46 当てにならない舌
「ま、まさか直接お越しくださるとは……」
驚きの顔のまま固まってしまったマレリルズの横にボナもやってきた。彼女も驚いたまま固まってしまった。
「よろしくて? 案内してちょうだい」
我に返ったマレリルズは「どうぞ奥の方へ」と手を掲げながら案内してくれる。数人のお客さんたちからの注目の的となり、ちょっと歩きづらい。
なぜ見られるのかよく分からずに、店内の奥へと通された。私のお屋敷の応接間よりは狭く、書類関連のものが、あちらこちらと散らかっている。
「申し訳ありません。本来ならこんなに散らかっていませんが……」
「気にしな……」
「他に応接間は?」
私の言葉を遮るカリーレにちょっとムッとするが、彼女も私を思っての発言なのは理解できるので、何も言えない。
マレリルズはここより綺麗な部屋がないです、と答えるのだが、ここより散らかってる部屋とはどんな所なのかすごく気になる。
「気にしないでちょうだい。それよりも作って欲しいものがあるのよ」
「ありがたきお言葉でございます。ささ、こちらへ」
私を柔らかめの椅子に座らせ、向かいの硬めの椅子にマレリルズは腰をかける。その後ろには私のお屋敷でも同じように、ボナが立つ。
「カリーレが答えられなかったものを答えに来たの、すぐに欲しいわ」
「かしこまりました。では、設計図……よりも口頭で私にお話ください」
設計図を書いて欲しいと頼もうとしたのだろう。すぐに訂正されてしまったが、私だって設計図ぐらい描けるのだ。なんて失礼な。
鉄の厚さはとても重要である。まず第一に厚ければ厚い鉄ほど、魔力は逃げずにその場に留まる。だがそれだと重くなってしまい、持ち運びなどにするとどうしてもどこかしらの疲れが出てしまうのだ。
「今回は部屋に置いておく用なの、だから天井に糸で吊るすけれど、切れない程度がいいわね」
「なるほど、どのようなものをお作りに?」
「冷却魔道具と名付けようかしら、水の魔石と風の魔石を糸状にした後、二つを合わせて一つの糸にするのよ」
手振り身振りと頑張って説明する。マレリルズはこんな姿にすっかり慣れている様子で、ふむふむと頷きながら木の板に羽根ペンを走らせる。
「そうですね、天井にあるとなると、交換するにも一苦労のような気がします。試作品はお持ちでしょうか」
しまった。試作品を研究室に置いたまま出てきてしまった。ついうっかり致し方なく平民街へ来れる事に頭を持っていかれていたのだ。
「持ってきています」
カリーレは手提げ鞄から冷却魔道具の試作品を取り出した。鞄は元々持っていたが、そんなものが入っていたとは思わなかった。というよりも準備が一番いい。
私なんて帽子だけ被っただけの丸腰状態というのに。
何はともあれ、その試作品を机に並べて、目の前で水の霧を噴射させていく。
「おお、これはたしかに冷たい。夏にあると便利ですね」
マレリルズは白い霧の中に手を突っ込み、そのひんやりとした感覚を楽しんでいる。抜かれた手には水滴が付いているが、あまり気にならない程度だった。
「そうでしょう? あとは水道なのだけれど、温水も出るようなものも改良してみたいの」
「もう改良案が出るとは、水道の件は私共にお任せくださいませ」
右手を胸の前に押し当て、お辞儀をされる。行儀の良い動きに、カリーレの険しい目つきが少し和らいだ。
「この試作品の魔石たちを貸していただけますか?」
「ええ、いいわよ。それとこれが収納できて、横の細い穴から魔力を出せるような感じで作ってちょうだいね」
「かしこまりました」
すぐに話は終わってしまった。今度から試作品をカリーレに持たせて、注文させた方が早いかもしれない。これは追々考えるとして、早速平民街を歩いて周りたい。
「レオネット、カリーレ、話はすぐ終わったから、平民街を見て回るわよ」
「かしこまりました」
二人からの返事を聞いて、私はお辞儀をするマレリルズを置いて、お店をあとにした。
大通りらしき広い道路を歩くと、あちらこちらから賑やかな笑い声や話し声が聞こえてくる。それに、真ん中を水が空へ噴射される広場もあり、屋台がズラっと並んでる場所もある。
「ここにある食べ物は無料なの?」
一際目立つ屋台へ歩み寄り、店主らしき髭のもじゃもじゃの人に声をかけた。髭もじゃもじゃは怪訝そうな顔をしながら「何を言ってるんだ?」と返す。
「ここにあるもんは金を払わんとやらんぞ」
なんだか口の悪さにムッとするが、これが平民では普通の言葉なのだとすぐに理解する。けれど、レオネットとカリーレは笑顔ながらも、眉をピクピクと動かし、苛立ちを隠せないでいた。
「そうなのね、ならこの茶色のちょうだい」
「二百ゴルだ」
カリーレがパパっと小銭を渡し、店主からは串に刺さった茶色の物体を私に差し出した。
「あら? カトラリーで食べないの?」
「お嬢様、手掴みです」
ボソッとそう返され、私はすぐにその食べ物には見えない茶色の物体を掴もうとしたが、レオネットに取り上げられてしまった。
「レオネット! 何をするの!」
「このままだとメルディーラお嬢様のお手が汚れてしまいます。食べさせますので、どこかへ座りますよ」
そんなものは覚悟の上で掴もうとしていたというのに、今だけ平民の女の子にさせてくれない。レオネットならそんな事させないのは分かっていたけれど、貴族だということは、他の人達に見られないようにした方がいいと思う。
今だって、店主はなんだこいつらみたいな顔をしながらずっとこちらを見ている。
「分かったわ、早く行きましょ」
そう言って、髭もじゃもじゃの人から教えてもらった噴水という所の近くの椅子に腰をかける。
レオネットから串を横にした状態で物体を口の近くへ持ってきた。落とさないよう手を口の下に添えられている。
「なんだかさっきより減ってる気がするけれど」
串に刺さった茶色物体の数が減ってる気がする。というか絶対に減っている。きっとカリーレが毒味したのだろうけれど、私より先に食べるなんてズルい。
「えっと、気にせずお食べください。美味しいですよ」
(やっぱり食べたんだ)
そんな事はさておき、こんな未知の食べ物に挑戦する日がやってきたのだ。早速口を大きく開けて「あーん」と言いながら、パクッと口の中に入れた。
なんというか、塩気が強すぎるというか、お肉を焼いて塩をまぶして長く放置されたうえ、冷たい。どこが美味しいのかちっとも分からない。
「これ、腐ってるわ」
「なんというか、平民の食べ物はこういうのが多いので、当たり外れが激しいです」
「これでもカリーレは美味しいと言っていたけれど」
「カリーレの舌はあまり当てになりませんよ、メルディーラお嬢様」
最後の鋭い言葉に、カリーレはうぐっ、と呻いた。なんだかかわいそうだけれど、これを食べたら当てにならないと思う。
残りの串肉は全部カリーレにあげて、私たちは他のところも見て回った。特に見てみたかったところは魔石工房と冒険者ギルドというところだ。
足を動かし続け、ようやく見つけだした魔石工房は大通りから離れたところに存在している。ここはつまり、職人街と呼ばれるところだ。
気になる。どんな魔石が置いてあるのか、どんな魔道具を作っているのか魔道具はなくとも、どんなことに利用しているのか。それが一番見たかったのだ。
木の扉に手を置こうとすると、突然扉が開いた。中からは禿げたおじさんが顔を出し、私たちを一瞥した後、口を開いた。
「誰だお前ら」
と、無礼な言い方だった。




