61 半歩分の成長
季節が変わり、本格的に秋の寒さが、このお屋敷に押し寄せてくる。そんな中、私たちは応接間にてマレリルズと会合していた。
「温水道の納品にまいりました。こちらになります」
ボナが机の上へ置いた温水道は、見た目には以前と変わっていなかった。
「どこを変えたの?」
「水の魔石と炎の魔石を合体させたのです。冷却魔道具の糸を巻く技術をこちらに採用してみました」
温水道の水の魔石を取り出し、私に見せてくれる。確かに、複雑に結われた水と炎の魔石があり、それをグルグルに真ん丸な玉にしている。
中は空洞になっており、空気が通りやすくなっていた。
「わたくしはこんなの思いつかなかったわ……」
こんな簡単な方法で温水道が完成してしまうなんて、私はどうして見つけられなかったのか。なんとなくしょんぼりしてしまう。
「ですが、この魔石たちの価値を見出したのはメルディーラ様です。それだけでも、後世に名を残す偉人となるでしょう」
「あら、褒め上手なのね」
私の顔を見て察したマレリルズは、そう口にした。
よく見ている人だな、とつくづく思う。
「冷却魔道具の霧部分は未だに未解決ですが、メルディーラ様が旅立たれる前に完成させておきたい所存でございます」
「今年の夏はあまり暑くなかったし、急いでなかったけれど、来年はどうなるかしら」
「王都は暑いようですよ」
王都の夏はここよりすごく暑いそうだ。そのため、熱中症で倒れる人が後を絶たないとか。
ならば、早めに冷却魔道具を完成させておきたい。暑すぎる王都になんて、住みたくないので。
「そう、わかったわ。カリスティーは何か言っておきたいことはある?」
扉の前で佇んでいるカリスティーに話しかけ、口を開くのを待ったが、小さく首を横に振った。
今は侍女で立っている状態なので、喋る権利はないのもあるが、平民として暮らしていた頃についても、特に話したいことはないようだ。
「では、ここはお開きにしましょう。用事がたくさんあるもの」
「かしこまりました。私たちはこれにて失礼いたします」
そう言って、カリスティーの案内でマレリルズは帰っていった。きっと今は私のいない所でお話をしていることだと思う。
彼女にも何か、このお屋敷での思い出を残してあげたいと思った。
カリスティーが戻ってくると、お片付けはカリーレとマミーユに任せ、レオネットとカリスティーをお供に昼食を食べることになった。
「二人はもう食べた?」
「いいえ、後でいただきます」
「レオネットたちも一緒に食べないの?」
「私たちはそのような事はできません」
(いつも一人なのは寂しいな……)
領主の館では何度も昼食をご馳走になっているが、いつも家族団らんと会話が盛り上がっており、私はまるで居ない者のように感じることがある。
家族同士で楽しく食べている彼らを見ていると、家族とはなんなのか分からなくなる。ブリジストはいつもあの光景を見てきていたのだろうか。そもそも家族はいるのだろうか。
怒る時しか顔色を変えないブリジストなので、何を考えているのか分からない。
そんなことを考えていると、ご飯の時間がいつの間にか終わっていた。
無駄な考えを捨て、早速領主の館で魔法訓練をするため、自室でお着替えする。
「魔法ね……鍛えないと無理な動きに追いつかなくなるのは分かるけれど、実戦経験を積んでおきたいわね」
「メルディーラお嬢様、魔物と戦うのは男性に任せましょう。令嬢は後方支援するものです」
手を鏡の前で大きく広げながら呟き、レオネットが腰のリボンを結びながら答えた。戦闘にリボンは邪魔なのだけれど。
それはともかく、今日はどれくらい成長したのかを見るための戦闘試験みたいなものだとか。なんて疲れることをされるのだろう。
「家では淑女教育、領主の館では魔法訓練、どこへ行っても忙しいこと」
「仕方ありません。これも運命というものでしょうか」
(運命に逆らってやりたいね)
皆が居なくなる運命があるならば、即壊してやりたい。
諸々の準備が終わり、馬車に乗って領主の館に着いた。到着した途端、やる気がだだ下がりになるのが分かる。妙に体が重たい。
「本当にやらないとダメなの?」
「当たり前です。貴方は聖女様になられるお方なのですから」
聖女の勤めを全うするため、私は頑張らなくてはならない。分かっているけれど、この領地より肩身の狭い思いになるだろう。
「初代聖女様ほど、慈愛に満ちているわたくしだもの、やることはしっかりやるわ」
「自分で慈愛に満ちた聖女と豪語するのは、美しくありませんよ。メルディーラお嬢様」
「分かってるわよ!」
そんな他愛もない会話をレオネットと交わし、その後はベリルに案内され、大きい訓練場にやってきた。
(絶対に勝ってみせる!)
