57 それぞれの褒め言葉
今、私は二度目となる領主一家との食事を共にしている。違うところをあげるならば、成人したばかりの領主の子が、領主の近くの席に座っているぐらいだ。
「父上、騎士三人を相手に勝利してまいりました」
「よくやった。もっと励むがいい」
「はい!」
元気な返事をしたあと、嬉しそうにパンを頬張っている彼は、ヨダリルスという名前らしい。食事の間に向かう前にブリジストが私に追いつき、私に「名前だけでも知っていなさい」と言われながら教えられた。
別に興味などなかったのだけれど、ブリジストはそれすらを無視して話していた。名前以外は聞き流したけれど。
「メルディーラ、このご飯は美味しいか?」
急に領主から声をかけられ、中身のない返事を返してしまった。多分声が裏返ったと思う。
「美味しいです。わたくしの料理人にしたいぐらいです」
もちろんレリアナートの方がいいけれど、料理人助手を一人ぐらい貰えないかなとか思っての発言だ。
断られてもいいし、最大の褒め言葉にもなる便利な言葉である。
「そうか、料理人は要検討だな」
検討しなくていいですから。と思わずそう言いたくなる。
なぜかよく分からないけれど、さっきからヨダリルスに横目で睨まれる。もしかして、領主と話してしまっているから、嫉妬でもしているのだろうか。
「どうかなさいましたか?」
ブリジストを間に、少し頭をずらしてヨダリルスを見つめる。彼は薄い空色の瞳に私の姿を映しながら、またもや睨みつけてくる。
「なんでもない。見ていただけだ」
「兄上は嘘を言っているよ、メルディーラ」
そこへ空気の読めないリーレルトが間を取り持つかのようにそう告げた。正面にいるヤーネットはオロオロしており、その左に座っているリーレルトはものすごく自慢げに鼻息荒くしている。
もうちょっと穏やかにご飯を楽しみたい。
「嘘、とはなんでしょうか?」
「貴族が嘘を言うなど、恥だ。君には関係ない」
確かヨダリルスは成人したばかりの十五歳。まだまだ難しい年頃なのだろうね。多分きっと。
私になんの恨みがあるのかは知らないけれど、それでもご飯は美味しく食べることにした。デザートもものすごく美味しかった。
食後の家族団らんのお茶をして、ヨダリルスが領主にたくさん自慢話するのと、リーレルトはお母さんにずっと話しかけていて、正直つまんなかった。
正面にいるヤーネットだけは、チラチラとお茶と私を交互に見ては、ため息を吐く。そんな繰り返しをしているせいで、ちょっと可愛かった。
ブリジストはずっと無口だったけれど。
食事の間から、ヤーネットとブリジスト、それから私たちを残して、領主一家が出ていき、やっと落ち着けると思いながら深い溜息をこぼした。
「もう長いわ……なんなのかしら、殿方とは」
「自分の武勇伝を語るのは今の年齢だからな。皆そうだった」
「そんなもの、聞いたところで少し反応して終わりじゃない」
「それを好む令嬢もいるということだ。君には通用しないだけの話」
そう言われ、そそくさとブリジストは出ていった。
結局、何が言いたかったのか分からずに立ち上がり、ヤーネットの方へ歩み寄る。
「ヤーネット? お茶会をするのでしょう?」
「いいの? 聖女様とお茶会なんて……」
この子から私に予約したはずなのだけれど、どういう形で予定に組み込まれたのか分からない。
カリスティーを見つめるが、彼女は首を傾げるだけで、特に動かなかった。
「ヤーネットがお茶会の予定を入れたのでしょう? 行きましょう」
「そうね!」
パッと明るくなるヤーネット。なんかちょっと儚げでとても可愛らしい。何度でも言えそうだ。
お茶会は彼女の自室で行うこととなり、私はヤーネットの向かいの席へ座ってお茶を嗜んでいた。
「聖女様に色々とお話したかったので、嬉しいです」
「ええ、そう? わたくしは聖女なんて呼ばれることをしていないわよ」
(家では怒られてばかりだよ)
「そんなことないわ。こんなに美しいもの」
あらやだこの子ったら、ものすごく褒め上手だ。
リュンレルテとは違い、恋愛小説の話は一切出てこない。裏で情報を取ってきたりしているのだろう、と思う。
「それを言われると、照れてしまうわ……」
キュルルンとした目をして、恥ずかしがってみると「それを殿方の前でやらないでね」と言われてしまった。もしかしてヤーネットにも叱られる未来があるのかもしれない。
それだけは避けたい。一個下に叱られるお姉さんなんて絶対に嫌。
「ヤーネットの白髪はとても綺麗ね。まるで快晴に浮かぶ雲のよう」
「それは褒めすぎですよ……」
(よし! 勝った!)
