49 熱
数日が経ち、暑い夏が始まった。朝起きると汗がダラダラ流れ、早く水を浴びたい気持ちで目が覚める。
「メルディーラお嬢様。湯浴みの準備ができました」
「レオネット、お湯ではなく水がいいわ」
「ダメです。朝に水を浴びると、悪霊がつくと言います」
「そんなの迷信じゃない」
レオネットは聞く耳を持たない私にため息を吐きながら、額を押さえる。ただの迷信なのだからいいのに。
「さぁ、ベッドから降りて湯浴みを」
「……はぁい」
レオネットは仕方なさそうに私を抱き上げ、桶の前に持っていく。
「お嬢様は体調が悪いのですか?」
「いいえ、今日が暑くてボーッとしているだけよ」
「そうですか? なんだか顔色が宜しくないですよ」
マミーユは私の方へ歩み寄り、額を触った。私はレオネットに抱き上げられたまま、マミーユをボーッと見つめている。
「やっぱり、熱いですね」
私はどうやら熱を出していたようだ。確かにこの頃、書類仕事や魔石の研究で休む暇がなかった。
特に魔石の研究は早く夏に備えたかったのもある。
「わたくし、夏に熱を出していたのね」
「今は暑いですが、本格的な夏はまだまだですよ」
朝起きてものすごく暑かった理由は、私が熱を出したからだ、とレオネットは言った。そう言われればそうかもしれない。
「今日は湯浴み後にベッドで過ごしましょう」
カリーレも私の様子を確認し、私はレオネットの腕からカリーレへ抱き渡され、彼女は器用に私を抱えたまま体を拭き始める。
マミーユも拭き始める。
「いつもお嬢様は元気ですが、今日の姿を見ると、命を賭して守らなくては。という気持ちになりますね」
「マミーユの言った通り、すごく守りたくなる。お嬢様は大人しくしててください」
マミーユの言葉にカリーレが反応し、私はそれを聞いて恥ずかしくてたまらない。頑張って動こうとすれば、体が思うように動かずにカリーレから動かないでと叱られた。
湯浴みを終え、私はベッドへ優しく寝かされる。皆はおかゆや着替えの準備をするため、一度部屋から出ていった。
(暇だなぁ……)
一日中体を動かさない日などなかったせいで、今は何をすればいいのかが全くわからない。それに、やることがないせいでものすごく暇だ。
「お水が飲みたいわ……」
起きてから水を飲んでおらず、さすがに喉が渇いた。なので、私はベッドから転がるように飛び降り、自室の扉を開けた。
誰もいない静かな廊下。足音の響く音すらもなく、ただ何も無かった。
「誰かいる?」
掠れた声を張り上げてみたが、喉が痛くて大きな声は出なかった。ここまで自分が弱るなんて、想像すらしていなかった。この時の対処法も分からない。
とりあえず、廊下を壁伝いに歩き、厨房に入った。そこにはレリアナートがおり、彼は私を見つけると、早足で駆け寄ってきた。
「め、メルディーラ様!? 安静にしていないと……」
すぐさま私を抱き上げるが、私はすぐに掠れた声で「お水を……」と呟く。それを見たレリアナートは、手馴れた手つきでコップを用意し、水道で水を注いだ。その際も私はレリアナートの腕の中にいる。
「ありがと」
「いえいえ、メルディーラ様のためならば」
頭を撫でられ、私はお水をコクリコクリと飲み干した。とても美味しく感じる。
「魔石のお水は美味しいわね」
「味がするのですか? 普通の水と変わらないと思いますが」
「そうかしら、少し甘く感じるわ」
「それほど、お体が悪いということですね。ベッドまで連れて行きます。温かいおかゆを持ってきますので、大人しくしててください」
「……はぁい」
今日の私は皆の邪魔をすると思うので、流石に言うことを聞くことにした。レリアナートに抱き抱えられたまま自室のベッドに寝かされ、私はおかゆを待つことにした。
しばらくすると、私のベッドに小型の机を置かれ、枕を背もたれにして座り込む。
「マミーユを呼んできますので、そのまま待っていてください」
それに頷き、なぜマミーユを呼ぶのか気になったが、今はもうなんでもいいやとも思う。ボーッとおかゆを見つめ、ちょっとお腹が空いたので、カトラリーを持っておかゆを掬い上げる。
細かくした野菜と卵が煮込まれたおかゆがものすごく美味しそうに見え、そのまま口に入れる。
「あ、熱い!」
舌が火傷してしまった。舌が火傷するほど熱い物を食べるのは初めてだ。いつもは少し冷ましてから出されていたのだと理解した。
「失礼します。お嬢様」
「マミーユぅ……」
なんだか泣けてきた。何も上手くいかず、こんな火傷までしてしまった。マミーユの姿が滲み、自分の顔を見せたくなくて俯いた。
「お嬢様、大丈夫ですから」
こんな弱りきった私を見ても、マミーユはいつもと変わらない穏やかな顔で私を横から抱き締め、顔を胸に沈めた。
それが泣いてもいいと言ってるように見え、声を殺しながら泣いた。
「大丈夫。大丈夫」
頭を優しく撫でられ、マミーユの優しさを存分に堪能した。
泣き止むと、涙袋あたりがなんだかヒリヒリする。泣きすぎたせいだ。
「マミーユ、ごめんね」
「何も問題ありませんよ。今日は運が悪かっただけです。さぁ、おかゆを」
彼女は私を励まし、カトラリーでおかゆを掬い上げる。フーフー、と息を吹きかけたあと、私の口の前まで持ってきた。
「あーん」
言われるがままに口を開き、パクッと口の中に含むと熱さは感じなかった。むしろちょうどいい温度である。
あまりにも美味しく、おかゆが差し出されるとすぐにパクッと食べ、完食した。
「いい食べっぷりでしたよ、美味しかったですか?」
「ええ、なんだか元気になったわ!」
「それは良かったです。では寝ましょうか」
(え、あれ?)
元気になったと言ったのに、完全に私の言葉は聞き流され、ベッドに寝かされる。
「では、お嬢様。私はお仕事に行ってきますね」
「……はぁい」
返事をすると、小さくお辞儀して出ていってしまった。
食べたあとだからなのか、なんだか瞼が重たい。それに逆らうことができずに、目を瞑って眠ってしまった。
目が覚めると、外はまだ明るかった。体は十分に回復しているのがわかる。
「さぁ! 魔石研究をするわよ!」
「まずは湯浴みを」
天蓋の向こうから、急にレオネットの声がした。それにビックリして、ビクッと少し飛んでしまった。
「レオネットいたのね、まだ明るいから、魔石研究をしたいわ!」
「もう一日経ってますよ、湯浴みの後は朝食です。その後なら問題ありません」
その言葉がものすごく衝撃だった。
昨日の朝から丸一日寝ていた。
それに、あの後から何も食べていないせいでお腹もものすごく空いている。これは確かに朝食が必要だ。
今日のお仕事や研究。それらを完璧にこなすために、両手を拳に変え、一人でベッドの天井に向かって手を高く掲げて、気合を入れた。




