54 油は油よ?
そして翌日。
塗り薬を作るため、カリーレとマミーユには「今日は一人でいいわ」と伝えた。二人は何だか寂しそうな顔をしていたが、これは皆のための贈り物なのだから、見せるわけにもいかない。
研究室の扉をくぐり、思えば、生まれて初めて自分で扉を閉めた。何となく悪いことをしている気がして、レオネットに「淑女たるもの……」と怒られそうだ。
「さ! さっそくやるわ!」
クルッと回れ右をした後、昨日の散らかったままの机を眺め、椅子を台にして立ち上がった。
こうして見ると、結構高い。机の上にある物が、重ならずに全て見ることができるなんて、背の高い皆が羨ましい。私は欲しいものを見つけるのに一苦労だというのに。
「今は身長なんて気にしてられないわね」
そんなある意味高望みはやめて、さっそくすり潰すための料理道具を持ってきた。全て鉄でできているなんて、さすがレリアナートだ。
朝食をとっているとき、レリアナートに借りてきたすり鉢を使って、昨日砕いた光魔石を入れ、すり棒でさらにすり潰していく。
「思ったよりも全然潰せないわよ、これ」
力加減が必要なのだろうか。所々すり潰せてはいるけれど、なかなか均一にサラサラな粉状になってくれない。
体重を少し乗せながら掻き混ぜると、ようやく均一になっていくが、体重を乗せてすり続けていると、次第に腕が痺れてきた。
かといって、腕の力だけでは全く歯が立たないのだが。
ピンッと思いつき、私は扉をガバッと開けて走り出した。カリーレが洗濯物を干している所へ私が駆け寄り、息を切らしながら言った。
「カリーレ! 手伝ってちょうだい」
「え、えっと……かしこまりました」
洗濯物はマミーユに任せ、また廊下を走り出した。途中でレオネットとすれ違い「淑女たるもの廊下を……待ちなさい」と言っていた。
もちろん無視してカリーレと一緒に走ったが、彼女の顔は何だか浮かない表情を見せている。
「お嬢様、一体何をお手伝いすればよろしいですか?」
「これをすり潰してちょうだい」
「わ、わかりました……」
ぎこちない返事を返し、ザラザラと音を立てながらすり棒を回して行く。中をのぞき込むと、綺麗なサラサラな粉になっていき、ちょっと照明器具の光を反射して綺麗だった。
「お嬢様、私がここにいて大丈夫ですか?」
「結局独りじゃできないから、マミーユも呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
私から今日は一人でやると伝えたけれど、結局のところいつもの三人が、この研究室に集まった。朝言った私の言葉が意味をなさなかった。あまり時間なんて経っていないのに。
「さぁ、このサラサラ光魔石をもう一回水で混ぜるわ」
「これを使ってください」
この研究室にはスポイトという物があるそうだ。上部のゴムを親指で押し潰しながら、先端を水に浸し、親指を離すと水が中に入るらしい。
そんな楽しそうな物があるとは知らずに、私はここを使っていたなんて。もったいない。
「スポイトって、水以外のものも吸収するのかしら」
「吸えますよ、あまりやらないですが」
カリーレは多分油を吸っていたと思う。何となくだが、昔の彼女ならやっていそうな予感がする。
「お嬢様、粉魔石に水を数滴かけた後、どうするのですか?」
「何となく混ぜればいいじゃない」
「なら、分量などは私が書き留めておきます」
「お願いするわ、マミーユ」
小さくお辞儀をしたマミーユは、紙とペンを用意し、粉魔石を真面目に見つめだした。
私もそれに釣られ、スポイトから水を垂らして観察する事にした。が、特になんの変化もなく時間だけが過ぎていった。
「これじゃダメね、逆に足してみるわ」
カリーレは私の行動を見守り、マミーユはペンを走らせる腕が止まらずに書き綴っている。
