71 侍女の在り方
仕方なく、領主の館へやってきた。領主様には本など色々貰ったので、そのお返しとして塗り薬を持ってきている。
ヤーネットと領主様とサイベル、そしてブリジストやベリルの分を持ってやって来たのだが、さすがにレオネットとカリスティーに五人分の小壺を持たせるわけにはいかない。
ベリルの案内をされながら、リュンレルテが大事そうに塗り薬の入った小壺を両手で抱え込んでいる。
「リュンレルテ、大丈夫? 一気に五つだなんて」
「大丈夫よ、メルディーラ。あまり重いものではないですし、重いものならカリスティーがいるわ」
「リュンレルテ様は後から侍女になったのに、随分と偉くなりましたね」
カリスティーは貴族言葉を混じりつつ威嚇し始めてしまった。できれば、私を挟んで喧嘩しないで欲しい。
「二人とも、みっともないですよ」
そこへレオネットが間に入ってくる。私の背後にいるレオネットから、ものすごい熱い気配を感じた。絶対怒っているので、私はずっと黙ったまま様子を伺うことにした。
「誰かの従者の前で喧嘩をするなど、主が侍女を上手く扱えていないと言われかねません。周りの目を気にしてください」
廊下をぞろぞろと歩く中、右後ろと左後ろにいるリュンレルテとカリスティーからは「はい……」と小さく返事する声が聞こえた。
レオネットの指摘ももっともであり、主が侍女を上手く扱えないと言われかねない自体になってしまう。相手のお屋敷に入ってからが、貴族社会なのだ。
「大変仲がよろしいようで、新しい侍女ですかな?」
「そうよベリル。リュンレルテというのよ」
前を歩くベリルは後ろを振り向かずにそう言い、私は自信満々に返事をした。
「リュンレルテですね、主のためにも人目につくところで喧嘩してはいけませんよ」
「……ですが、カリスティーは前聖女様に酷いことをした親族なのよ? それで警戒しないのがおかしいのではなくて?」
ベリルもレオネットと同じ指摘をするが、リュンレルテは反抗するように言い返した。私もリュンレルテの言いたいことは分かるけれど、いくら親族だからといっても同じ人間とはならない。
相手がどう考えているのかなんて、家族ですら分からないのだ。だから、仲良くして欲しい。
「お気持ちはよく分かりますが、主が選んだ侍女です。主の眼力を信じていませんか?」
「そ、そんなこと……」
リュンレルテは途中まで言うと、口を噤んだ。何も言い返すことができず、段々とブリジストの部屋に近づいて行った。
「ベリル、そこまでにしてあげて」
私たちはブリジストの部屋の前までやってくると、クルッと振り返ったベリルに、私は止めた。
だが、ベリルは首を横に振り、続けて言う。
「これは将来聖女様になられる方のためなのです。カリスティーやリュンレルテが十分に育っていないと、聖女様にどんな噂をつけられるか分かりません。なので、このような言い方をしました。どうかお許しくださいませんか?」
その言葉に、私も何も言い返せなかった。皆は私のわがままで連れて行く。なのに喧嘩ばかりの姿を見せるわけにはいかないのだ。
それに、二人が殺伐とした空気をずっと続けて欲しい訳でもなかった。
「ベリルの言う通りよ。リュンレルテ、カリスティー。気をつけなさい」
「以後、気をつけます」
二人の声が重なり、深々と私に頭を下げた。
それを見た私はリュンレルテから小壺をひとつ受け取り、ベリルに渡した。
「これは?」
「塗り薬よ、怪我したところに塗るといいわ」
「これはこれは、ありがたく使わせていただきます」
彼は両手で小壺を包み込み、頭ほどの高さに持っていきながら一礼をしてくれた。そして、扉を開けてブリジストのお部屋へ入った。
「遅いぞ、もう皆が待っている」
「仕方ないのよ、淑女には大変忙しい準備が付き物なのよ」
「どこが淑女なのやら」
(ほんっと一言余計なんだから!)
ふん、と鼻息を荒くしてみるが、嫌味ったらしい笑顔を向けられ、もっと睨みつけた。
もちろん効くことはなく、そのまま皆で訓練場に向かうことにした。訓練場に入ると、たくさんの騎士たちが私たちを出迎えてくれていた。
「お待ちしておりましたよ、聖女様!」
「今日こそ手合わせお願いします!」
「今日は吹き飛ばされませんよ!」
と歓迎してくれている。私が皆に一体何をしたのか分からないが、こんなに注目されているとなると、なんだか恥ずかしくなってくる。
「下がりなさい。聖女様には指一本触れさせないわ」
騎士たちの勢いにどんどんと迫ってくるところに、リュンレルテが前に出て皆を止めた。
その後ろ姿が頼もしく見える。
「す、すみません……」
誰か一人が謝ると、次々と皆が離れながら謝り始めた。そして、お手合せをするかを相談し始めた。
「忙しい者たちだ。怒られたかと思えば、すぐ訓練内容の話を始める。頭まで筋肉なのか?」
ブリジストの言葉にものすごく同感だけれど、私はたまにしか現れないせいで、今しかないと思っていると思う。
決められた時間の中で、どれくらいの人達と手合わせできるのか、の方が心配だ。できれば、全員一気に終わらせられれば……。
「そうよ、全員同時にやればいいのだわ」
「は? 君は何を言っているんだ?」
「ブリジスト様の言う通りですわ。メルディーラ、その悪い言葉を今すぐ撤回してちょうだい」
「メルディーラ様……」
「メルディーラお嬢様、さすがにそれは無茶ですよ」
私の呟きを速やかに四人から反対される。どれだけ耳がいいのかと疑いたくなるほどの速度だった。
けれど、一気に終わらせられるなら、図書室にも行けて、領主様にも塗り薬を渡せる。ならば、やるしかないだろう。
「さぁ、一気に来なさい!」
嬉しそうにする騎士に、私はなんだか反応に満足していた。民を引っ張るというのはこういうことなのかもしれない。
民衆の中から、突然サイベルが人を掻き分けながら出てきた。
「本当か? 大変だぞ」
「もちろんよ!」
サイベルの後ろにはヨダリルスまでもが一緒だった。二人とも訓練中なのにこんな騒がしくしてしまったのが、申し訳なく思った。
「メルディーラのお手並み拝見といこう。手を抜くなよ」
ヨダリルスの鋭い目つきで見つめられながら、そう言い放った。だが、聖女の力を舐めないでもらいたい。
今回は完全自動にするので、私は頭の中で考え事をしていればいいのだ。
「圧倒されないようにしてちょうだい」
まるでその挑発に乗るかのように、私は強気の姿勢を維持し続けた。ヨダリルスは目が笑っていない笑顔を私に向けたあと、訓練場の壁際に座った。
「早く始めろ」
そう皆に命令し、皆が配置についた。
私の前には約四十人ほどの騎士たちがいる。それをどう戦うかが一番肝心だ。
同じく壁際にいる侍女たちとブリジストとサイベルたちは、心配そうに私を見つめていた。ブリジストとレオネットは真顔だけれど、心の中では心配しているだろう。多分きっと。
「では、初め」
サイベルの開始の合図が、訓練場に響いた。




