70 聖女と魔王のおとぎ話
自室に入ると、机の上には既にペンと紙が用意され、たくさんある本が置かれていた。この小さな机では、本を開けば、書く場所がなくなるけれど、私の記憶に頼るしか無さそうだ。
「メルディーラ様、どうぞこちらへ」
カリスティーに椅子を引いてもらい、座るよう手で促された。それに笑顔で返して、椅子に座った。
さて、ここから歴史だ。まずはどの辺から読むとしようか、と考えながら一冊ずつ表紙を見る。
聖女と魔王のおとぎ話や建国時代。大まかに言えばこの辺りだが、実際どこから手をつければいいのか分からなかった。
「お嬢様、おとぎ話なら読みやすそうですね」
「マミーユの言う通り、これから読んだ方が簡単そうね」
他の本はカリスティーによって片付けられ、聖女と魔王のおとぎ話だけが机に置かれる。ペンと紙は使わないので、それも片付けてもらった。
「では、中身を見るわ」
意を決したようにおとぎ話の表紙を捲る。
書かれているものは、遥か昔の話。
魔族がいなかった頃だった。国というものは存在しておらず、所々に村が出来上がっては人々がそこで暮らしていた。
だがある日。魔物の魔力核を食す狂人が一人現れた。魔物の魔力を取り込み、更なる魔力を得ては人間の魔力核までもを食すようになったとか。
「え、なにこれ……意外と物騒ね」
「これは魔術学院でも習うものですね」
「カリスティーは魔術学院でこれを?」
「はい、この後はその魔物の魔力核を食らう人は長寿となって、色んな人に子を産ませたそうです」
そんな恐ろしい人がいたのか。そんな人がまた現れるのでは、と考えると鳥肌が立ってくる。
続きを読んでみると、子を産ませてから何百年もの時間が過ぎ、普通の人間からは魔王と呼ばれる存在となっていた。
そんな中、光の魔女と呼ばれる魔王の娘は、自分の正体を隠しながら旅をしていた。魔王を止めるべく、光の魔女は立ち向かったが返り討ちあい、返り討ちに遭い、生死の境を彷徨っていた時。
魔力を持たない少女がやってきたそうだ。
「この後はどうなるの?」
「光の魔女が魔力核を、魔力を持たない少女に食べさせたそうですよ」
「お父さんと同じことをさせたのね」
「そう言われると、確かに……」
困った顔をしたカリスティーは置いておき、更にその本を読み続けていく。
その少女は光の魔女の力を得た後、魔王を倒すべく旅に出た。戦闘の経験を積み、魔法で傷を癒しながら魔王城へやってきた少女は、見事、魔王の封印に成功した。
だが、それは封印であり、完全に倒せたものではなかった。封印された場所は聖女の魔力の奥底で眠っていると書かれている。
「わたくしの中にいるのかしら」
「それは分かりません。ですが、聖女の力がこの世に無くなってしまえば、おそらく魔王が復活するだろうと言われています」
「そうなったということは、わたくしはもういないかもしれないわね」
私の呟きを拾ったマミーユは眉間に皺を寄せながら、私に「そんなことを言わないでください」と叱った。
マミーユの気持ちもわかるけれど、時に現実を見なくてはいけないこともある。けれど、そう叱ってくれるマミーユが、なんとも愛おしい。
「ありがとう、マミーユ。わたくしは大丈夫よ」
彼女は安心したように笑顔を向けてくれた。
気を取り直し、この話の内容をもう少し考えてみることにした。
「カリスティー、光の魔女の力を得た少女こそが、初代聖女ということね」
「そうなると思います。魔王の封印にはもう一人いましたが、これには載っていませんね」
「だいぶ薄い本だから、省略されているところは多いでしょうね」
「残念です。初代聖女様ともう一人の男性の恋物語も面白いんですよ」
ここで恋の話が出てくるとは思わなかった。もしかしてカリスティーも、リュンレルテと同類の人なのではなかろうか。
お互いがお互いを牽制しあっているのに、恋の話をするカリスティーは、リュンレルテと同じような表情をしていた。なんとも不思議だ。
「それはいいとして、魔王城が気になるわ」
「魔王城は今の王城ですよ、城を壊さずに建国したそうです」
「王城……デザートはあるのかしら」
「お嬢様、真剣にお勉強なさってください」
ちょっとマミーユに叱られてしまったけれど、次の聖女のお話を読んでみることにした。書かれていることはほとんど一緒だけれど、違うところはもう一人の男性と旅をしている時のようだ。
二人は元々魔力を持たない人間だったらしく、光の魔女の魔力核を取り込んだ初代聖女は、少しだけ魔力をその男性に分け与えたそうだ。
光の剣を扱っていたその男性は、後に勇者と呼ばれていたとの事。
「今は勇者なんているの?」
「いませんね、そもそも魔力を持たない人間に魔力を分け与えることは誰もしませんし、そもそも魔力のない人間なんて一生をかけても見つけられないぐらいに稀なので……」
そう言われると、結構気になるかもしれない。見つけ出したら、ものすごく運がいいではないか。
旅をするなんて考えてはいないけれど、皆と旅をするのは憧れる。
「本を読むと時間の流れが早いですね。昼食ですよ、お嬢様」
「もうそんな時間なのね、ご飯をいただきに行きましょう」
「ここの片付けはカリスティーに任せます」
「おまかせください」
二人の短い会話を聞いたあと、マミーユを連れて食事の間へ向かった。
そこには既に、リュンレルテとレオネット、カリーレも扉の傍で立って待っていた。
「皆はご飯食べたの?」
「食べてきましたよ、ご心配なく」
「そう、食べたのね」
ちょっと聞いただけ。別に皆でご飯を食べるという欲がちょっと出た訳ではなく、ただ聞いただけなのだ。
レオネットに否定されたことを考えながら、長いため息を吐き、自分の席に座った。
「メルディーラ、今日は何をしていたの?」
「お勉強をしていたの、国の事情に疎いとか何とか言われちゃって……」
「何とか……たくさん考えて疲れたと思うから、自室で休むといいと思うわ」
「そうね、疲れてはいないけれど、色々考えたいことがあるから、そうさせてもらおうかしら」
リュンレルテは優しく私に話しかけ、気遣いまでもやってくれる。なんていい子に育っているのでしょう。
この子が私の専属侍女になってくれるなんて、私はとても幸せ者だと思う。けれど、友達としていたいとも思う。