それに負けじと水を垂らしては観察する、という作業を繰り返し、五十滴ぐらい垂らしたあとはさすがに意味がないと思いやめた。
五滴辺りから意味が無いかもしれないとは思っていたけれど。
「これはダメね」
「お嬢様は、まず何を作りたいのですか?」
「カリーレ、本当は言いたくないけれど、肌に塗るようにしたいわ」
「なら油ですね、後は蝋燭などでしょうか」
まさかここでロウソクが必要になるとは。あの照明器具はロウソク節約生活のために開発したものだと言うのに、ここでまさかのロウソクなのだ。
だが、お金を惜しんでいる暇はない。一刻も早く作り上げた後に贈らなければ。その間に皆の手荒れが酷くなっていくかもしれない。
「厨房へ行くわよ」
「かしこまりました」
私は二人を連れて、厨房まで歩き始めた。実際にはカリーレとマミーユが前にいて、私は後ろにいるので、連れて行かれているの方が正しい気もするけれど。
「ところでお嬢様は、美意識が芽生えたのですか?」
「マミーユ、わたくしは美より魔石の原石が欲しいわ」
「じゃあ、塗るためのあれは、何のために?」
しまった。マミーユの尋問が始まってしまった。
今ここで知られてしまっては、皆の驚く顔が見られない。薄い反応される方が嫌なのだ。
「やっぱり、美意識のためよ」
「やっぱり……?」
(マミーユ! 鋭いよ!)
何か言うとすぐに指摘されている気持ちになる。これはいわゆる尋問というものだ。何とかして話題を逸らさなくてはいけない。
頭の中をフル回転して、厨房の近くまでやってきたところで、ピピンっと思いついた。
「ほら、レリアナートって包丁を扱うじゃない。指にでも怪我とかしてしまっては、美味しい料理が止まってしまうでしょう? そのためのお薬を作っているのよ」
「なるほど、つまり皆に内緒にしていたのは、レリアナートへの贈り物だったからなんですね」
「カリーレの言う通り、そうなのよ!」
上手く回避できたことに、内心大喜びした後、厨房の中へと入っていった。
「レリアナート……とカリスティーもいたのね」
「はい、レオネット様からの教育が早く終わりましたので、レリアナート様のお手伝いをしていました」
カリスティーは自分で仕事を探しては働いてくれているらしい。それでは体が壊れてしまうかもしれない。
「カリスティー、あまり無理するものではないよ」
「分かっています、カリーレ様。ですがこれは私の選択ですので」
先輩としてカリスティーを気遣うカリーレは、何だか格好よかった。
その話はここで終わり、カリスティーは次に途中だった洗濯物を干しに庭へ向かっていった。
「さすがに下働きの事ばかりでかわいそうね」
「お嬢様、確かにかわいそうですけど、ここのお屋敷では新人の立場は弱いのですよ」
「カリーレ様の言う通りです、今では私が先輩になれました」
このお屋敷ではそんな決まり事があるとは思っていなかった。カリスティーの塗り薬はちょっと多めにしておこう、と心に決めた。
「レリアナート、油をちょうだい」
「おや、料理でしょうか?」
「違うわ、魔石研究に使うのよ」
「そうですねぇ……動物油か植物油、どちらの方がよろしいでしょうか?」
「油は油よ?」
何言ってるのかわからずに首を傾げながらそう伝えるが、レリアナートも一緒に首を傾げる。しばらく二人で見つめ合ったあと、カリーレが横から入ってくる。
「油にはたくさんの種類があります。片っ端から調べるしかありませんよ」
「完成が近づいたと思ったのに」
「分かりますよ、研究とはそういうものですから」
カリーレの言うことはごもっともであり、重々承知している。できるなら早く作ってあげたかったけれど。
「わたくしの研究魂が燃え上がるわ!」
「鎮火しますね、お嬢様」
マミーユに優しく肩を掴まれながら、そう言われた。




