41.5 幕間 追放令嬢の本音
最初は普通の女の子だと思った。というより、金髪金眼以外は、普通の女の子だ。だがあの日、メルディーラという女の子は、私の妹のサターニャに祝福を与えた。
本来、祝福は聖女にしか扱えない魔法であり、ただ単純に魔力が多ければ使えるものでは無いものである。それなのに、メルディーラという女の子は、結婚祝いに祝福を与えた。
「マレリルズさん、メルディーラ様ってどんなお人柄なのですか?」
私はメルディーラ様のお屋敷に向かうための馬車に乗る前に、そんな言葉を投げかけた。あの時の印象としては、好奇心旺盛な五歳児ぐらいにしか見えなかったけど。
「メルディーラ様は皆を大切にして、思いある方だと思いますよ」
マレリルズさんの言うことは本当にそうだと納得ができる。ただ単にマレリルズさんの見る目があるからというものだけではない。
取引の時に見た印象でもそう思った。
「あの黄金の庭を作り出せるなんて、すごい魔力量ですね」
素直な意見をマレリルズに言った。彼は馬車に乗ろうとしたところを振り返り、私に言った。
「あの方は王都へ向かわれるそうです。なんでも、聖女というものらしいです」
考えは当たっていた。やはりあの子は聖女で間違いはない。だとすれば、王都への私の汚名返上ができるかもしれない。
「馬車に乗らせてもらいます」
「ええ、もちろん」
返事をしてもらった後、私はマレリルズさんの向かいに座り、窓の外を見つめる。ゆっくりと馬車が動き出し、貴族街と違ってガタガタと揺れる馬車に少し酔いそうになる。
「カリスティーさん、酔いそうでしたら粉魔石でも飲みますか?」
「いいえやめておきます」
「そうですか、無味無臭ですからね。ところで、何をお話するのですか?」
マレリルズさんの隣に座るボナさんから、心配そうな顔をしながら声をかけてくれる。きっと契約に関わる話だと思っているかもしれないが、実際のところ貴族に戻りたいというのが本音だった。
「メルディーラ様にお仕えできないかと思いまして……」
「侍女に……?」
少し驚いた様子で、口元に手を添えながら小さく呟いたボナさんに、私は少し苦笑しながら話を続けた。
「はい、私は元々貴族だったのです。両親が罪を負ったせいで、追放されました」
「どおりで言葉遣いがお綺麗なんですね」
「ありがとう」
ボナさんには悪いけれど、聖女の立場を利用して、貴族に返り咲くためにやることである。貴族社会では良くないことだけど、この好機は今しかない。
「そろそろ着きますよ」
しばらく馬車に揺られ、マレリルズの言葉に私は窓の外に目をやった。王都もこの領地も、同じ作りになっている貴族街。メルディーラ様に会って話をしなくてはいけない。
レオネットという侍女に道案内され、応接間の扉をくぐると、メルディーラ様の後ろには侍女三人が立っている。マミーユという子以外は二人とも脚にナイフを隠し持っていることがわかる。冒険者歴五年の私ですらも、カリーレという侍女には勝てる気がしない。
そこからは、私の知ってることをメルディーラ様に話し、今日一泊する事になった。マレリルズたちは帰り、私はカリーレの部屋に向かおうとした。
「先に問題を片付けないといけないわね。あとは解散してちょうだい。カリスティーはここに残って」
メルディーラ様から急に呼び止められた。カリーレは何とかメルディーラ様の言葉に異議を唱えているが、聞く耳を持たずにそそくさと侍女三人を追い出してしまった。
私は何が起きるのかと、内心怖い。五歳と言えど、中身は自我の芽生えた聖女だ。前聖女ならば、単純な命令ならばすぐに実行する人だったが、現聖女様は何を考えているのか分からない。
「一体何を……」
「これは、誰にも言わなかったけれど、鹿の討伐をした際に身体強化をしたのよ」
「え、あ、はい……」
