65 私の未来
ガラスティルとの話を終え、ようやく私たち二人だけのお茶会が始まった。
「さっきはごめんね。お父様ったら、聖女だと知った途端に笑顔だもの、恥ずかしいわ……」
「いいのよ、王都に行っても皆同じように話すと思うわ、平民街でもそうだったし」
平民街という言葉を聞いた瞬間、リュンレルテは目を輝かせながら身を乗り出した。ずっと目を輝かせたまま、私の言葉を待っていた。
「え、えっと……平民街は市場とかあるのよ」
「どんなものがあるの?」
「それは……」
とりあえず、何があったのか鮮明に思い出してみた。夜中の脱走ではなく、きちんと許可をもらって、レオネットとカリーレと訪れた時の平民街だ。
屋台のご飯はあまり期待できなかったし、魔石でできた飾り物も興味がなかった。ふとそこで思い出した。
先ほどの話も含め、最近は占い派閥の動向を耳にすることが多かったので、すぐに思い出せた。
「冒険者ギルドへ行ったの、そこで時読みの魔女が置いていった未来を占える水晶があったの」
「時読みの水晶……? それは占い派閥が持っているものかしら」
占い派閥の人達を直接見た訳でもないので、そう断定することはできない。けれど、あの水晶によく似た物があるかもしれない。
そう思いながら、私は首を横に振った。
「分からないわ。どこまでが本当で、どこまでが違うのかが分からないもの」
「占いは確率で表示されるそうよ、何回もやると占い結果が変わるとお父様から聞いたわ」
「ああ……何回もやればよかった」
私はなぜこんな失敗をしたのか。占いというのだから何回もやらないといけない。未来を見るとは別なのだと思う。
それにしても時読みの魔女の存在が気になる。あの時はあまり触れていなかったが、今はどうしているのだろう。
「水晶はいいとして、時読みの魔女の情報はあるの?」
「ごめんね、それは知らないの。聞いた事はあるけれど、貴族達と関わることを嫌っていたせいで、詳しい情報がないの」
また不穏な気配を感じる。
時読みの魔女という存在さえ見つけられれば、あの占いの結果が何を意味するのか、分かったかもしれないのに、なんとももったいない。
「これ以上考えても時間の無駄ね」
「そうかもしれないけれど、メルディーラの未来は大事よ? ちゃんと詳しく教えて」
私の未来は何とかなると思う。そんな確証などはないけれど、皆が私を守ってくれると同時に、私が皆を守ると心の中で決意している。
約束は絶対に違えたくない、という理由だった。
けれど、リュンレルテは絶対に譲らないと思うので、色々教えることにした。
水晶の明るい赤色と黄色が一瞬ぶつかり合い、火花のように橙色が散っていた。それをリュンレルテに話した。
「変なの、詳しくないから分からないけれど、戦ってるように思えるわ」
「わたくしもそう思うの、あの明るい赤が誰を意味しているのか分からないけれど、いざとなったら勝ってみせるわ!」
「残念聖女様、それは慢心よ」
「誰が残念よ!」
私の一言に、リュンレルテは口元を隠しながらクスクス、と笑った。こうして見ると、リュンレルテはしっかり貴族のようで、優雅に笑っている。
私の前では、もっと素を見せてくれてもいいのにと思っている。
「ごめんね、メルディーラもあのお菓子を食べる?」
「今日はちょっとだけでいいよ、体を鍛えなくてはいけないの」
「聖女様も大変ね」
出された甘すぎるほどの柔らかくて滑らかなお菓子。一口食べると口の中で溶けるようになくなり、悲しくなる。
「美味しくて大好きなのだけれど、口に入れるとなくなっちゃうのが悲しいわ」
「あらぁ、そんなに落ち込まなくても、たくさんあるよ」
「まぁ、貰ってあげなくもないわ」
リュンレルテはまた小さく笑い、「素直じゃないね」と言って、侍女たちにお菓子を持ってこさせた。
やはり美味しい。どうやってこんなに美味しいものを作るのか分からないけれど、最初に作った人は天才だと思う。お菓子名人という称号を与えたいぐらいだ。
「話を戻すけれど、メルディーラのお家で、少しの間暮らしてもいいの?」
「わたくしは問題ないわ、冬だからやることはあまりないけれど」
「お泊まり会みたいで楽しみ」
どんなことを想像しているのか分からないけれど、私は貴族らしかぬ魔石研究に没頭していると思う。
レオネットはリュンレルテの侍女一人と部屋を出ていった。おそらく、予定と持ち物などの相談をするのだろう。カリスティーはまだ私の後ろにいる。
私がカリスティーを気にかけていることを察したリュンレルテが、ガラスティルのような鋭い目つきをカリスティーに向けた。
「その人、まだいたのね」
「ええそうよ」
ふーん、と言いながらカリスティーを見つめていた。変わらぬ笑みに、なんとなく怖さを感じた。
カリスティーはリュンレルテに小さくお辞儀をして、笑顔を作った。
さすが元貴族というものだ、笑顔を作るのは慣れている様子だった。
「わたくしの侍女だけれど、王都で占い派閥の情報収集を頼んであるの、リュンレルテとカリスティーが手を取りあってくれれば嬉しいわ」
「その情報収集はわたくしの役目なのだけれど」
「聖女の力がそう判断したの、本当は嫌だけれど」
貴族として人を使うことは当たり前の事なのだけれど、私はその考えがどうも気に食わない。どうして身近な人を、そんな敵地に送り込まなくてはいけないのか。私には分からなかった。
「聖女様がそう判断したのなら、おそらくそれが最善策だったということよね、わたくしは入っていないのね」
まずい、これは地雷を踏んだかもしれない。どんどんと落ち込み始めるリュンレルテに、なんて言ってあげようかと頭を回転させていく。
ピンと思いついたことを、そのまま口にした。
「リュンレルテにはわたくしの話し相手になってもらうわ、お着替えの時や二人でまたお茶会をしたいわ」
「それはいいわね、できるなら侍女のいないお茶会をしたいね」
そんな事を二人で言いながら、笑い合った。
可能なら二人だけの空間でお茶会をして、楽しく包み隠さず会話をしたい。今は特に隠していることはないけれど、王都で暮らすようになれば、どこから占い派閥へ会話が漏れるか分からないからだ。
そんな楽しい時間もあっという間に終わり、私たちは馬車に乗り込んだ。馬車の窓越しに、手を振って見送るリュンレルテが見えた。
気分を切り替えて、ようやく魔石の研究ができるのだ。
(温水道……待っててね!)




