51 前聖女
「どこから話したものか……」
ブリジストからそんな言葉が呟かれる。サイベルは「前聖女の話から始めましょう」と彼に伝える。
「そうだな。よく聞け、前聖女であるメルセディアはサイベルの娘だった」
それに驚き、サイベルを見つめた。彼は一つ頷き、真実だと肯定する。
「サイベルは親バカだったため、五歳で急に笑いも怒りもしない娘に愛情を注いだ」
「あの時は、まるで人形のようだった。できることなら、五歳になる前のあの子に戻って欲しいとも思っていました」
五歳になったある日の朝。メルセディアは光を失った瞳をしたまま喋らなくなったそうだ。それに、命令形でしか反応せず、言葉を喋るよう命令しても「承知致しました」としか喋らなかったそうだ。
それがものすごくかわいそうで、聞いているだけでも心が痛む話だった。
「それでもサイベルはずっと話しかけ、抱き上げ、頭を撫でた。六歳になりしばらくした日、お父様と言ったそうだ」
「はい、娘のために色々試しました。魔力核を大量に用意し、聖女の力を消そうと努力しました。その甲斐あってか、瞳に色がついたような気がしたのです」
「それは魔力のせいで感情を失ったということ?」
「そういうことになる」
ブリジストもサイベルに頼み込まれて、たくさんの支援をしたそうだ。本心では、魔力を抜けばどうなるのかという研究者としての興味もあったのかもしれないけれど、それでもサイベルにとっては救世主でしかなかったと思う。
「でも、魔力はご飯や睡眠でも回復すると思うのですが……」
「重要なのはそこなのだ。君は魔力を身体中に行き届かせたことはあるか?」
ブリジストに指をさされ、そう問われる。その問いには何となく自覚していた。身体強化を使えば、私の顔は無表情になっていたのを、カリスティーの瞳に映る私を確認している。
それを思い出し、こくりと頷いた。
「やはりか。おそらく魔力操作もままならない五歳が急に大量の魔力を持つと、制御しきれず常に身体強化されている状態だ。前聖女も力加減がわからず、扉をたくさん壊していた」
「その話では、わたくしは五歳になる前から魔力操作ができていたことになるの?」
私は喋りながら振り返り、私の後ろに立っていたレオネットに問いかけた。彼女は一言も喋らず、ゆっくりと頭を横に振る。
「君は異常だ。二年ほど前に魔力に関する使用年齢制限がなくなった。なんなら王族はできるだけ若いうちに使用を推奨している」
考えれば考える程、困惑してくる。魔力操作を扱えれば魔力を制御できるのは実体験でよくわかる。
けれど、私はやらなかった。というより、私の性格上はめんどうくさいからやらなかったはずだ。
「前聖女は魔力制御ができかけていた。と?」
「ああ、何を引き金に制御しかけていたのか分からない。だが、実際に観察すれば魔力を中心に集めていた」
「サイベルはそれを教えたとかは?」
「私は娘に魔力操作を教えたことは一度もない。実験動物のように扱う気がして、やりたくなかった」
その気持ちはわかるかもしれない。
その後の話ではブリジストは魔力を中心に全て集めろと命令したそうだ。だけれど、メルセディアはそれを拒否したそうだ。
「なぜ……?」
「分からないが、人類のためにいつでも使えるようにするのが聖女の勤めと言っていた」
それだとただの国の兵器みたいでなんだか嫌だ。聖女の力に振り回された女の子は、元々元気でよく庭で走って遊んでいた子だ。
聖女の力を持ってしまったばかりに、感情は失われ、楽しかった記憶すらも全て消えてしまった。
(なんて残酷な……)
私も同じ年齢で、記憶を失う恐怖は知っている。また失うんじゃないか、と。
私はあくまで仮説を立てた。実は感情はあったけれど、聖女の力によって無くなっているように見えているのでは、と。
「それで、王都に行ったメルセディアはどうなったの?」
「王都にいる魔族から逐一報告を受けていた。罪人の処刑を頼んだそうだ。メルセディアはそれを拒否し、牢屋に入れて反省させたいと言ったそうだ」
聖女が自分の意思で牢屋に入れたい、と言った時のほかの貴族たちは偽物の聖女なのでは、と囁かれるようになった。それで、そこで現れたのが占い派閥。
「占い派閥は前聖女が本物であると証明するため、聖女宮殿に入り込み、聖女に魔族の血を飲ませた」
「あれ、わたくしが聞いたのは自ら飲んだ、と」
「なんだその情報は。どこから聞いてきたんだ?」
その問いに私はまた後ろを振り返り、今度はカリスティーを見つめる。目が合いそうになり、すぐにブリジストの方へ顔を向けた。
「そうか、それが追放された貴族なんだな」
「ええ、彼女は使えると思うわ」
「ダメだ。それよりも、自ら飲んだというのはなんだ? そこの侍女、答えなさい」
彼の鋭い目に、カリスティーは息を呑む音を響かせた。恐る恐る口を開き、震える声で事の顛末を話し始める。
「ま、まず、私の両親は千年後の道標になって欲しいと懇願したそうです。すると、迷いもなくそうすると決めて飲んだと聞いています」
「デタラメだ。本来、魔族の血は飲めば誰であろうと死ぬ。魔力が魔族並みにないといけないんだ。それで分かっていながら飲むと思うか?」
「直接見たわけではないため、詳細は分かりかねます。ですが、魔族の血が入った瓶は聖女様の魔力でなければ開けられない魔術陣が組み込まれていました」
ブリジストの眉間にはくっきりと皺ができあがっている。信じられないと言いたげに、カリスティーを睨み続けるが、カリスティーはそれでも引くことはなかった。
「メルディーラ、カリスティーはいずれ君を害する存在だ。傍から離せ」
「できません。占い派閥に潜入させるつもりなのです」
「それはやめておいた方が良かろう」
そこで領主が茶器を置き、私にそう言った。いくら領主であっても絶対に手放すつもりはないので、私は反論する余地を探し続けた。
「わたくしには信頼できる人が少ないです。貴族でも平民でも、使えるものは使わなければ」
「だがメルディーラ。カリスティーの顔は既に王都中に知れ渡っているのに、どうする?」
変わらず無表情にそう問われ、私はどうするか考えていた。
私が知らずに雇った事になると、誰かが私にカリスティーの過去を告げ口する者が出るかもしれない。
そうなった場合、私は外聞のために彼女を解雇せざを得ない。知っていると言っても、偽物と言われるかもしれない。どう言っても八方塞がりだ。
そこで私は閃いた。身体中に魔力を満たし、この場で身体強化をしてみる。
「メルディーラ!? よせ! 感情を失うかもしれない!」
ブリジストは声を荒らげ、私を制止しようとする。けれど、こうなった私は誰にも止められない。
笑顔を保つために頬を少しあげていたが、その力が失われていく感覚が伝わってくる。やがて、完全に表情も瞳の色も失った頃に、サイベルは呟いた。
「め、メルセディア……」
彼の目には涙が溜まり、今にも零れそうになっている。お気の毒だけれど、貴方の娘ではないの。もしかすれば、魔力に閉じ込められているかもしれないけれど。
「カリスティーの処遇について、考えます」
「メルディーラ、なのか?」
私は喋らなかった。ただひたすらカリスティーの未来を考え、王都での動きを頭の中で構築している。毎回このように脳みその中を勝手に動かされているようで、少し気持ち悪くなる。
「確認できました」
考えを終え、大人三人を一人ひとり順番に見つめた。




