62 止まれない聖女様
魔法戦闘が終わり、少しの間休憩することになった。私はカリスティーとレオネットの元へ行き、適当に雑談をしていた。
「息が整っている今は、特に休憩なんていらないと思うのだけれど」
「人は知らないところで疲れが出ていることがあります。冒険者でも、疲れておらずとも休憩するようにしていますよ」
「カリスティーの言う通りです、メルディーラお嬢様。休憩は大事です」
(休憩……何しようかしら)
特にやることがなく、ブリジストの方へ目を向けると他の騎士たちと訓練の続きをしていた。今が好機だと思い、ブリジストの戦闘を観察することにした。
「ブリジスト様は結局どんな技なのか分からない」
「私たちもわかっていません。魔法陣が現れるぐらいしか見えませんでした」
レオネットがブリジストを見つめたままそう言った。私も戦闘中に彼の動きを注意深く見ていたが、特に動いた気配がなかった。
あの魔法陣がどのようにして現れ、発動するのか見当がつかない。
ジッと見続け、ようやく騎士の一人とブリジストが戦うことになっている。お互いに間合いを置き、ブリジストは「いつでも来なさい」と一言放った。
その騎士は呪文を唱えながら、ブリジストへ剣を振り下ろした。カキンッと音を鳴らしながら簡単に魔法陣で防がれるが、その直後に五つの炎の玉がブリジストの背後に現れた。
ここで見ているだけでも熱苦しい五つの炎球がブリジストへ襲いかかったが、炎の玉は五つの魔法陣に防がれると同時に次々と爆音を鳴らした。
「悪くない。だが、まだまだだな」
炎球一つにつき、魔法陣を一つずつ展開して防いでいた。見てもいないのに、なぜそのような事ができるのか、全く想像ができない。種明かししてもらいたいと思った。
「くぅ……徹夜で考えたのに……」
対戦相手の騎士は寝る間も惜しんで思いついたものらしい。だが、詠唱しながら剣を振り下ろしたり、他のことを考えて行動できるなんて流石としか言えない。
「これ、わたくしは詠唱がなくてもいいけれど、詠唱が必要な魔術だと発動時間も大変ね」
「カリーレなら、詠唱しながらでも対人戦をこなせますよ。並の努力では舌を噛むだけ、と言っていました」
レオネットからそう教えてもらい、ふーんと返事をしてブリジストに再び目を向ける。
「身体強化はしないの?」
ふと思ったことがあった。私はできるけれど、他の人たちはどうなのだろう。魔力は放出していないので疲れにくいし、身体能力も上がる。これほど便利なものはないと思う。
「できますが、基本的には腕、もしくは足だけと限定されています。魔力が足りませんので」
正直言うと驚いた。私は日常生活でも使っていたけれど、この人達にとって身体強化はその場の対応で決めているのだとか。
それに魔力量でも身体能力が変わってくるとも思っていなかった。
「なんだか今日は、まともに魔法訓練を受けてる気がするわ……いつも走りっぱなしか身体強化しろ、だけだったもの」
「メルディーラお嬢様の言う通り、細かな法則を教えていませんね。ブリジスト様ではなく、違う方に任せたいと思います」
なんとも冷たい口調でレオネットはそう言うが、なんだかかわいそうだ。思うだけで、絶対に口にしない。どうせ揚げ足を取りに来ると思うので。
「わたくしは一つずつ攻撃していたけれど、複数の攻撃を同時に仕掛ければ勝てるかしら」
「それはどうでしょう。私たちの口からではなんとも言えません」
レオネットの言う通りだ。私の頭の中には、いくつもの戦い方が浮かんでいた。もっとも、どれも想像でしかないのだけれど。
「訓練はここまで、メルディーラ来なさい」
「ようやく休憩は終わりね」
「メルディーラお嬢様、いってらっしゃいませ」
「ええ、いってくるわ」
カリスティーからのお辞儀も貰い、私はブリジストに歩み寄った。
次はどんな訓練をさせられるか分からないけれど、この訓練よりも魔石研究をしたい、という気持ちがいっぱいいっぱいになっていた。
「メルディーラ、君の速度を知りたい。目で追えない程の速度、どうやった?」
「どう、と言われても……身体強化をしたら地面を蹴ると多少飛べるみたいな感じよ」
片足のつま先でジャンプするように身振り手振りで説明をする。ブリジストは「なるほど、わかった」と一言放った後に、額を指で押さえた。本当に分かっているのだろうか。
それより、身体強化中での私の速度がよく分からない。数回地面を蹴れば目的地へ瞬時に辿り着くので、あまり深くは考えていなかった。強いて言うなら、相手へ向かって駆けている間、周りの動きがゆっくり見えるくらいだ。
「私は罠魔法を使う。それが私の専用魔法だ」
「専用魔法? 他に使えるのよね」
「使えることは使えるが、どれも戦闘向きではない。魔族とは本来、一つの魔法を極めるため、研究を重ねる」
だとすると、ブリジストは私がどう攻撃するのか最初から分かっていたということになるのではなかろうか。
(戦闘前から読まれていた……!?)
なんということだろう。私の攻撃が全部読まれていただなんて、罠魔法なんて大嫌いだ。
「そう落ち込むな。一つだけ仕掛けていたわけではない。考えうる全ての攻撃に罠を張っているだけの事だ。君が私の予想外の行動を取れるか否か、それだけだ」
「それはつまり、もっと速く動けばいいって事ね!」
「なぜそうなる。状況に応じて戦いなさい」
速ければ誰も追いつけないのに。何とかして私はすばしっこい魔法使いになりたいものだ。
「では、身体強化を使用して、訓練場を一周してみなさい」
「任せてちょうだい! すぐに一周してみせるわ!」
首から下へ魔力を満たすことにも慣れてきて、すぐに身体強化が使えた。その後、すぐに駆け出す。
身体中からビリビリと音を鳴らしているのがわかる。駆け抜けたあとには衝撃波が走り、皆の髪を激しく揺らした。そこまではよかったのだけれど、曲がろうとするが曲がらずに直進のまま壁に激突した。
岩が砕けるような爆音が、訓練場に反響した。私は止まろうと咄嗟に手を前に出していたが、気づけば、私は訓練場の壁へ深々とめり込んでいた。
「助けてー! 取れないわ!」
岩に埋もれた手を引っこ抜こうとするが、両腕がうまい具合に岩へ挟まっており、身体強化をしていても体を引っこ抜くことができなかった。
このままだと、割れた壁に押し潰されて死んでしまいそうだ。
「メルディーラお嬢様!」
「メルディーラ様!」
背後からレオネットとカリスティーの悲鳴に近い声が聞こえた。カリスティーもこちらへ駆けてくるのが見える。
けれど、二人より先にブリジストが私の腰を掴んだ。
「なぜ止まらなかった! バカか君は!」
ブリジストが力任せに私を引き抜く。その勢いで、私たちは二人そろって尻もちをついた。
私が埋まった壁を見てみると、私の形がした凹みができており、その周囲には、今にも崩れそうな亀裂が走っていた。
「身体強化中でよかったな。生身のままだと壁に激突してペシャンコになっていたぞ」
「ぺ、ペシャンコ……」
なんというか、自分がそうなるなんて、想像したくもなかった。
「なお、壁の修繕費は君が払いなさい」
「どうして!? 訓練で壊れたのよ!」
「壁へ突っ込めとは一言も言っていない」
(もう! 早く帰りたい!)
振り返ると、レオネットが笑顔で立っていた。なぜだろう、今にも崩れそうな壁より、そちらの方が怖い。




