52 前聖女 2
「カリスティーを餌に占い派閥を炙りだします」
私の口からそんな言葉が出た。皆も私の心の中と一緒に驚きを隠せないでいる。
(それは嫌!)
叫んでみるが、完全に閉ざされているように上手く喋れない。心の中で叫ぶのがやっとだった。
「どういう意味だ。聖女よ」
領主は怒りを露わにし、眉間に深い皺を刻みながら、私を見つめる。あまり納得のいっていないようだ。
「情報を整理しました。占い派閥がどのような人達なのか、未だわかっていないと推測しました。なので、全員をカリスティーという餌で誘き出し、その後首を刎ねます」
「メルディーラお嬢様……?」
後ろからレオネットの困惑した声が飛んでくる。あまりにも口にする言葉がいつもと違うせいで、周りの人達は息を呑んだ。
これが本来の私だったのだろうか。この力に乗り込まれたとして、それが私なのか、違う人になるのか。全くわからなかった。
「それで、どうやって餌にするんだ?」
ブリジストは聖女状態の私に声をかける。私は彼へ目を向け、その顔を見つめた。
誰かが喉を鳴らす音を響かせた。
「カリスティーを聖女宮殿に堂々と配置し、顔も立場も割れているため、相手からから接触することは明白。ならば、接触後に情報収集と魔族の血が入った瓶を回収。終えれば、ブリジストに渡すといった流れを予想しました」
「今そこには、メルディーラの意思はあるのか?」
「ありません」
安堵の息を吐き、ずっと立ったままだったブリジストが椅子にストンと座り込む。もし聖女の力に、私の意思が乗るとどうなるのか、知りたくないけれど、実験しなくてはいけない気がする。
「もういい。メルディーラ、戻って来れるのか? そもそも聞こえているのか?」
私は聞こえている。だが聖女の力を制御することができなかった。
必死に身体中の身体強化を解こうとして、中心に魔力を集め続けていたが、なぜか集めても集めても湧き上がる聖女の魔力に、私は焦りを感じた。
「メルディーラ? 早く戻ってきなさい」
分かっている。けれど戻れない。
おそらくだが、まだ命令が完遂していないからだと思う。ここでの完遂は占い派閥の炙り出しと魔族の血の瓶を手に入れることだろう。
「メルディーラお嬢様。戻ってくださいませ」
レオネットが私の横で跪き、私の手をギュッと握りこんだ。
私も反射的に手を回し、レオネットの手を握り返す。体にはまだ意識が残っている。ならば、できる。
体中に満ちた聖女の魔力を、まるでお風呂で汚れを落とすように洗い流し、胸の奥にある中心に集め始めた。
その甲斐あってか、徐々に満たされていた魔力が薄くなり、いつもの私に戻っていった。
「レオネット、心配をかけたわね」
「全くですよ」
小さくそう呟かれ、再び三人を見つめる。三人もヒヤヒヤと私たちの様子を伺っていたのが分かるほど、少し手が震えていた。
「こういう結論になったわ……」
「もっと自分を大事にしなさい。君が君でなくなるのかと気が気でなかった」
「それは申し訳ありません」
ブリジストに叱られ、続けて他二人にも叱られた。帰ればきっとレオネットにも叱られると思う。
「それで、カリスティーの処遇についてこれでいいかしら」
「好きにすればいい。断ればまた聖女の力を使いかねない」
断られたら、また聖女の力をほんのちょっとだけ使おうかと思っていたけれど、流石に私でももう一度使う勇気がなかった。
また同じことが起きたとしたら、その時はどんなことをするのか全くわからない。
「もう、やらないわ」
いつの間にか用意されていた、お茶には小さな泡が一つ浮かんでいる。それを見つめるとすぐに割れ、小さな波紋が広がった。
カリスティーはこれで良かったのだろうか、私の口から出された処遇だが、納得しているのだろうか。それを確認するため、私は振り返りカリスティーを見つめた。
彼女は小さな笑顔を作り、私に微笑みながら言った。
