45 平民街
冷たい霧の実験はひとまず休憩することにして、マミーユと一緒に食事の間の扉をくぐった。そこには、カリスティーとその横にはレオネットが立っている。
「あら、カリスティーは昨晩よく眠れまして?」
「はい、久しぶりの柔らかいベッドで横になりました」
満足そうに微笑むカリスティーの肌が、何となくツヤツヤになったような気がする。ニッコリと笑顔を作る彼女に頷いたあと、私は自分の席へ座り、食事を待った。
カリスティーは首を傾げ、眉を顰めた。
「メルディーラ様はご家族と食事を摂らないのですか? 当主の席に座られていますが」
「メルディーラお嬢様にご両親はおりません。五歳ですが、立派な中継ぎ当主を務めております」
「申し訳ありません。失言をお許しください」
レオネットの怒りに触れたカリスティーは瞬時に許しを乞う。私としては記憶にない親のことなどどうでもいいとも思うし、そこまで怒ることでもないので許した。
昼食を食べ終えると同時に、カリーレが帰ってきた。
「お嬢様ぁ……話が全然通じません……」
「あら、そんな事もあるのね、報告してちょうだい」
「かしこまりました。まず、バルスクの鍛冶場に行ったのですが、マレリルズを通して欲しいと言われたのでマレリルズのお店へ行ったのですが、どうも細かい質問が難しくて……」
カリーレはあちこち行ってくれたようだけれど、どういう話をしたのか少し気になる。
その話の続きでは、鉄の厚さや長さ、どういう仕組みにするかなどの質問をされたそうだけれど、どれもカリーレには答えられなかったそうだ。
研究助手失敗だ、と嘆くカリーレを諫めて、私は考えた。そう。
「わたくしたちが行けばいいのよ!」
「なりません。どんなところなのか分からないというのに、平民街へ赴くなんて許しません」
レオネットはそう言うであろうと用意していた言葉を読むかのように私に言った。だが、詳しい情報を聞きたがってるマレリルズを待たせる訳にはいかないのだ。
これは聖女たるもの、平民や貴族などを分け隔てなく愛せなくてはいけないのだ。
「わたくしの説明した方がいいわ。気になるならレオネットとカリーレを連れて行くならいいじゃない」
「……分かりました。レリアナートとお話してきます」
しばらく考えたあと、レリアナートのいる厨房へ向かった。なぜレリアナートが出てくるのか聞いてみると、無言ながらも目だけはカリスティーを見つめた。
まだ信用には値しないと言いたいのだろう。確かに、マミーユとカリスティーだけ残すなんてことしてしまえば、マミーユが何されるか分からない。
「大丈夫よ、わたくしが保証する」
「そういう問題ではありません。メルディーラお嬢様の保証を無下にする訳ではありませんが、私たちでは確認する方法などないのです」
この様子だと、記憶の中を覗いた魔法はとっくに話されているのだろう。
記憶は覗けても魔法を解けばその人の記憶なんてこれっぽっちも覚えていない代物だ。結果だけが頭に残る形になる。
「そう、カリスティーは連れて行かないの?」
「侍女になってもらおうかと思いまして、それで屋敷の動きをしっかり覚えてもらわないといけません」
それに頷き、食後のお茶が用意される。それをガバッと飲み干した。
「はしたないですよ、お嬢様」
柔らかい口調でマミーユが、私の口を布で拭きながら言った。むぐむぐとされた後、私は自室へ戻り、お着替えしてから出発だ。
「馬車で行くのかしら、飛んでいかないの?」
「飛行魔術は平民にあまり見せるものではないので、馬車で行きます」
「カリーレ?」
レオネットの回答を聞いたあと、カリーレを呼んでみるが、彼女は目も合わせず背ける。できてない口笛なんて吹かないで貰いたい。
「まぁいいわ、早く乗るわよ」
「はい」
私たち三人は馬車に乗り込み、カリーレが御者をやる。馬車が揺れ始めながら進み、貴族の森へと入っていく。
狩りで行った時のように、空の姿は木の葉で隠されており、暗い道や日陰のお陰でほんのり涼しい雰囲気になっている。意外と道は整備されており、煉瓦道だった。
「煉瓦でもガタガタと揺れるのね……」
なんだか気持ち悪くなってきた。貴族街は綺麗な道が続いているが、この煉瓦道だと流石に苦しかった。これはずっと続くのだろうか。
「貴族の森から出てくる貴族なんて、領主様ぐらいしかいませんから」
「領主様はなぜ貴族街を出るの?」
「たまにしかありませんが、王都にお呼ばれされた時ぐらいでしょうか。会議とかですが、最後にあったのは五年前ですね」
「五年前……やっぱり聖女関連の話よね」
「恐らくそうでしょう」
そんな話をしたあと、貴族の森から抜け、平民街へとやってきている。
「人がたくさん歩いているわ! あそこに食べ物が置いてあるわ! 無料配布かしら」
「あれは屋台ですね、食べ物を売って生計を立てています」
そんなことがあるとは、貴族と平民ではお金の稼ぎ方が根本的に違うようだ。自分から動かないとお金を稼がないだとか。
「お嬢様、もうすぐ到着します」
その言葉に、私はつばの広い白い帽子をかぶり、ふわふわの金色の服を馬車の外で風に靡かせる。初夏の風を楽しみ、マレリルズのお店を探した。
街の中を歩くと、綺麗な姿をしている私たちが珍しいのか、平民たちからの視線が私に集まっている。
「そんなに珍しいかしら」
「珍しいでしょう。貴族は平民街に用はないですからね」
レオネットは後ろからそう言葉を投げかけた。カリーレは私の先頭を歩き、常に周りを警戒しながら進んでいる。
森の中よりも警戒してるせいで、平民を睨みつけてるように見えるので、やめて欲しい。
「カリーレ、あまり平民を怖がらせないで」
「そういうつもりではなかったのですが……」
「わたくしを守るためにやってくれているのは分かるけれど、流石に目が怖いわよ」
「も、申し訳ありません」
カリーレを許し、再び私たちは歩き出した。貴族街よりも広そうな平民街だが奥に行けば行くほど、民家は少なくなっていくようだ。
「つきました」
そこにはガラス張りの扉があった。中をのぞき込むことができるようになっており、日差しの角度が悪くて中がしっかり照らされていない。
じっくりと見た後に、中に入ると、カランカランと鈴の音を店内にいる数人のお客さんたちの耳に届く。
「裕福な人か?」
急に近づいて来た男の人が話しかけてくる。その瞬間にカリーレとレオネットが壁となり、その平民を引き剥がした。
「お嬢様に近づくな」
カリーレの鋭い目に平民の男の人は困惑しながら、どこかへ行ってしまった。私としては色んな話をしたかったのにとは思うけれど、レオネットとカリーレだと、まともにお話ができないのでまたの機会にすることにした。
「め、メルディーラ様!?」
遠くから私たちの知ってる声が聞こえてくる。マレリルズだ。
「マレリルズ、作りたいものを依頼しに来たわ!」
マレリルズに元気よくそう告げた。




