本当にそう思った。気持ちは嬉しいので、ちゃんとお礼を言わないといけない。淑女ですから。
「身に余るお言葉でございます」
と言うと、また従業員用扉から出ていってしまった。なんだったんだろうと思いながら、レオネットを見上げる。レオネットはカリーレを見つめて、長い溜め息を吐いていた。
くすくすと私とマミーユは笑いあった。カリーレは目を見開きながら、レオネットを見つめている。また叱られるようだ。
ご飯を食べお茶をしている時に、思い出したことを聞いてみる。
「カリーレ、わたくしの魔術に魔法って言いましたよね? なんですか、それ?」
私の言葉にレオネットとマミーユがカリーレを見つめる。すごい圧を感じたカリーレは目を泳がせて、必死に言葉を探している。なんだかカリーレがかわいそうだ。
「魔法は魔力量が多いものが使えるとされてますが、実際のところ、よく分かっていません、教えると言いましたが、そこまで詳しくないので……」
頬に手を添え、首を傾げた。魔力量が多いものは魔族だ。そう歴史に書いてあった。建国時代の歴史だ。
「わたくし、実は魔族だったりして……?」
「それはありえません。私が母君の子を取り出したのですから」
レオネットが食い気味で否定する。それもそうだ、そんな大事なこと、隠す意味がないのだから。
「カリーレはなぜ魔法と?」
「説明が難しいです……。家庭教師を雇ってもらった方が早いと思います」
険しい顔をしたカリーレはそう提案する。たしかに、家庭教師がいた方が何かと便利そうだ。知らない知識を詰め込んだその頭を覗いてみたいぐらい。とりあえず、今回の話は保留として、家の紹介をしてくれることになった。
カリーレとマミーユが前を歩き、その後ろに私がいる形だ。レオネットは仕事で離ればなれになった。昨日から寝てないですからね。




