64 感情は隠せない
恋のお話はあまり興味もないし、魔石研究の成果はリュンレルテの方が興味がない。どうしたものだろう、と一人で「うぅん……」と唸った。
「どうかされましたか?」
カリスティーが私の様子を見て、心配そうにそう尋ねてきた。侍女から友達とのお話の内容を質問してもいいものなのか、ちょっと分からない。どうしようかと思っていると、次はレオネットが口を開いた。
「何を話せばいいのか分からないといった感じでしょう。王都での動きなどを聞くのはどうですか?」
「それもいいけれど、その場で考えることにするわ」
私は今考えることを放棄し、代わりに魔石のことを考え続けていた。もはやこれが恋なのではなかろうか。
リュンレルテのお屋敷に到着し、馬車の扉を開けるといつものように、リュンレルテが馬車の前で待っていた。
「いらっしゃい、メルディーラ」
「いつも呼んでくれてありがとうね」
「いいのよ、それより……」
なんだか不安そうにしている。よく分からないで首を傾げていると「お父様がお会いしたいと……」と独り言のように小さく呟いた。
私に会ったら何かあるのだろうか。聖女の専属家系なので、挨拶だと思うのだけれど、リュンレルテの反応がなんとなく嫌そうに見える。私は、なにかやらかしたのかもしれない。
「お会いするわ、いずれ聖女として挨拶しなくてはならないもの」
「そうね、驚かないでね?」
「え? なにを?」
少し小走りして、こちらを振り返るリュンレルテは、晴天の光に照らされて「秘密」と一言言った。
笑顔を浮かべた彼女の頬は、少し恥ずかしそうに薄く赤らんでいた
「わたくしに黙っているのはズルいわね」
そう言いながら、私もリュンレルテの背中を追ってお屋敷の中に入った。
いつも通り、リュンレルテの侍女達が案内をして、前に一度だけ入ったことのある扉の前にやってきた。コンコン、と高い音を三回鳴らすと、中から「どうぞ」と大人の男性の低い声が聞こえてくる。
「よく来てくれました、聖女様。いつも娘が世話になっているようで何よりです」
扉をくぐるとすぐにリュンレルテの父、ガラスティルから声がかかる。
以前は少し言葉を交わすと、すぐに仕事へ戻っていたけれど、今は以前のような険しい顔を見せずにニコニコと笑顔を振りまいていた。
「お久しぶりです。良き友人に巡り会えて嬉しいと思っていますわ」
私の一言に、鋭い目つきがリュンレルテを見つめた。そしてすぐに私へ向き直り、笑顔のまま「それは何よりです」と言った。
リュンレルテもガラスティルの顔を見ずに、壁の方を見つめていた。訳あり家族のようで、少し怖いなと思う。
「お時間がよろしければ、聖女のことについて話していただけますか?」
「それはつまり、感情の方かしら」
「はい」
ガラスティルは変わらぬ笑顔を私に向けたまま、上から下まで観察しているのがわかる。彼はきっと、私が本物の聖女ではないと疑っているだろう。
理由は簡単で、感情を持っていることだと思う。いつも包み隠さず、さらけ出しているので今は完全に噂になっているかもしれない。
「では、まず座らせてもらっても?」
「もちろんです」
既に用意されている柔らかい椅子に座り、ガラスティルは見るからに木でできた硬めの椅子に座っている。その横にリュンレルテも座って私を見つめた。
「どこから話そうかしら」
「まず、本物の聖女である証を示してください」
証を見せるならば、背中にある紋章を見せるのが手っ取り早いが、それでははしたないので他の方法を考える。
やはり一番着実なのは光の魔法を見せることだろうと思い、私は手のひらを見せた。
「これが何か?」
「まあ、待ってくださいませ」
手のひらの上に魔力を集め、光の玉をガラスティルの手の大きさと同じぐらいまで大きくした。これだけでは不十分だと思うので、私の手以外の場所にも光の玉を出現させた。
「こ、これは……」
「この光球は、数が多いほど大きな祝福となりますわ、祝福を与えましょうか?」
「いや、もう十分わかりました。紛れもなく聖女様です」
光の玉を作るのに魔力を使ったので、どうせならそのまま祝福としたかったけれど、断られてしまった。
祝福を授ける方が魔力を吸われるけれど。
同時に光の玉を消すと、残念そうなリュンレルテがいた。もっと見たいと目で私に訴えるが、それは知らないふりをするため首を傾げておいた。
疑いは晴れたので、これ以上変なところで魔力を消費しない方がいい、とブリジストに言われていたのだ。
「これが聖女の力ですわ、他にもいろいろできますのよ」
「無駄なところに魔法を使わせるつもりはありません。ところで、感情があるのは何故でしょう? 前聖女のように侍女たちから愛を注がれたのですか?」
「今はそうかもしれないけれど、私は目覚めてからずっと感情を持っていましたの」
ガラスティルは笑顔のまま目を瞑り、考えを整理している。こういう真面目な人は考え方が分かりやすい。
目を開いた彼は、私を真剣な眼差しで見つめた。
「冬の間、リュンレルテを専属侍女として、そちらに向かわせようと思います」
「あら、どうしてでしょう」
「感情があるとなった今、何を考えて行動するのかを知らなくてはなりません。そちらで冬の間働いてもらい、動きを知った上で王都に行ってもらおうと思っています」
こちらはそれで構わないけれど、冬の間は長いと思う。季節一つ分の同居なんて、リュンレルテがかわいそうだと思う。
リュンレルテを見てみると、ずっと笑顔のまま私たちの会話を聞いていた。
「わたくしは構いませんわ。けれど、それにはリュンレルテの許可を貰わなくてはなりません」
「リュンレルテ、いいな? 聖女を確実に守りながら侍女をこなし、情報収集に励むといい」
「かしこまりました。聖女様、よろしくお願いいたします」
いつもよりも私に畏まっている。ガラスティルに目を向けてみると、鋭い目つきのままリュンレルテを見ていた。
心配してるのかもしれないけれど、心配してる顔には見えない。現にリュンレルテが目を合わせずに返事を返していた。
「ええ、よろしくね」
そんな会話が終わり、早速王都の動きを聞くことになった。
「まず、私たちは王都からの派遣貴族であり、聖女派閥に属しています。国王陛下は占い派閥の者を全員処刑しようとなさっていますが、誰なのかもわかっていない状態であり、仮にわかったとしても証拠が何一つない状況です」
「王都も物騒になってきましたね」
「それと、もう一つ。感情をお持ちであることは、隠した方がよろしいかと、感情のある聖女様を占い派閥の貴族たちが狙っています」
意外と限定的に探しているようだ。ここでもまた、感情の話が出てきた。一体何をしたいのか分からなくなってきた。
「こちらの話は以上です」
「ありがとうございます。ガラスティル様」
私の言葉にひとつ頷き、リュンレルテと私は立ち上がった。お茶会がまだ終わっていないので、そちらに移動しようとしている。
感情を隠して王都で暮らすのはリスクは低いけれど、私が必ず耐えられないため、それはできないと思う。おそらく私は、王都へ着いた時点で感情があることを公表するだろう。




