55 この世は油まみれ
「レリアナート、油を少しずつちょうだいな」
「全部を少量ずつでよろしいでしょうか?」
「ええ」
レリアナートは、いくつもの小皿へ種類の違う油を少しずつ入れていく。とろりとしたものや、水のようにさらさらしたもの、果物のようなよい香りがするものまである。油というのはとても楽しいものだと思った。
「この油は?」
「これは果物から油を取っているやつですよ」
「果物からも油を取れるの?」
「そうですとも、あとはメルディーラ様が鹿を狩った時に、油を取りましたよ」
この世は油まみれなのではなかろうか。
植物にも動物にも、多分人間にも油があるなんて、料理の幅は無限大に広がっている気がする。
一つの動物性油はちょっと臭いため、それ以外は置いてカリーレに持ってもらう。
研究室に私たち三人は再び集まり、塗り薬の研究を始める。ところが、そこでカリスティーが研究室の扉を三回叩いた。
「メルディーラ様、リュンレルテ様からお手紙が届いております」
「カリスティー、中は確認したかな?」
「カリーレ様、問題ありません。すぐお読みいただけます」
カリスティーはゆっくり私の方へ寄ってきて、手紙を差し出した。
いつものリュンレルテからのお茶会のお誘いで、私も返事を書いてカリスティーに渡した。
「ご苦労さま、カリスティー」
「ありがとうございます。メルディーラ様」
カリーレは満足そうに小さく笑みを浮かべており、マミーユも同じように笑っている。
カリスティーは部屋から出て行き、早速実験開始だ。
粉魔石に水もしくは油、その両方を入れたりして、反応を観察する。だが、どれも何も起こらないし、ただ単に油と水だらけになった光魔石が、そこにあった。
「これって、すり鉢で混ぜながら油を入れるのはどうかしら」
「あまり意味がなさそうですが……」
「カリーレ様、何事もやってみないと分からないと思いますよ」
ここにいる研究者たちはなんて頼もしいのだろう。水や油とは馴染まない光魔石と違い、私たち三人は一つの輪になって研究を進めている。それが何だか楽しかった。
すり鉢に粉魔石を入れる。すり棒でさらに細かくすり潰しながら油を少量入れて観察をする。
「カリーレ、腕が……」
「任せてください」
途中で私の腕が痺れてきたので、カリーレと交代して油を注いだ。
だが、全く上手くいかない。何十種類もある油を一つ一つスポイトで吸っては、光魔石に垂らして反応を観察する。
どの油を使っても、光魔石に目立った変化は起きなかった。ただ、油と馴染んで滑らかになったものや、粉が底へ沈んでしまうものがある。
何より、このままでは液体なので肌に塗っても流れ落ちてしまう。そこで、油を柔らかく固めるために蝋が必要だという話になった。
ひとつ面白いのが、すり鉢で光魔石と油を擦り合わせる時、匂いが強く出てくるということは発見した。現段階では、あまり役に立たないのだけれど。
「はぁ……蝋なんて、もう家にないよね?」
「そうですね、照明器具がありますので、誰かにお譲りするとレオネット様が仰ってました」
ロウソク代を節約しようとしたのに、まさかのロウソクが必要な物を私が作り出そうとしているなんて、あまり意味がなくなって来たのかもしれない。
それはさておき、数日が過ぎてリュンレルテのお屋敷にやってきた。
「さぁメルディーラ、たくさんお食べ」
前にも出されたものすごく甘くて、ぷるんとした食べ物が用意された。それをたくさん口に運び込み、頬が落ちそうになるため、手を添えていた。
「メルディーラは本当に美味しく食べてくれるのね」
「これが美味しすぎるのが悪いわ……」
そうだ、これが悪いんだ。こんなにも甘くて柔らかくて美味しい食べ物を作り出すのが悪い。この上にたくさん果物を乗せればもっと美味しいかもしれない。
「メルディーラ、最近の調子はいかが?」
「そうね、王都で追放されたカリスティーという元貴族を引き取り、占い派閥に関わらせるという計画があるわ」
「追放された貴族? もしかして扉の隣に立っている……」
リュンレルテは、自室の扉へ目を向けた。その隣にはカリスティーとレオネット、そしてリュンレルテの従者たちが並んでいる。
「ええ、あの人よ」
「ダメですわ、きっと前聖女様に関係するお話なのでしょう? 危険ですわ」
「もう皆から許可は出てるわよ」
リュンレルテには悪いけれど、もう領主やブリジストからは許可は出ている。それでも、彼女は全然納得していない様子だった。
「メルディーラはズルいわ。わたくしに何も相談しないもの」
「ごめんね、リュンレルテ」
申し訳ないことをしたけれど、これでもリュンレルテと一緒に王都へ行けるのは嬉しいと思っているし、安心している。
塗り薬が完成したら、リュンレルテにも分けてあげようかな、手荒れはしそうにないけれど。
「あ、そうそう、ロウソクはどこに売ってるかしら」
「ロウソク……? また魔石研究とやらに使うの?」
「もちろん」
魔石研究の何がいいんだろう、と言わんばかりの苦笑を浮かべ、リュンレルテは思い出すように目を天井に向けた。
思えば、リュンレルテのお屋敷にはロウソクはなくなって、代わりに照明器具がたくさん使われていた。もうここまで浸透しているのが、とても嬉しかったりしている。
「蜜蝋なら、まだ倉庫にあったと思うわ」
「一本いくらかしら」
「蜜蝋はもう使わないし、照明器具の普及でロウソク自体値下がりしているわ、お金を取るほどでもなくてよ」
まさかロウソクが値下がりしているとは。
私が照明器具を作ったからだろうか、でもその時はロウソクが高かったのもあったけれど、市場価値など意味不明すぎる。
「ありがとう、リュンレルテ」
「どういたしまして、メルディーラ」
そして、手を振るリュンレルテに見送られ、自分のお家へと帰ってきた。早速、研究へというところで、レオネットに首根っこを掴まれた。
「メルディーラお嬢様、お風呂に入りますよ。その後は少々運動を」
「運動なんてする必要あるかしら」
「メルディーラお嬢様、最近魔法訓練に呼ばれていません。そして、甘い物を食べすぎです。このままだと不健康になってしまいます」
直接太るよなんて言えないため、遠回しにそう言われる。確かに、今のまま魔法訓練もなくて研究ばかりに打ち込んでいると、いずれ太ってしまいそうだ。
レオネットにゆっくり頷き、もう少し運動すると決めた。別に太ってはいないけれど、子供らしく頬がぷっくりしているのは仕方がない。
「レオネット、なぜわたくしは甘いものが好きなのかしら」
お風呂で優しく頭を洗われているとき、レオネットにそう質問をしてみた。彼女もなぜこんなに甘いものが好きなのか、というのは気にしていたらしいけれど、実際のところよく分からなかったそうだ。
「子供だから、と結論付けた方が早いです」
「わたくしってまだ五歳よね、早く大人になりたいなー」
バシャーと流れる水の音を聞いて、少し心が和んでいる。お風呂から上がると、早速運動が始まった。
特に、座って立つを繰り返す謎の運動が、足に一番来る。痛い。三回繰り返しただけで、もう立てなくなってしまった。
「メルディーラお嬢様、体力が本当にありませんね、淑女教育にこのメニューを追加した方がよろしいでしょう」
「な!?」
(なんなのよ! 甘い物なんてもう食べない!)
心はそう叫んでいるが、それでも、座っては立つ謎の運動を続けさせられた。




