59 塗り薬の完成
自分のお屋敷に戻り、早速塗り薬研究だ、と走り出そうとすると、首根っこをレオネットに掴まれてしまった。
「まずはお風呂からです」
「到着早々お風呂だなんて、魔石研究で汚れるかもしれないのに」
「では、また明日からお願いします」
研究を翌日へ回され、レオネットにムッとしながら、そのまま引きずり込まれるようにお風呂へ入った。
お風呂でレオネットの手を見た時、やはり手荒れをしていた。夏の間でも、指が割れることは珍しいことではない、と言われた。
翌日、私たちは塗り薬を作るため、研究室に集まった。
「サラサラした油ならば、魔石が均等に広がるわね、リュンレルテから貰った蜜蝋を入れてみるわ」
ゴクリ、と固唾を飲み込みながら、すり鉢で混ぜながら蜜蝋を入れてみた。
だが、蜜蝋は固形物のため、粉々に砕け散るが溶けるように馴染まなかった。
「お嬢様、忘れていましたが、蝋は溶かしてから入れないといけません」
「最近照明器具しか使っていないもの、忘れるのは仕方ないわね」
カリーレはハッと思い出したようにそう告げた。ロウソクなんて、最近見ていなかったせいで蜜蝋を溶かすという発想が、完全に頭から抜け落ちていた。通りで馴染まなかったわけだ。
リュンレルテから貰ったロウソクもあったので、それを使う事にした。
「お嬢様、小さい鍋があったので、これを使いましょう」
マミーユはどこからか持ってきた小さな鍋を片手に持っている。どこにあったのか尋ねたが「落ちていました」としか言わなかった。
それはいいとして、湯を張った鍋を簡易かまどへ置き、その中へ小鍋を入れた。油と蜜蝋を、ゆっくり温めながら混ぜていく。料理ではないけれど、料理しているみたいで少し楽しい。
鍋はすぐに熱くなり、中に入っていた粉々の蜜蝋がどんどん溶けていく。細長い棒で混ぜ、完全に混ざりきったあとに小瓶へ入れてみる。
「これで完成なのですか?」
「分からない……肌に直接塗ることができれば、完成といえばいいのかもしれないわ」
マミーユと私は小瓶の横から中を覗き込んでいる。カリーレも少し気になっているが、火を扱っていることから、安全確認をしなくてはいけないだとか。
「違う分量でも試すわよ、これですぐに完成とはいかないわ」
「お嬢様の言う通りですね、色んな油を使って蜜蝋の分量も確認しなくてはいけません」
マミーユは完全に研究者のようになってしまった。今じゃ、ペンと紙が似合う女性のように見える。
それから私たちは油を多めに入れたり、蜜蝋を多めに入れたり、完全に一緒の分量にしてみたりを繰り返し、小瓶がたくさん増えた。
一日置くことになり、また翌日にそれらを全部見てみた。
「蜜蝋をたくさん入れた物は固まっていて、小瓶の口が狭いので取り出せないですね、逆に油が多いものはゆるすぎて、肌から垂れるうえにべたつきます」
一つひとつカリーレが見て、そう判断する。
どれも口が狭いなせいで、取り出すのにも一苦労だ。細い棒で掻き出して、使わなくなった紙の上にそれぞれ垂らしてみた。
一番良かったのが、油を五だとすれば、蜜蝋が一ぐらいの割合のものだと思う。肌から垂れずにしっかりとくっついてくれる。
ここでひとつ問題点が見つかった。キラキラしているはずの光魔石がどこにも見当たらない。
どこに行ったのかと小瓶を見てみるが、全てが沈んでいる。
「これ、全部失敗ね」
「そうですね、光魔石が沈んでいては使えませんよね」
マミーユに頷き、もう一度違う油で試すことにした。
次に選んだ果実由来の植物油は、先ほどの油よりもわずかにとろみがある。これなら、光魔石の粉が底へ沈みにくいかもしれない。火から下ろしたあとも、固まり始めるまで絶えず混ぜ続けた。
昨日と同じ工程を繰り返し、油が五、蜜蝋が一と二の割合の物を作り、今度は口の広い小壺にそれぞれ入れることにした。
こうしてできた二つの小壺をソッと棚に置き、さらに一日を待つことにした。
さらに翌日。研究室へ集まり、ドキドキとしながら机に二つの塗り薬の入った小壺を置いた。
これが失敗すれば、他の油を探す旅に出なくてはいけなくなる。なんなら、植物の家庭菜園が始まってしまいそうだ。
そんなことを考えていると、カリーレが躊躇いもなく小壺の蓋を開けてしまった。
「あ、ちょっ……」
止めようにも蓋のない小壺に目を奪われ、じっくりと見ている。