扉の開かれた先にいるブリジストを睨みながら、そう決意する。
私たちは訓練場へ入った。訓練中の騎士たちは私を見ており、なんとも気恥しく感じた。
「遅かったではないか。逃げ出したかと思ったぞ」
「わたくしが逃げるとでも?」
「ああ。てっきり私が怖くて、尻尾を巻いて逃げたのかと思ったぞ」
訓練場の真ん中で立ち尽くすブリジストに、ムッと腹を立てながら睨みつける。だが、何も通用しない。
「メルディーラ、今日も一緒に走ろうじゃないか」
「サイベル様、走ったあとはブリジストを倒すわよ」
「私にそんな力ないよ……」
がっくり、と下を見るサイベル。私は苦笑しながら、サイベルと一緒に走ることになった。
数周を走り終え、息を整えたところで、ブリジストとの一対一の勝負が始まった。
「どれぐらい成長したのか見てやろう。先に言っておくが、私は君の動きを全て読んでいる」
「ふんだ」
ぷい、と顔を背ける。でも今回は勝てるかもしれない。ここまで頑張ってきたのだから、私だって何かしら足掻けるはずなのだ。
脳以外の体に魔力を満たしていく。今回は無表情にはならず、体が光に包まれていく。
右手には刃のない光の剣を持ち、それをブリジストに向ける。
「ほぉ、力を使っても笑顔を作り出せるとは、成長したではないか。どこからでもかかってきなさい」
背後に三つの光球を作り出しながら、その場から横へ駆け出した。
景色が流れ、ブリジストの横顔が目の前へ迫る。勢いを殺さないまま、頭をめがけて光の剣を振り下ろした。
甲高い音とともに魔法陣が現れ、剣を受け止める。けれど、これで終わりではない。
「まだよ!」
弾かれた勢いを利用して体を一回転させ、そのまま踵を魔法陣へ叩き込んだ。ビリビリと空気が震え、魔法陣の表面に光の波紋が広がる。
同時に、背後へ残していた三つの光球を左右へ散らした。正面と両脇、三方向から一斉にブリジストへ撃ち込む。
轟音が響き、白い光が視界を埋め尽くした。爆風に押され、私は地面を滑りながら後退する。
光が消えた先で、ブリジストは変わらず立っていた。ただし、その右足だけが半歩ほど後ろへ下がっている。
「ここまでだ。成長したではないか」
「何よ、まだあなたを倒していないわよ」
なぜ止めるのかよく分からない。どちらも行動不能状態ではなかったはずなのに、一瞬の戦いで何がわかったのだろうか。
「もう十分だ。君の実力を測るだけの戦いであり、行動不能状態にまでやる必要はない」
「お腹がすいたもの、早く帰りたいし、賛成ね」
家に帰ったら、まず温水道を使ってお湯を張ってみたい。そう考えながら、私は満ちていた魔力を心の奥に閉じ込めていく。
「どうせデザートしか考えておらんのだろ」
「もちろんよ! あの奇妙な陣はなんなのよ! いつも私の攻撃を防いで腹立たしいわ!」
攻撃が全部防がれ、ブリジストはいつも立ったまま動かない。それがなんとも腹立たしかった。