無駄に私の闘争心に火がつき、褒め言葉の言い合いになった。傍から見れば、謙遜し合う謎の友達だけれど、普段味わえない言い合いにものすごく楽しかった。
ヤーネットも楽しかったのだろう、先程のオドオドとした態度が綺麗さっぱり消えており、代わりに楽しそうな、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「ところで、ヤーネットはいつも何しているの?」
「え、わたくしですか?」
キョトンとした顔のまま首を傾げる彼女。領主の娘は基本何をするのか気になる。私のように魔石の研究なんてしていなそう。
「わたくしは花嫁修業を基本的にやらされているわ。他領、もしくは他国に嫁ぐためにやらなくてはいけないの」
この子の役割は間を取り持つための政略結婚をすることである。知らない人に勝手に嫁がされるのは、嫌だと私も思う。
「そうね、少し前はわたくしもそうだったわ……」
「あら? メルディーラは今もじゃない」
どういう意味だろう、と首を傾げる。それを察したヤーネットは言葉を続けた。
「メルディーラは王都へ向かうのでしょう? それは嫁ぐのとあまり変わらないのでは?」
「わたくしは役職を全うするだけよ?」
「でも、嫁入りと何ら変わりないじゃない」
この子が何を言っているのか分からない。私の役目は聖女という役職につき、人々を癒して、守るのが役目だと思うけれど、それが嫁ぐとなるのは別ではないだろうか。
二人で首を傾げ合い、よく分からずにヤーネットは話を変えた。
「メルディーラは自屋敷では何をしているの?」
「わたくしは魔石研究をしているわ」
「魔石研究? 魔石を綺麗にするお仕事かしら」
「違うわ、魔石を使える道具にするのよ」
「魔石にそんな使い道があったなんて、さすが聖女様」
周りの大人たちの話を聞いている限りだけれど、歴代聖女たちは魔石研究なんてしていないと思うので、聖女を褒めないで私を褒めてくれてもいいと思う。
私はふと気になったことが頭をよぎる。
「魔石はいつも何に使われているの?」
またもやキョトン顔をしたまま、ヤーネットは口を開いた。
「何って、装飾品よ。本だったり指輪だったり、あとは髪飾りとか服の模様にも使われているわ」
(おぉぅ、なんてもったいない……)
私なら絶対装飾品にしないと思う。買うなら別だけれど、原石を持っていたら全部研究に投資してしまう。
「ヤーネットは物知りね」
「周りの人達が教えてくれるのよ」
ヤーネットが話し終わるのを見計らって、彼女の侍女がコッソリと耳打ちをした。
ヤーネットは立ち上がり、私の横にやってきた。
「わたくしはこの後やらなくてはいけない用事がありますので、お茶会はお開きにいたします。本日はご足労いただき、ありがとうございます」
裾をつまみ上げながらお辞儀する彼女にびっくりした。
所々拙いながらも、頑張って言葉を繋げて私に伝える姿が、ちょっと前の私に重なっている気がした。
「ええ、わたくしも楽しいお茶会でしたわ」
私も立ち上がり、裾をつまみ上げながらお辞儀をする。ヤーネットもその侍女たちも、ポカーンと口を開けたまま私を見つめていた。
我に返った皆は、ぞろぞろと部屋を出て行った。
(私をヤーネットの部屋に置いていって大丈夫なのかな……)
いくら聖女であっても信頼しすぎるのは良くないと思うよ。
「メルディーラ様が綺麗な挨拶をしたので、皆が見とれていましたね」
「わたくしはやればできる子なのよ」
「メルディーラお嬢様、少し褒めただけで調子に乗らないように。足をすくわれますよ」
(レオネットはもっと人を褒める努力をした方がいいと思うよ!)
べーっと心の中でしながら、そう思った。
次は書類仕事だ。そう思い、ちょっと憂鬱になってきた。次は領主とブリジストの間で書類仕事をするなんて、絶対重い空気になるはずだ。沈黙がいちばん苦手なのかもしれない。
(早く帰らせてー!)
届くはずのない声を、胸の内で天井に向かって叫んだ。




