63 淑女たるもの
あまりにも怖いレオネットの笑顔だったが、思えば初めて見た気がする。普段からあんな怖い笑顔ではなく、穏やかな笑みを見せてくれれば分かりやすいのに。
「メルディーラ様、お怪我はございませんか? 私が治癒します」
「大丈夫よ、聖女の力で壁に埋まっただけよ」
「バカか君は。埋まったのは自業自得だ、聖女のせいにするな」
慌てながら駆け付けたカリスティーを宥めるために言った言葉が、ブリジストには本気で捉えられてしまった。
むぅ、と唇を尖らせて顔を背ける。ブリジストはそんな私の様子に「ふん、君は異常だ」と一言放った。
「わたくしだって、やればできる子だもの」
地面に足を伸ばして座ったまま、私は気合を入れるようにそう言った。だが、なんでだろう、皆が心配そうな、それでいて怪訝そうな顔で私を見つめていた。やればできる子なのに。
「それよりメルディーラお嬢様。この後はリュンレルテ様とお茶会です。お屋敷に戻り次第、軽く湯浴みをしますよ」
「そう、分かったわ」
「もう余計なことをするなよ」
「しないわよ!」
ブリジストは本当に一言余計なのだ、いつになればまともな人間になれるのか不安でしかない。
そんな心の中の愚痴は置いておき、早速馬車に乗り込んだ。今初めて自分の服を見ると、ボロボロで汚れている。
道理で、たくさんの使用人から見られていたわけだ。
「思ったよりも酷く激突していたのね」
「本当にどうなるかとヒヤヒヤしました。心臓に悪いです」
「カリスティーは大袈裟よ、聖女の力はこれだけでやられないと思うわ、多分きっと」
「メルディーラお嬢様、曖昧なお言葉は使われないでください。淑女たるもの……」
(まーた始まったよ、レオネットのお小言)
レオネットの言葉を右から左に流しながら、窓の外を見つめる。今日は雲一つない綺麗な空が見える。
そんな青い空を見ていると、ふと思い出す。水の魔石で作られた温水道の構造がすごく気になる。
前に、水と炎の魔石を組み合わせるという発想はあったけれど、実際やると水の流れが半減していた。それなのに、なぜあの水は勢いを押し殺さずに……。
「メルディーラお嬢様。聞いていますか?」
「は、はひ!」
びっくりして今の状況を思い出した。そういえばお小言の途中だった。レオネットからものすごい勢いの言葉が飛んできている中、私は考え事をしていたようだ。
「貴方は冬を超えると六歳ですよ、聖女宮殿に入れられたあと、皆からどのように見られるのか、言葉選びにも慎重にならないといけません。分かりましたか?」
「……はぁい」
「返事は……」
(もう聞きたくないよ! レオネットのおバカ!)
