68 リュンレルテの魔石講座と過去
「リュンレルテに渡しておかなくてはいけないものがあるの」
「あら、わたくしに?」
研究室の棚に置いてあった小壺を、カリーレが私の手に乗せてくれる。
渡したかったのは塗り薬だった。同時期に温水道の完成があったのもあり、完全に意識がそちらに向かっていたせいで、渡しそびれていた。
「これは?」
両手で包み込むように握られた小壺を、リュンレルテに渡した。不思議そうに小壺を抱え込み、凝視する。
「これはちょっと前に塗り薬の話をしたでしょう? 完成したから贈るの」
「いいの?」
「もちろん、専属侍女でもどこまでやるかは分からないけれど、手荒れすると大変でしょう?」
元々は手荒れ用に作り上げたものだったが、小さな傷程度なら完全に治るので、何かあったら使って欲しいと思う。
茶色の小壺に黒い蓋を大事に両腕で包み込み、小さく「ありがとう」と呟いたのが聞こえた。
受け取ってくれて本当に嬉しかった。
「明日から大事に使うわ」
「そうしてくれるとわたくしも嬉しいわ」
なんとなく照れくさくなり、私は顔を背けてしまった。友達に贈り物をするというのは、家族よりも少し気恥しい。
リュンレルテは顔を背くことはなかったけれど、頬をほんのり赤らめながら笑顔を向けてくれた。
「じゃあ、メルディーラ。魔石研究の見学をさせて」
「ええ、いいわよ。魔石の効果は大方教わったわよね」
小壺を机の上に置き、私の近くまで歩み寄った。意外と興味津々な様子に、私はなんとなく満足気に魔力核や魔力増幅魔石を教えていった。
「なんだか難しいわね、光の魔石と魔力増幅魔石は何が違うのかしら」
「研究の結果だと、水の魔石から出た水は増えるけれど、魔力は増えないの。それで魔力増幅魔石は魔力のみが増えるのよ」
そう説明したけれど、リュンレルテはあまりピンと来ていないようだ。
なので、実験をするために木の板の上に光と風の魔石、それから魔力増幅魔石と魔力核を用意した。
「右に魔力核、左に魔力増幅魔石を置いたら、そのまた左に風の魔石を置くと、風が出てきてるのは分かるわよね」
「ほんのり冷たい風が来るわね」
そこで私は光魔石を摘み、風魔石に近づけて様子を伺うことにした。少しした後、風が段々と強くなっていった。
「確かに効果は増加したわね」
「でも、魔力が放出されているところでは、光魔石は溶けるだけで何も起きないのよ」
そう言いながら魔力増幅魔石の方へ近づけると、光魔石は溶けるだけで特に反応は示すことはなかった。
風も光魔石が遠ざかったので、弱まって最初の弱い風が顔にやってくる。冬なのもあるので、地味に隙間風のように寒くなってくる。
「これが光魔石の特性みたいなのよ」
「属性魔石からの効果を増やし、魔力の効果を増やさない。魔力増幅魔石は属性魔石が吸い込む前の魔力を増幅させるけれど、属性魔石の効果を増やさない。という事ね?」
「その通りよ!」
何とかわかってくれたことに私は安堵すると同時に、人に教える大変さを今初めて知った気がした。皆は私に教える時、ものすごく困っただろう。
「それで、温水道というものができたのね、これはメルディーラが考えたの?」
「違うわ、平民たちが考えたのよ」
「あらそうなの、平民でも研究してるのね」
平民という存在がなければ、冬のお助け道具は作れなかったと思うので、いてくれて本当に助かったと思う。
貴族たちは皆、平民たちにも頼るべきなのではなかろうか。
「平民とて、すごいものを作り出すことはあるわ。それが貴族たちに知ってもらえればいいのだけれど」
「それは難しい夢よ、何世代にも渡って受け継がれた壁だもの。取り壊すのは大変よ」
リュンレルテの言う通り、カリーレやレオネットの反応を見ていると、なんとなくそう感じる。やけに警戒していたり、威圧しようとしていたり。
それが目立つのだから、それさえなくなれば魔石の研究は幅広くなると思う。
「ええ、皆が手を取り合えば、きっと素敵な魔道具ができると思うの」
「それにはわたくしも手伝うわ」
その言葉に私は少しばかり驚いてしまった。貴族たちは皆平民を嫌いっていたけれど、リュンレルテだけは何故か平民を敵視していなかった。
平民との関わりを持っているからなのかと思っていたけれど、ちょっと前に平民街の話をすると目を輝かせていたのを思い出した。
あの時は平民を知らなかったようなものなのに、興味を示していた。
「リュンレルテは平民に対する嫌悪感はないの?」
「あるわけないじゃない、お父様は元々平民出身よ?」
「え? え!?」
リュンレルテのお父さんといえば、ガラスティルだと思うのだけれど。
(待って、どういうこと!?)
今年一番の驚きかもしれない。あの気難しそうなお父さんが、実は平民出身だなんて想像もつかない。
「初めて言うのかしら、困惑するのも仕方ないわね」
なんだか当たり前かのように、頬に手を当てながらそう言った。
リュンレルテは純貴族ではなかったことへの驚きも少々混ざっている。
「あ、当たり前じゃない。想像も全くできなかったわ。あんな厳しそうなのに」
「お父様は厳しいけれど、優しくしてくれるわ。どちらかと言うと、お母様が一番厳しいの」
そう言いながら私の近くにあった椅子へ座り、思い出すかのように天井を見上げた。
リュンレルテに目を向けると、カリーレとマミーユが視界に入ってきた。彼女達もやはり驚いていたようだった。
「リュンレルテのお母様は冷たい方だと思ったわ」
「間違っていないわ、わたくしが産まれる前は笑顔をよく見せる人だったと聞いているの……」
「リュンレルテ?」
遠い目をしたまま、帰ってこない彼女に声をかけると、ハッと我に返り「なんでもないわ」と一言だけ言って立ち上がった。
「魔石研究の見学をさせてくれてありがとう。それと、塗り薬も大事に使うわ」
小壺を両手で抱え込むように持ち、部屋を出ようと扉の前まで歩む。そこで立ち止まり、思い出したかのように私の方へ振り返り「明日はわたくしの食料や荷物が届くの」と言葉を続けた。
「それで、荷物を置く場所を案内して欲しいわ」
「ええ、マミーユとカリスティーにお願いするわ」
一度床を見つめながら考え込んだ後、リュンレルテはひとつ頷き、カリーレが開けた扉をくぐって出ていった。
その背中は、なんだか寂しそうにしている気がした。
「カリーレ、リュンレルテは何があったの?」
「申し訳ありません、存じません……」
「そうよね、わたくしが聖女だと分からなければ、家系のことすら教えるつもりはなかったと思うし」
リュンレルテには、触れてはいけなさそうな過去があるような気がする。分かっているけれど、それがなんなのか知りたいと思う自分がいる。
どうすればいいのか、全くわからないまま、私は暖炉の薪が燃える音を聞きながら塗り薬の作成を始めた。




