60 贈り物
今日の私は、一人で研究室だ。
カリスティーに塗り薬を、試し塗りして貰ってから二十日の間、たくさん材料を作っておき、その後に髪の色の小壺と目の色の蓋を用意した。
「こうして見ると、皆は色んな色をしているわね」
色とりどりの小壺を見て、そう思った。私も異常な程に神々しく輝いているけれど、小壺で見ると色鮮やかなのが、すごく面白い。
早速、小鍋に材料を放り込んで様子を伺いながら混ぜる。材料はここ二十日で作っておいたものがあるので、リュンレルテや領主の館の人達にも渡そうと思っている。
リュンレルテには茶色の小壺を用意し、領主の方は全部灰色に統一させた。
出来上がっていく塗り薬を、冷ましながら混ぜ続けていく。仕上げに近づくと重くなってくるため、度々魔法訓練で教わった部分身体強化を使用して、腕だけを強くできるようになった。
「一人の作業も苦にはならないわね!」
そんな独り言を呟きながら、木のヘラで塗り薬をすくい上げて小壺に移す。この作業を一日中続けた。
渡す人が多すぎるせいで、大量に材料を使ってしまい、とうとう足りなくなってしまった。できることなら、たくさん貯めておきたかったけれど、早く反応を見たかったのもあり、一人一つとなった。
「袋で包むべきかしら、小壺のまま渡すのは失礼よね。多分きっと」
とりあえず、人数分を作るのに二日もかかってしまった。
研究室に向かう前、カリーレとマミーユは眉を八の字にしながら私を見つめていた。何か言いたげだったが、これは私から皆のためなのでここは一人でやりたいのだ。
完成した侍女たちの小壺を両手で抱え、扉を光の魔法で開けて走り出した。
「レオネット! これをあげるわ」
廊下を走っていると、レオネットの背中を見つけて駆け寄った。
「メルディーラお嬢様。廊下は優雅にお淑やかに歩いてください。どのような要件でしょうか?」
相変わらずの叱責の後に、私は紫色の小壺を片手で持ち、高く掲げた。
「これは、わたくしから皆への贈り物なの。傷がついた手などに塗ってくれれば、すぐに治るわ!」
「これは……カリーレとマミーユも塗り薬作りに手伝っていたと聞き及んでいますが」
レオネットは蓋を開けて中身を確かめながら、そう指摘した。確かに、三人で作った贈り物だ。ならば。
「なら、皆が皆のための贈り物だわ!」
「メルディーラお嬢様……。まあよろしいでしょう。ありがたく頂戴いたします」
深いお辞儀をされ、私は大きく頷いた。そしてまた廊下を走り出す。後ろから何か叱責が飛んできたけれど、完全に無視して次の人を探すことにした。
厨房へ入り、レリアナートを探した。今はおらず、違うお仕事をするため倉庫に移動しているのだとか。
なので私は、倉庫がどこにあるかわからずに屋敷内を走り回った。意外と魔法訓練の効果があるのか、息切れをすることはなくなっていた。あの過酷な訓練はこのためにあったのかもしれない。
「あ、カリーレ!」
「お嬢様?」
暗い廊下の奥に、カリーレの姿を見つけた。誰かと一緒にいたらしく、半開きの扉の向こうへ話しかけていた。
「皆が皆のための贈り物よ!」
「よ、よろしいのですか? 売れば高価な代物ですよ?」
「売るつもりはないわ、これが世に回れば市場を荒らすことになるもの」
「良き判断だと思います」
開けられたままの扉には誰かがいるのは知っている。そちらに目を向け、誰がいるのか見ていた。カリーレはそれを察したのか、扉を動かした。
そこに居たのは、マミーユとカリスティー、そしてレリアナートまでもがいた。どうやら、この扉の先は地下倉庫になっているらしい。
「三人もここなのね、探す手間が省けたわ」
「ふぉふぉ、お探しだなんて光栄ですね」
そう言いながら私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。えへへと笑みを零したあと、三人に塗り薬入りの小壺を渡した。