分からない。なぜ今鹿の話が出てくるのかも、これから何をされるのかも、何もかもが分からない。ただなんだか、メルディーラ様を纏う雰囲気が変わってきている。
感じたことのある雰囲気。前聖女様の雰囲気にものすごく似ている。
「聖女の力って便利ね、やったことの無いことが、次々わかるような感じなのよ」
言葉を発する頃になれば、無表情な完璧な聖女になっている。この状況が怖いのもあり、説明からお願いしようと彼女の名前を呼んだ。けれど、メルディーラ様は「すぐ終わるわ」と一言だけ言って私の目の前にまでやってきた。
その光のない瞳の圧に、私は腰を抜かしてその場で座り込んでしまった。
メルディーラ様の目線よりも下に崩れ落ち、今度は私が見上げる側に周り、ソッと優しく頭に手を添えられる。
魔力が流れ込んでいるのがわかる。今まで見てきたものが脳を埋め尽くし、まるで走馬灯のように今回とは関係ないことまでも掘り起こされているような感じだった。
私も魔力で自分の脳に送り込み、必死に抵抗してみるが、その圧倒的な聖女の魔力には為す術もなく脳の中身を掻きむしられていく。
「ちょっと時間がかかったわね」
色んな記憶が混在して少し気持ち悪くなっている。記憶酔いと言えばいいのだろうか。
「これは……うっ……」
「無理しないでちょうだい。記憶を覗いただけよ。魔力が教えてくれたことをしただけなの」
無表情だった彼女の表情は跡形もなく、いつも通りの笑顔のおっとりした顔に戻っている。よく見ると、前聖女様によく似ている。違う所をあげるなら髪型ぐらいだろうか。
「信頼は得られましたか?」
恐る恐るそう聞いてみる。彼女はひとつ頷きながら言った。
「ええ、貴方の説明と今の記憶に嘘はないのは分かったわ。これからよろしくね」
信頼を勝ち取れたのは大きな一歩だった。嬉しい気持ちと同時に、聖女の力を持ったこの子がものすごく恐ろしくも見える。この後の私は一体どうなるのか、想像するだけでもまた吐き気が蘇ってくる。
水の魔道具の解体をする為、メルディーラ様とカリーレは研究室に籠っている時に、私はレオネットと二人きりになっていた。
「何をされたのですか?」
第一声はそれだった。あの出来事をどう説明すればいいのか言葉を探していると、レオネットは水晶の魔術具に魔力を流していた。
「記憶を覗かれていたというのが正しいのでしょうか」
『ほう、聖女の力の一つだな。レオネット、用は?』
連絡用魔術具の奥からは、男性の声が響いた。私の説明に答えを出し、要件を聞き出した。
「メルディーラお嬢様が、王都で追放された元貴族令嬢を引き取るとの事です」
『ならん。断っておけ』
連絡している男性の声は怒り混じりにそう突き放した。だが、レオネットは引き下がらずに言葉を続ける。
「占い派閥に潜入捜査として送り込もうとしているのです。情報を知れば、こちらも動きやすいと思いますが」
『ダメだ。今の言葉で、占い派閥の関係者だったのが分かった。そんなやつさっさと追い出せ』
男性の声の言っていることは至極真っ当だが、こう直に言われると心に深刻なダメージがグサグサとやってくる。ちょっとお手柔らかにして欲しいと思ってしまう。
「もう魔力がつきそうですので、切ります」
『おい、まて、話がまだ終わ……』
まだ言葉の途中でプツッと声が切れてしまった。想像するだけでも、今はものすごく怒っているだろうと思う。
「カリスティー。貴方には色々話を聞かなくてはなりません。なので、先程の出来事と王都での動き、それから聖女の全容を聞かせてください」
「はい。全部お話いたします」
レオネットに手招きをされて、向かいの柔らかい椅子に座らせてくれる。自分の手を見てみると、小さく震えているのが分かる。今からの話に怖気付いているのか、もしくは聖女の力の矛先が私に向かっていたことの実感なのか。
どちらなのかは分からないが、その震えを抑えるようにもう片方の手で震える手を膝の上で優しく包み込んだ。




