69 研究は後回し
「やっぱり魔石研究は、世界が変わるようで楽しいわね」
「また今日も魔石研究をするの……?」
「もちろんよ」
呆れた様子のリュンレルテに、私は満面の笑みで返した。もちろん、ただ楽しいからやっているのではなく、皆がお仕事を楽にできるようにするためにやるのだ。
今日は何を作ろうかと考えながら、リュンレルテや皆が私を見守る中、朝食を食べていた。
「一度でもいいから、皆とご飯を食べたいわね」
「なりません。今は中継ぎ当主。王都では聖女様ですよ、皆で食べることに慣れてしまえば、もっと寂しいお気持ちになるでしょう」
「一度だけよレオネット。一度だけ!」
無言で首を横に振り、否定される。昨日、リュンレルテと食事をして楽しかったおかげで、皆とご飯を食べたいという欲求が段々と大きくなっていってる気がする。
(何とかならないかなぁ……)
そう思いつつも、良案なんて簡単に思いつくことはなかったけれど、いつかきっと同じ食卓を囲むことを現実化させてやると決意した。
朝食が終わると、皆はご飯とお仕事をするため解散する。
今日の付き人はカリスティーとマミーユで、珍しい組み合わせだなと思う。
「今日は何をしようかしら」
「花嫁修業です」
「え……」
「花嫁修業です」
穏やかな笑みを浮かべるマミーユが、なんだか怖い。同じ言葉を繰り返し言う彼女の様子に、カリスティーは息を呑んだ。
「ま、マミーユ様……メルディーラ様は……」
「カリスティー、これは私のお仕事ですよ」
笑顔のままカリスティーを見つめ、彼女は急いで目を逸らした。今、ここで私を助けてくれる可能性は潰えた。
「むぅ……マミーユのいじわる」
「意地悪ではありません。きっと必要になる日が来ますよ」
「そんな事ないと思うけれど……」
私はそう愚痴を零しながら席を立ち、自室へ向かおうとしたところ、誰かが食事の間へやってきた。レオネットだった。
「お客様を連れてまいりました」
「お客様?」
そんな約束もしていなかった。けれど、わざわざこんな寒い中来てくれたお客様を、門前払いするのは気が引けたので来てもらうことにした。
レオネットが一度食事の間から退出すると、マミーユとカリスティーを連れて、急いで応接間へ移動した。
「誰が来るのかしら」
「予定にはありませんね……」
カリスティーは予定を調整する秘書に、最近なってきている気がする。レオネットからすると、まだまだだと言っていたけれど、今なら十分育ったのではなかろうか。
そう考えていると、扉を叩く甲高い音が部屋中に響いた。私が「どうぞ」と一声かけると扉は開かれ、レオネットが入ってくる。
その後ろには見慣れた藍色の髪をした人物が入ってきた。そう、ブリジストだった。
「案内ご苦労」
レオネットを短く労ったあと、私の向かいの柔らかな椅子に腰を掛ける。レオネットは応接間に入らず、そのままどこかへ行ってしまった。
ギョロっと鼠色の瞳が私を見つめ、その眼差しに息を呑んだ。
「急なご来訪だこと。何かありまして?」
「君は国の歴史に疎いし、領主の館にいつまで経っても来ない。だから、本を持ってきた」
国の歴史に疎いのは私でもわかるけれど、後半の方がよく分からなかった。首を傾げていると、私の様子を察したブリジストはため息を吐きながら、言葉を続ける。
「領主様も言っていたであろう。文献なら、この屋敷の本を好きなだけ読んでも良い、と」
「え!? 初めて昼食をご一緒した時よね? 領主の館に無断で立ち入るのを許可したということかしら」
「そういう意味だ。なぜ分からん」
(そんなの、直接言われないと分からないよ!)
こんな遠回しに許可出すなんて、一体何を考えているのか、さっぱり分からない。確かに、本とかは気になってはいたけれど、それよりも魔石にしか頭が回っていなかった。
「なんだか頭が痛くなってきたわ」
「仮病はよせ、私は本を届けただけだ。領主の館にも一週間に一回は顔を出すように」
「ちょっと待って、本はどこなの?」
立ち上がろうとするブリジストを制し、聞きたいことが多すぎる中、私は最初の質問を投げかけた。
「後でサイベルが来る。遅かったので置いてきた」
意味がわからない。圧倒的な魔力量でサイベルを空の上に置き去りにして先にやってくるとは、思いもよらない発言だ。
なんだか、サイベルがものすごくかわいそうな気がしてきた。
「まだもう一つ、週に一度顔を出せと言われても、雪が積もれば行けないわよ?」
「雪が積もる前に来ればよかろう」
「嫌よ、寒いわ」
めんどうくさい子供だ、とでも言いたげに嫌な顔をするブリジストに、私はムッと頬を膨らませる。
ブリジストは相変わらず、嫌なことをするのが得意な様子だ。
「ならば、暖かい服で身を包んで来ることだな」
「当たり前じゃない!」
何の解決にもなっていない言葉に、耐えきれず大きな声で言ってしまった。そこでレオネットが扉の外から「お客様を連れてまいりました」と言って扉を開けた。
レオネットの後ろには、サイベルが両手いっぱいの本を抱えてやって来た。
「ひ、酷いですよ……一人で持たせた挙句に置いていくなんて」
「君の魔力が少ないのが悪い。私は忙しいのだ」
「意味の分からない研究しかしないのに……」
「なんだと?」
鋭い眼差しでサイベルを見つめるブリジストは、明らかに怒っている。サイベルは「あ、やべ」と小さく呟いたあと、笑顔でその場を誤魔化していた。
(それ、聞こえちゃってる……)
サイベルは助けを求める必死な眼差しを私へ向けていた。さすがにこれには助け舟は出せないので、これから怒られるサイベルを想像しながら、笑みを彼に向けた。
「私は帰る。サイベル、本を置いたら行くぞ」
「私は今来たところなのですが」
「知らん、早くしなさい」
サイベルも毎日が大変そうだ。私が彼の立場ならば、反抗する毎日になっていただろう。絶対にやりたくないお仕事だ。
サイベルはどんより顔をしたまま、応接間の真ん中にある机に、ドサッと本を置いた。
「メルディーラ、騎士の皆が一度手合せをしたいと言っていたから、たまには顔を出してやってくれ。毎日言われるんだ……」
「な、なるべく頑張るわ……」
無理矢理の週に一回の領主の館へ来なさい、という約束をつけられたので行くけれども、手合わせはちょっとめんどくさいので遠慮したいところ。
短い会話をした後、レオネットが二人を連れて応接間から出て行った。
「これ、全部読まなきゃダメ?」
「お嬢様なら大丈夫です。頑張りましょう」
やらなくてもいいよ、という言葉を期待していたけれど、マミーユは両手を握って拳を作り、肩の高さまで持ってきてグッと応援してくれる。
その様子にカリスティーは「メルディーラ様の気持ちがよく分かります」と小さく呟いていた。
カリスティーも元貴族なので、こういうやる事の多い勉強は、おそらく経験済みなのだろう。
「マミーユ、とりあえず花嫁修業はまた今度ね」
「残念ですが、そうしましょう」
「では、メルディーラ様、私が本を自室に持って行きます」
そう言って、カリスティーは本を担ぎあげて応接間から出て行った。
「もう、なんなのかしら。本当に」
そう呟くと、苦笑するマミーユは私の頭にソッと手を添えた。




