56 戦闘民族
謎の運動をさせられた翌日、魔法訓練の日となった。主に魔力制御の訓練をさせられるはずなのだけれど、なぜ今走らされているのか。
「もう……もう走れない……」
「まだ一周だけではないか。サイベルを見てみろ、君より七周半も走っている」
ブリジストに言われ、走っているサイベルに目をやると、息を切らしていないサイベルがずっと運動場を走り続けている。
なぜ私と一緒に走るとか言い出したのか、もしかして私を嘲笑うためにやっているのではなかろうか。
「走る意味なんてないわ! 魔力さえ制御できれば」
「そんなわけなかろう。聖女の力で体を酷使すれば体がもたない。筋肉が引きちぎられ、骨は砕かれ……」
「いやぁ! 言わないで!」
ブリジストの言葉が終わる前に耳を固く閉ざし、その場でうずくまった。さすがに痛そうなので聞きたくない。
今作りかけの塗り薬塗っても絶対に意味がないのが、目に見えて恐怖を覚える。
「なるほど、こうすれば君に勝てるのだな」
「意地が悪いわよ」
ふん、と鼻を鳴らし、二人でずっと走り続けるサイベルを見つめた。もうすぐ十周目の彼は、未だに息を切らしていない。
「さすが騎士ね。わたくしは騎士になるつもりなんてないけれど」
「騎士はこれぐらい体力があって普通だ」
皆はあんなに化け物じみた体力をしているなんて、化け物の集団なのではなかろうか。
カリーレは冒険者と対人戦したことがあると、今日の朝食の時に言っていたけれど、実際ここまで走れるのだろうか。
そんなことを思いつつ、ブリジストに「あと二周だけでも走ってきなさい」と言われ、嫌々足を無理やり動かしている。
「お、終わった……」
息を切らしながら完走して、空を仰ぐ私の目から、光が失われそうになる。とても足が痛い。
少し休憩したあと、ようやく魔法訓練が始まった。
「今度は君の聖女の力を見たい。脳以外で身体強化を使ってみなさい」
「脳以外に魔力を体に満たすということ? それはできないわよ」
「なぜだ」
「部分的に身体強化をした事がないもの」
実際間違っておらず、身体強化をすると全身へ魔力が満ちてしまう。それにより体が勝手に動いてくれるので、とても便利だった。
「ならば、右手だけでも身体強化をしてみなさい」
「……はぁい」
適当に返事した後、右手を見つめながら身体強化を試みる。やはり体の全てに魔力が満たされていき、結局無表情の顔になってしまった。
「脳にもいってるではないか、本当に戻ってこれるのか?」
「戻れるわ」
無表情ながらも、自分の意思で体を動かせる。何もやることが無いのか、今は明確な目的がないためか、聖女の力が勝手に体を動かすことはなかった。
「無表情で元気な声なのは、少し気味が悪いな」
「酷いわ、声を少し低くすればいいのかしら」
徐々に声を低くして喋ると、ブリジストの眉間には皺が寄っていく。
ちょっと警戒してきているのだろう。拳を固くしていた。
「心配しないで、ちゃんとわたくしはここにいるよ」
「心配などしていない。そこにいるのは知っている」
ブリジストはあまり可愛げがない。思った事をたまには言ってもいいと思うよ。
「では、一度私と戦え」
「え? なぜ……」
「実際に戦ってみないと、分からないこともある。私の力も見せておこう」
戦うことに興味はないけれど、ブリジストがどんな魔法を使うのかは、気になるところもある。
私たちはお互いに少し離れたところで向き合い、聖女の力で剣を作り出して刃がない状態にした。ブリジストは手ぶらのまま「どこからでも来なさい」と一言言う。
「ブリジスト様は剣を使わないの?」
「私は剣などを使用しない。魔法だけだ」
そう言われ、様子見がてら早速真っ直ぐに飛び込んでみる。ビリビリと音を鳴らしながら頭に蹴りを入れる。が、それは何かの魔法陣で防がれてしまった。
防がれると同時に衝撃波が発生し、周りにいた訓練中の騎士たちを数人吹き飛ばしてしまった。
「こんなものか」
固い魔法陣が消えると、力が有り余った蹴りは少しだけ動き始めるが、また違う魔法陣が発動した。その魔法陣からは、鎖のようなものが伸びていき、私の足をグルグルと巻き付ける。
「なにこれ」
足を曲げて戻ろうとしても、もう遅かった。固く膝まで縛られた鎖はビクとも動かず、やがて私の体をグルグルに巻き付いていった。
「動けないよー」
身体強化は解かれ、ただ鎖にグルグルにされた私がレオネットを呼んでいる。
「レオネットー! うーごーけーなーいー!」
駆け足で寄ってくるレオネットが見えると、救世主のように崇めたくなってしまった。だが、レオネットが到着するよりも早く鎖が消え、肌には少しだけ鎖の跡が残った。
「無様だな」
「な!? わたくしは戦闘民族ではないのよ!」
「知っているが、聖女の力はそんなものではない」
その頃、レオネットが私の横で手を差し伸べてくれる。
「お怪我はございませんか? メルディーラお嬢様」
「ええ、大丈夫よ。ブリジスト様がもっとわたくしを大事に扱ってくれたらだけれど」
「君が弱いのが悪い」
本当に一言余計な人だ。なので、次こそは聖女の力を使ってやろうと思う。
「もう一度勝負なさい。次は本当の聖女と」
「いや、それには却下だ。聖女の力にあまり頼りすぎるな。分かったか?」
「メルディーラお嬢様。あの力はあまり使うものではありません。分かりましたか?」
なぜ二人から怒られるのか、理由はわかるけれど、心配しすぎな気がする。次こそはしっかり抑え込めるのに。
でも、大人たちの許可が出るまで、私は聖女の力を使わないようにしている。その方が安全だし、私自身感情を失いたくないのだ。
「もういいわ、次は部分的に身体強化したわたくしと勝負なさい」
「それなら乗ってやる。君は私に勝てないがな」
ぐぬぬ……と二人で見つめ合う。
その戦いの一部始終を見ていた騎士たちが、一気に近寄ってきた。
「流石です! 聖女様!」
「立派な戦いでしたよ! 私、吹き飛ばされました!」
「私と模擬戦してください!」
わらわらと私の周りへ集まってきて、何と答えればいいのか全くわからずにあたふたしていた。
そこで、ブリジストが私を助けるように口を開いた。
「あまり聖女を困らせるな。ただの五歳児でもあるんだぞ」
「失礼しました。五歳児でこれだと、将来凄い騎士になりますよ」
「本人は騎士になりたくないそうだぞ」
「なんて勿体ない!」
勝手に話を進めないでもらいたい。実際にブリジストの言う通りなのだが、残念そうに見つめられると、罪悪感で押し潰されそうになる。
騎士たちの騎士勧誘をくぐり抜け、運動場を出て逃げた。もう二度あそこに戻りたくない。
「カリスティー、次の予定を」
「はい、領主一家様と食事をした後、ヤーネット様とお茶会のご予定がございます。その後は領主様とブリジスト様と一緒に、少しだけ書類整理をするご予定でございます」
私の知らないところで予定が組まれるようになり、いつの間にか忙しい私となってしまった。
皆で私を取り合うのはいいけれど、一つしかない私の体を引き裂かれるように連れ回さないで欲しいものだ。ちょっとだけヤーネットとのお茶会と、書類整理は気になるけれど。