見た感じ、何も悪くはなかった。
私たち三人はじっくりと色や匂いを観察した後、残された塗り薬としての感触を試すことになった。
「これ、すごいキラキラしていますね」
指の上に塗り薬を乗せながら、ジッと観察しているカリーレ。私も手を引っ張り目の前まで持ってこさせた。
キラキラと固まっているのか固まっていないのか、よく分からないものが、カリーレの手の甲に塗られた。
「ひんやりしてます。そして手を振ってもこの液体? が落ちることは無いみたいです。違和感はありますけど」
蜜蝋を二の割合で入れたものはかなり硬く、一の方はマミーユが試すと、肌に伸ばしやすいという評価だった。
傷口の塗り薬と、美容の薬として区別できそうだ。
「わたくしもやってみたいわ!」
「あ、お嬢様」
カリーレに呼ばれたが今はどうでもいい。そう思いながら人差し指を、蜜蝋一の小壺へ突っ込んだ。
勢い余って、手にベッタリと塗り薬がつき、反対の手で塗り薬を全部取ろうとしても、両手ベトベトになってしまった。
「お嬢様……」
マミーユとカリーレの声が重なった。顔を向けてみると、困ったような顔をされながら見つめられていた。
「ま、まだ実験してみたいことがあったのよ」
「なんでしょうか?」
そう、効果を知りたいのだ。すぐにできて、すぐに効果を知れる方法がある。
「わたくしの指をちょっと切るわ!」
「それは絶対にダメです」
またもや二人の声が重なった。眉間に皺を寄せ、レオネットのように絶対に許さない、という圧を感じる。
「や、やらないわよ……」
冗談ではあるけれど、早く効果を知りたいのは事実なのだ。ちょっと思いついちゃったことを口にしただけなのだ。本当に。
「ならいいんです。カリスティーを呼んできますので、少々お待ちください」
カリーレはいい実験台がいる、と言いたげに部屋から出て行ってしまった。
マミーユは研究室の窓を開け、少し換気させる。そしてお茶を用意するため、厨房へ茶器を取りに行った。
私はここに一人で残り、次の塗り薬を作るため準備をしていた。たくさんあればあるほど、皆が喜ぶはずだ。
一通り準備を終えると、マミーユがやって来る。私の前にお茶を用意し、マミーユも一緒にお茶を楽しんだ。
半分飲んだ頃にカリーレもやってきて、その後ろにはカリスティーもいた。
「カリスティー、これを手に塗ってみて」
「こ、これは……?」
「毒ではないよ、塗り薬なの」
「お嬢様、それは怪しいです」
「お嬢様、マミーユの言う通り、前半が怪しすぎます」
でも間違いではないと思うのだけれど。なんなら事実なのに。
そんなものはどうでも良くて、早くカリスティーに塗ってもらうことにした。彼女の手はものすごく荒れており、全ての指の関節が割れていた。
それを見ると、ものすごく心が苦しくなった。元は王都の上級貴族だった彼女が、親のせいで追放されたかわいそうな人だ。
そして、こんな親のいない貴族の侍女になってしまった。
「メルディーラ様、これは私が決めたことです。そんな顔になさらないでください」
「そう……」
私は顔に出ていたようだ。急いでいつもの笑顔を浮かべ、カリスティーが塗り薬を指に馴染ませるのを観察していた。
ベトっと指につくのを見て、カリスティーが指を広げてこちらに見せてくれた。
「え……?」
ずっと見ていたら、急に光り輝き始めた。
眩しさに目を閉じる。瞼に映る光が消えるのを確認した後、ゆっくりと目を開けると、傷の気配もないツルツルの肌が、目に映った。
「す、すごい……これ、すごい……」
語彙力をなくしたカリーレは放っておき、私はカリスティーの手を握った。
「痛い?」
「どこも痛くありません……」
ものすごく不思議だ。塗ったばかりのちょっとべとつく塗り薬だったのに、それすらもなくなり、スベスベな肌になっている。
「光魔石に、ここまでの力が……」
「カリーレ、魔石の本はあるかしら。誰も見つけていないの?」
「取ってまいります」
マミーユは驚きのあまり、呆然としている。カリスティーは自分の生まれ変わったかのような手を、触ったり握ったりして感触を確かめている。
これは驚きの結果となってしまった。
ここまでの効力がこの塗り薬にあるのだとしたら、これはただの手荒れを治す塗り薬ではない。
(私、凄いものを作ってしまったかもしれない……)