耳を塞ぎたいが、それをすればもっとお小言が増えそうなのでできなかった。仕方なくカリスティーに目をやるが、彼女はレオネットと私を交互に見ており、期待できるようなことはなさそうだと断念した。
つまり私は馬車が到着するまでの間、お小言のお祭りということだ。
しばらくして、私たちはお屋敷へ戻り、カリーレとマミーユの二人が私の湯浴みの準備を始めた。
「お嬢様、最初見た時驚きましたよ、襲われたのかと」
「心配かけてごめんなさいね、カリーレ。これは聖女の力のせいよ」
「私も驚きました、まさか壁に埋まるほど速く走っただなんて想像もつきません」
マミーユもカリーレも誰の仕業なのか、と今にもこのお屋敷を飛び出していきそうな勢いだった。
カリーレはともかく、マミーユが危ない戦闘に行きそうなところなんて初めて見たので、ちょっと止めるの迷ったけれど。
「二人とも、お願いね」
「任せてください」
二人の声が重なり、私の体を撫でるように布で洗われていく。二人の指はとても綺麗で、まるで生気が戻ったように若返っている気がした。
ちゃんと塗り薬を使ってくれていたことが、なんとなく嬉しく思えた。
「終わりました」
マミーユがレオネットに報告し、体の水分を拭き取られて、お着替えの始まりだ。いつも出かける前の洋服選びが一番時間がかかる。その間、私は魔石のことで頭を回転させている。
お着替えで思い出したけれど、カリーレの髪飾りの代わりはどうしようか、できれば同じような形をしたものが良かったけれど、加工も人の手が加えられているため、完全に同じにはならない。
そんなことを肘杖をつきながらぼんやり考えていると、視界の端からヒョコっとマミーユが現れた。
「お嬢様、何をお考えですか? 髪型、変えてみますか?」
「そうね、マミーユと一緒の天使の輪をお願いしたいわ」
「て、天使の輪……ですか? そんな名前があったとは……」
もちろん私がつけたが、それは天使の輪と大差ないと思う。マミーユが可愛いからそう思えた。
マミーユは黙々と私の髪を三つ編みにして後ろに回していく。鏡で見る彼女は真剣で、頼もしいと思った。
「お嬢様、終わりました。あと、良ければこちらを受け取ってください。お嬢様には、いつも頂いてばかりですから」
差し出されたものは、カリーレの失くした髪飾りよりも、魔石がふんだんに使われた髪飾りだった。黄金の花がデカデカと目立つように配置されているこの髪飾りは、私のように感じた。
「嬉しいわ、マミーユ。ありがとう」
「喜んでもらえて良かったです」
二人で微笑み合い、着替えの準備ができたと報告が来た。私はお着替えをするため席を立ち、衝立の向こう側へと入った。
カリーレとレオネットがそこにおり、いつものように手を横に広げたまま立ち尽くしている。
「ん? あれ、服が小さくなってきています」
「カリーレ、メルディーラお嬢様の身長がお伸びになったのです。失礼ですよ」
「わたくし、伸びてるのね! もっともっと大人の令嬢に近づくわ!」
なんと嬉しい報告なのでしょう。髪飾りも貰い、身長が伸びたという報告、今日は嬉しい事ばかりだ。もしかしたら明日は雨だろうか、そんなことを思わざるを得なかった。
「メルディーラお嬢様、大人は令嬢ではなく、淑女と言うのです」
それだとおかしい。私は怒られる度に「淑女たるもの」など言われていたが、そこなら令嬢とするべきだ。
「なぜ淑女たるもの……なんて怒っていたの?」
「中継ぎ当主で書類仕事もしているのです。ならば、従者としてそれに応えなくてはなりません」
私のためにそんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。
ひっそりと大人扱いしてくれていたレオネットに、抱きつきたいぐらいに嬉しい言葉だったが、すぐに止められる。
「レオネット、服はもう終わり?」
「帯だけです。少々お待ちを」
「お嬢様は可愛いですね、ふわふわな毛先が羨ましいです」
カリーレにそう言われ、私は自分の髪を触ってみた。毛先がくねくねしていて、落ち着きがないように感じる。
どうせなら、カリーレとマミーユのようなまっすぐな髪にしたいと思ったが、それはないものねだりというものだろう。
「ふわふわしているのは、いつもお風呂や湯浴みで綺麗にしてもらっているからよ、あなた達のおかげなの」
「お褒めに預かり、光栄でございます。聖女様」
「あら、カリーレ。あまりわたくしを怒らせない方がいいわよ」
「冗談ですよぉ、冗談」
まったく、困った人たちだ。つくづく私は、皆に大切にされて生きてきたのか、よくわかった気がする。
個性豊かな二人との会話も終わり、お着替えも済んだので、早めに馬車に乗り込んだ。今回もまた、レオネットとカリスティーの二人が同行する。
リュンレルテと何を話そうか。久しぶりのお茶会を楽しみにしながら、私は馬車の窓から青い空を見上げた。