「私たちにもくれるとは思っていませんでした」
「あら、マミーユはつれないわ、皆のために頑張ったのよ!」
「さすがメルディーラ様です。このカリスティー、誠心誠意努力してまいります」
「あまり使う場面がないといいのだけれど」
「ふぉふぉ、メルディーラ様からの贈り物。感謝いたします」
とりあえず、カリスティーはなぜか頑張るなど言うけれど、手荒れを治すためのものであって、治ったらすぐに仕事をしなさいという意味ではないのだけれど。
本人は嬉しそうにニッコニコ笑顔だったので、ものすごく言いづらかった。時が来たら言おう、と心の中で誓い、皆はここで何をしているのか聞いてみた。
「地下倉庫の入口で何をしているの?」
「えっと……」
カリーレが何か言いづらそうにして、目を合わせてくれなかった。今日会った時から違和感があった。何か足りないような気がしている。
「なんと言いますか」
「何よ、カリーレに違和感があって変なのよ」
「そうですか、そうですよね」
何を言いたくないのか全くわからない。ここまで隠されているのなら、完全に知りたくなるではないか。
マミーユが代わりに口を開いた。
「私から言いましょう。カリーレ様がお嬢様に貰った髪飾りを地下倉庫で無くしたそうです」
「髪飾り……ああ、あの時から毎日つけてくれたものね、また買ってあげるから気にしないでちょうだい」
「え!? ダメです。あれが一番大切なんです」
同じようなものはたくさん市場に売り出されているだろうし、そこまで気にする事はないと思う。しかし、カリーレはそうはいかないのだとか。
「なぜ? 同じものはたくさんあったわよ」
「あれはお嬢様からの贈り物です。失くしたくありません」
「そこまで言うなら、わたくしも少し探してみたい」
四人は「うーん……」と呻きながら悩んでいた。主人に探させるという行為を、あまりやって欲しくないという話し合いが始まった。
適当にその話を眺めながら、私は金色の小壺に指を突っ込み、手に塗っている。
これがものすごくて、塗った瞬間から肌に馴染んでベトベト感がなくなり、潤いを持った手に変わっていく。
万能薬という名前にするか悩む。
「お嬢様、少しだけ手を貸していただけますか?」
「もちろんよ!」
小壺の蓋を閉め、地下倉庫へ走るように入った。
階段を少しだけ下り、中を見渡した。全体的に汚くて、蜘蛛の巣も張っている。
「汚いわね、剣がいっぱいあるわ」
この剣がたくさんあれば、鉄の道具に変えてもらったり、お金に変えたりできるかもしれない。一本ぐらい研究用にもらえないかと尋ねたけれど、カリーレには即座に却下された。
とりあえず、カリーレの「お願いします」と一言言って、皆が隅々まで見始めた。私は樽の上に座らされ、その様子を眺めていた。
(私も探したかったのに……)
探させたくないというのは分かるけれど、狭いところは私しか通れないのだから、私が探してもいいと思う。そう思い、勝手に部屋中を走り回り、這いつくばって棚の下を覗き込んだりした。
「レオネット様に叱られるかもしれないです」
マミーユが私のドレスの裾に目をやり、まるで立ちくらみをしたかのようにフラフラとなってしまっている。
私も自分の裾を見てみると、埃で黒く汚くなっていた。確かにこれは、叱られるかもしれない。
時間が経っても尚、カリーレの髪飾りは見つからず、地下倉庫を出た。
「カリーレ、また買ってあげるわ。塗り薬も贈り物だもの、それは大切に使ってちょうだい」
「本当に申し訳ありません。塗り薬は丁寧に使わせていただきます」
そう言い放ち、皆と解散した。
次はリュンレルテと領主たちの分だ。私は新しい材料を作るため、急いで研究室へ戻った。




