53 美より原石
席を立ち、まるで先程の失態を隠すかのように笑顔を作る。
「わたくしは優雅な令嬢よ」
「もう遅い」
ブリジストに一言返され、私は小さく「うぅ……」と呻いた。
そして、ここに残ったのはベリルと私たちだけとなり、馬車まで送っていってくれるそうだ。
廊下を無言の時間でひたすら歩き、馬車の前までやってきた。
私の身長が低いのもあって、馬車の上にちょうど太陽が乗ってるように見えた。
「凄いわ、見てちょうだい。馬車の上に橙色に輝く太陽が乗っているわよ」
「そのようには見えません、早く帰りましょう」
レオネットの身長からでは見えないのだ。もう少し屈んでくれたっていいと思う。
次に領主の館へ来るとしたら、ヤーネットとのお茶会をしたい。未だに二人でお話もお茶もしていないのが、ちょっとした心残りだ。
「馬車ってこんなに大きかったかしら」
「ブリジスト様からの贈り物です。王都へ行く時もこの馬車を使いなさい、と」
やけに手回しがいいけれど、これは正直ありがたいと思う。素朴な馬車で来ていたが、今や黄色で塗られた外壁に、装飾品がたくさん並べられている。
次に会った時に、お礼をしなくては。
「マミーユとカリーレたちが家で待っているわ、早く帰るわよ」
「先程も私が申し上げていました」
レオネットのお小言は無視して、手を差しのべる。お小言が終わったレオネットとカリスティーは私の手にソッと手を添えて、馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られながら、綺麗な内装とふかふかな椅子を堪能している。とても心地よくて、眠たくなってくる馬車だった。
「メルディーラお嬢様。寝てはいけませんよ、馬車で寝てしまえば、奇襲に備えることができません」
「そんなの……」
そこで私の意識は飛んでいってしまった。
私はすぐに起こされ、窓の外を見ると自分のお屋敷に着いていた。
家に入ると、カリーレとマミーユが玄関で待っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
二人の声が揃い、カリーレとマミーユは気まずそうに顔を背けあっていた。侍女なのだから揃ってもいいと思うけれど、本人たちは意図して揃えていないせいで恥ずかしいのかもしれない。
「お勤めご苦労様。早く魔石研究をするわよ」
「メルディーラ様、先程の眠気はどこに行かれたのですか」
「旅に出たのよ、長い長い旅へ! さぁ、続きをするわよ」
自分の家に帰ってきたのだから、魔石研究は絶対やらなくてはならないのだ。というよりも、私がやりたいだけなのだけれど、眠気が旅したのは仕方ない。
早速、研究服に着替え、カリーレとマミーユと一緒に魔石の加工や、マレリルズから請け負っている内職を進めながら、研究に明け暮れる。
「お嬢様、お夕食の時は必ずお伝えしますからね」
「大丈夫よ、マミーユ。わたくしは時間を守れる令嬢なのよ」
「それは約束での話ですよ、お嬢様は約束以外のことは研究ばかりですから」
マミーユもお小言が増えた気がする。ぷいっと顔を逸らし、自分の目の前にある魔石に全力集中することにした。
冷却魔道具だが、魔力核と魔力増幅魔石を入れる長細い筒みたいなのは、今日届いたそうだ。それを早速試すため、長い棒の形にした二つを木の板の上に置いて実験を始める。
魔力増幅魔石を魔力核にくっつくほどに近づけ、水と風の糸魔石を置いてみると、爆発するかのように一気に霧が吹き出てきた。
「うわわわ!」
驚きのあまり、変な声を上げながら、霧に負けずにじっと見つめてみる。
急速に属性のついた魔石は溶けていき、早く交換しないといけない、という問題が発生した。さらに、魔力核を抜かなければ止められないことも問題だ。
威力の強い霧がたくさん出てきたことから、周りの人や物は水滴でべっしょり。
問題だらけの魔道具だが、これでも本当に寒いぐらいに涼しい。
もしかすると、温水魔道具よりも一番完成に近いところにいるのかもしれない。
「あとの問題は木の板の上でしか、やっていないせいで四方八方に吹き出るから、出口が一つになるように何かで仕切りを作らないといけないわね」
「そうですね、後は強弱の調整ぐらいでしょうか」
「その通りねカリーレ。貴方が一番濡れてるけれど」
「名誉の負傷でしょうか」
(何言ってるんだ)
カリーレの意味のわからないことは放っておき、冷却魔道具はもうほぼ完成に近いので、後はカリーレに任せることにした。
次に作りたいものといえば、手荒れを防ぐ薬関係に手を出してみたいと思っていた。
カリーレやマミーユ、そしてレオネットとレリアナート。カリスティーもこれから手荒れがするかもしれないし、特に冬になれば、手荒れ祭りの始まりだ。
そのため、絶対何とかしなくてはいけない気がする。
「カリーレ、光の魔石をちょうだい」
「かしこまりました」
目の前にコトンと音を立てながら光の魔石を置かれ、じっくり観察した。
「光の魔石は爆発するとどうなるのかしら」
ものすごい勢いで、カリーレとマミーユがバッと私を見つめる。いかにも「今やる気ですか?」と言いたそうにしているけれど、そんなことする訳がない。
ほんのちょっとだけ思ったけれど、口が滑っただけでやるつもりはない。多分きっと。
「やらないわよ、そんなに心配しないで」
「さ、さすがにそうですよね……」
(カリーレ、まだ疑う目が終わってないよ)
何はともあれ、魔石を削って、小さくした後にもっと小さくするために、鉄の剣の刃ではなく、平らな腹の部分を使って、さらにすり潰していく。
剣は持とうとしても、持ち上がらなかったので、カリーレにやって貰っている。
「お嬢様、一体何をするつもりでしょう? 飲み薬ですか?」
「内緒よ」
内心警戒しているカリーレには悪いけれど、私からみんなへこ贈り物にしたいのだ。早くても冬始まりには贈りたいが、遅くても王都へ行く前に渡しておきたい。
「お嬢様は内緒の魔道具をお作りになるのですね、何ができるのか楽しみです」
「ええ、マミーユも見守っててちょうだい」
ふふふ、と笑うマミーユに私も笑顔で返し、早速細かくなった光魔石を触ったりちょっと魔力を流してみたりする。
これだけやっていても、大小と粉があり、さすがに手荒れの指には不向きだった。
私の想像する薬には、直接塗れたりできる物を考えている。直にやれば治るのが早そうという安直な考えだが。
水と混ぜたり、水の粉魔石と組み合わせて混ぜてみたりしたが、納得のいく物ができずに夕食の時間となってしまった。
「ご飯の時間が早いわね、ほんのもうちょっとだけやれないかしら」
「よろしくありませんよ。お食事を抜くとお肌に深刻なダメージが……」
マミーユは自分の肌が気になっている様子だ。ならば、今私が研究せねばならない気がする。
「いつも思うのよ、途中でやめなくてはいけない時に完成する可能性があるのでは、と」
「研究熱心なのはいいですが、淑女らしく美を求めてはいかがですか?」
「カリーレ、わたくしは美よりも魔石の原石よ」
二人は苦笑しながら、見つめ合った。