「私は何も問題ありませんよ、元より潜入するつもりですから」
「わたくしは潜入ではなく、餌だと貴方に言っていたわ。聖女の力とはいえ、制御しきれなかった」
「はい、存じております。先程の話を聞いていれば、メルディーラ様ではないことは分かります」
ずっと笑顔を絶やさずにそう告げられるが、私はどうも納得がいかなかった。囮や餌など、そんな危険な目にあって欲しくなかった。
なのに、それが最善策で最も手っ取り早い解決方法というのが、一番気に食わない。
「ブリジスト様、なぜわたくしは戻るのに苦労したのかしら」
「なんだと? 制御が容易いのではないのか?」
「いつもならば、すぐに戻れたの。けれど今回のは違ったわ」
「どんな風に?」
「心の奥に閉じ込められるような、わたくしの体なのに違う人に乗り移ったかのような、言葉にするのが難しい」
自分の中での推測はある。けれど、ブリジストもどんな感じで映っていたのかも知りたい。何か制御のコツなどがあるかもしれない。
「分からない。だが、目的を果たすまでは聖女状態なのかもしれん」
やはり同じ考え方だった。領主もサイベルもそう思うと言って、ブリジストに肯定した。
「そう、でも今考えても仕方ないわね!」
「は?」
そうだ、今考えても何も分からないことだらけで、推測ばかりが飛び交ってしまっても意味がない。ならば、後は時間が解決してくれるはずなのだ。
ブリジストは怒り混じりの短い言葉を発した。
「は? ってなによ。今考えたって仕方ないじゃない」
「君はバカなのか? また同じように聖女の力を使って、君自身が戻ってこなかったら困るんだ。それを対策しようと皆で考える所だった。意味が分かるか?」
「分かるわよ! でも、憶測ばかりで確かな原因が見つかっていない今じゃ、解決なんて見つからないわよ」
ブリジストと私は互いに睨み合い、いつもの口喧嘩に戻ってしまった。サイベルは「またか……」と呟き、領主は小さく笑っていた。
それが何となく、一年後にはこの四人で机を囲むことはできなくなることを表している気がした。
一通り喧嘩した後、クッキーが用意された。それに目が眩み、無我夢中でむしゃむしゃと食べていた。
「メルディーラお嬢様。自分のお皿に移して食べてください」
「いいひゃないの」
「メルディーラお嬢様……」
「子供は皆甘いものが好きだからな、どんどん食べるといい」
「サイベルはわかっているわね」
サイベルを褒めたあと、レオネットとブリジストは揃って深いため息を吐いた。
ブリジストだけ「感情とは厄介な」と呟いているのは私は聞き逃さなかった。
「あら、ブリジスト様にも感情があるじゃない。ほら、クッキーを食べてみなさい?」
「私は甘い物はあまり好まない。それで領主、あとの処遇はどうする」
私を聞き流したブリジストに、心の中で大きく「べーっ!」と舌を出して、領主の言葉を待った。
「ふむ、カリスティーは聖女の言った通りでよかろう。それで過去のことは知っていると先に公表すればいいのでは?」
「それがよかろう。それから、聖女の力を使って記憶の中を覗いたとレオネットから報告を受けている。潔白である可能性は十分に高いと言える」
「そんなことも報告していたのね」
私に隠れてコソコソしてるなんて、レオネットはどっちの味方なのか分からなくなる。でも、それがレオネットのお仕事なのだから仕方ない、と同時にそう思う。
「後の事は聖女に任せる。メルディーラ、くれぐれも飲み込まれるな、良いな?」
「ブリジスト様はまるで父みたいよ、わかっているわ」
「こんな娘を持ってしまったら、さっさと王城へ送り届けたいところだがな」
(一言余計だよ、この人!)
こんな娘を持ったお父様やお母様はどんな気持ちなんだろうか、もし直接聞けるなら、そう問いかけてみたい。
「さぁ! 家に帰って王都でも使える魔石道具の開発よ!」
「メルディーラお嬢様、まだ皆様がいらっしゃいます」
「おっとっと」




