5 小さい大切な約束
お茶をのみ終わったあとは、自室に戻ることになった。自室では、カリーレとマミーユが待っており、カリーレは「一人にしてしまい、申し訳ありません」と、頭を下げてきたが、別に問題はない。今の私はお茶が飲めてすこぶる元気なのだ。
「問題ないですわ、それより、勉強しようと思うの。昼食の時間になったら呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
カリーレの謝罪を受け入れ、レオネットと一緒に図書室へ本を取りに行った。ここにいるのはマミーユと私だけとなった。
「お嬢様、勉強机へどうぞ」
マミーユに椅子を引かれ、座らせてもらう。ちょうどいい高さの小さい机だが、周りから見たら小さいんだろう。早く大きくなりたいと思う。
「ねぇ、マミーユは魔術を使えるのかしら?」
その疑問にマミーユは首を横に振り、言葉を探していた。そして、やっと捻り出した言葉を吐き出す。
「私は平民なので、魔力はものすごく小さいものです。ロウソク程度の炎とかでしたら、できますが」
なんと、マミーユは平民らしいのだ。だけど、平民と貴族の違いがいまいちよく分からない。平民の街にでも行ってみようかな。
「平民だと魔力が少ないの? 多い人はいるの? 平民の街はどんな感じなのですの?」
好奇心が抑えられず、質問攻めにあったマミーユだが、ひとつひとつ教えてくれる優しいマミーユ。
「平民でも特別魔力の多い方はいらっしゃいます。その方たちは貴族になるか、平民街を守る平民騎士になるか、冒険家業を生業にするかは自由なのですよ」
平民は自由だそうだ。私は中継ぎ当主なんて役目があると言うのに、平民たちは自由に生きると言う。(ちょっとズルいです……)と、心の中だけに閉まっておいた。
「では、平民の街に行ってみたいです」
その言葉を聞いたマミーユが、神妙な顔になり、「それは許されません」と、言葉を返した。絶対ダメなのだろうか。
「どうして? わたくしは平民の暮らしを見たいのよ?」
「それはいけません。平民と貴族様には大きな壁があるのです。」
「壁? 見当たらないですわよ」
私は窓の外へ目を向けて、壁を探す。多分そういう意味じゃないんだろう。壁が見当たらない。
「そうではありません。格差があるので、平民は貴族に逆らえないので……」
平民と貴族には根本的に立場が違う。貴族たちは、平民の手を借りずとも、生きていけるのだから、平民は勝手に住み着いている虫だと思ってる人が大勢いるそうだ。少なくとも、マミーユを見ていて虫だなんて思ったことはない。マミーユはほわほわしてて優しいし。
「マミーユは断れなくてわたくしの従者になったのですか?」
マミーユは目を見開き、「それは違います!」と、声を震わせた。そして私にもわかるようにちゃんと説明をしてくれる。
「私は平民街の貧乏街にいた頃、レオネット様に買われたのです。今はこの生活が大好きですよ」
そういうマミーユは穏やかな笑顔だった。ここにいることは嫌なことではないそうだ。なんだか、マミーユのことを少しわかった気がする。彼女が自分の意見をはっきり言わず、カリーレとレオネットの後ろにいることも、平民育ちだからなのだろうと思った。
「ならわたくしも安心ですね、平民街は行ってみたいですけど」
「ダメです。お嬢様が貴族だと知られれば誘拐や事件に巻き込まれることは確実だと思います」
誘拐……。さすがに大袈裟だと思う。そんなこと、本当にあるのだろうか。平民にそんな魔力はない。でも、大勢で来られたら、さすがに勝ち目は私一人じゃ無いのでしょう。
「マミーユは平民街に戻りたいと思うことはあるのかしら」
「私は戻りたくありませんし、行きたいと思いません。メルディーラお嬢様にお仕えする事が私の名誉なのです」
マミーユは真剣な顔でそう伝えてくれる。ちょっと私の体温が上がり、嬉しさと恥ずかしさで顔を赤く染めているのは、今の自分でもわかる。
(恥ずかしいけど、嬉しい)
そんな様子を見たマミーユもちょっと赤くなり「今のは忘れてください」と、顔を逸らした。そして沈黙がここの空気を重くした。
(き、気まずいです……なにか話題を……)
先程飲んだお茶のことを思い出した。マミーユはレオネットの淹れるお茶より美味しかった。ひょっとしたらと思い、この気まずい空気を無くしたかのように口を開く。
「マミーユはお茶が好きなのかしら?」
「はい、大好きです!」
さっきの空気はなんだったのか、マミーユが元気に返事をしてくれた。
「マミーユはわたくしと同じ茶葉なのかしら? 練習も大変なのではなくて?」
「はい、練習は大変でした。ですが、お嬢様の茶葉を使うには高価なので、私のお給料で買っております。それで練習していました」
それは大変だったと思う。主の飲む茶葉と従者たちの茶葉は値段も品質も違う。なのに、あれだけ上手く淹れられるのは、才能だと思う。さすがマミーユだ。
「今度、一緒にお茶しましょうね」
私は、マミーユにそんな提案をしてみた。マミーユのために、そして、良いお茶飲み友達として。私の茶葉でマミーユにお茶してもらいたい。そうすれば、もっと美味しくできるだろう。そう考えての提案だった。すると、マミーユは明るい笑顔になり、お花が咲いたような雰囲気を出しながら小指を差し出してきた。
「これは……?」
戸惑ってしまった。これはどんなものなのか。何をすればいいのか。分からないで首を傾げていた。
「これは、約束する時に平民たちは小指を絡め合うのです。メルディーラお嬢様、約束です。一緒に幸せなお茶をいたしましょう」
暖かいその笑顔に、くすくすとふたりで笑いながら、私も指を差し出し、一緒に約束した。絶対、一緒にお茶をする。そう誓った。
ふたりで見つめあっていると、コンコンと三回ドアを叩かれる音が響いた。「どうぞ」と言うと、レオネットとどんよりしたカリーレが入ってきた。
「失礼します。図書室から戻ってくる途中、お食事ができたと報告を受けました……何かありましたか?」
私は入ってくる前に手を引っこめる顔を背けていた。今の顔を絶対にマミーユに見せたくない。恥ずかしすぎる。
マミーユもそうなのだろう。彼女も背を向け、レオネットの方へ歩いていた。
「何もありませんわ、それより、食後に勉強しますわ」
平静を取り繕い、食事の間へと移動した。その間、私はマミーユに顔を向けられない。カリーレは二人の状況が気になり、マミーユにたくさん質問していた。
(カリーレの対応を任せるね……マミーユ)
心の中で応援をしていると、食事の間に入って、食事する。終わりごろになり、お茶を飲んでいると、誰かが、従業員用のドアから入ってきた。ちょっと小太りしている、白髪おじさんがやってきた。
「メルディーラお嬢様。ご挨拶が遅れしまい申し訳ありません。レリアナートと申します」
記憶喪失のことは知っているのだろう。最初で自己紹介を始めた。
「そう、わたくし、あなたの作るご飯は好きよ」
そう言うと、嬉しそうに「大変恐縮でございます」と言って、言葉を続ける。
「メルディーラお嬢様がいなくなったことに焦っていましたが、いてくれて助かりました。厨房の件はこちらで直しておきます」
「ええ、色々割ってごめんなさいね」
レリアナートは一例をした後、ドアをくぐって出て行った。今日は色々あったし、勉強は明日にしようと思う。さすがに朝から、お披露目や魔術、迷子に大切にしたい約束が出来たので、自室で読書することにした。




