40 前聖女と魔族の血
お屋敷に戻り、皆に狩った鹿を自慢した後は就寝となった。
次の日の朝食を済ませ、マレリルズとボナ、そしてその後ろには、黒い髪をしている冒険者が立っていた。そう、彼女は最初にやってきた杖を持たない魔術師の、カリスティーだった。
「どうしてカリスティーが?」
何の話が始まるのだろうと身構えてみるが、しっかりと予想外の言葉だった。
私の横に跪き、私と同じ目線となった。
「私も、メルディーラ様にお仕えさせてください」
「え? なぜ? あまり接点なかったわよね?」
唐突の言葉に、裏声混じりで答えてしまった。何とも恥ずかしい。
彼女は真剣な目をしながら、しっかりと私の目を見て言った。
「はい、私は王都の上級貴族の出でしたが、追放されてしまったのです」
整理してみたが、王都を追放されてる人を連れていくんて、大丈夫なのだろうか。反逆罪になってしまうと思う、多分。きっと。
「それは難しい相談だわ……」
「わかっています。ですが、きっとお役に立って見せます」
言葉で言うのは簡単であると言うもの。一体どんな罪をしたのだろうか。
「まずは、追放された訳と家族の現在を教えてちょうだい」
「はい、追放理由はお母様とお父様が、前聖女様に魔族の血を飲ませた事に、関与していたからです」
その言葉を聞いたレオネットとカリーレは、俊敏な動きで私とカリスティーの間に立った。
二人の警戒心が最大限に引き上げられ、鋭い目つきでカリスティーを睨んだ。
「カリスティーですね。今すぐ出ていくように」
レオネットに普段叱られている私ですらも聞いたことのない、低い声がカリスティーの耳を突き刺した。
「お待ちください。私は何も関与していません!」
「そう言われても、連座を回避した後にメルディーラお嬢様に近づくとは。命が惜しいようですね」
今までで一番怖いであろうレオネットに、私も皆の後ろでオロオロしてしまった。すると、マレリルズが口を開いた。
「まぁまぁ、まずはお話を聞きませんか? メルディーラ様の前ですよ」
特に最後の言葉を強調させて、二人を宥めた。空気を読んでいるというか、人をよく見ていてさすがだと思う。二人は「失礼しました」と言って、私の後ろに立った。
(マレリルズがいてくれて助かったよ……)
「まずは、説明してくれる?」
「もちろんです」
向かいに座ったカリスティーへ、一斉に視線が向かった。
「聖女様魔族化計画に私は全く関わっていません。これは信じてくれますか?」
顔色を伺うように、私の顔をチラチラと見遣る。でも気になるのが、聖女と判明してからというもの皆から声がかかることが多い気がする。
「なぜわたくしに近づいたのかしら?」
「祝福が使えるので聖女ですよね?」
結婚の祝いで祝福の魔法を使ったのを見て、そう判断したらしい。私はそんなに魔法を見境なく使っていないはずなのだが。それよりも、私の質問の答えがまだ返ってきていない。
「そうよ」
「やはり、私に護衛させて下さい」
そう言われても困る。信頼すらもない状態の人に背中を預けるなんて、貴族らしくないと思う。
「わたくしに、なんの得もないわ」
「それなら、五年前になりますが、王都の内政でもお話しますか?」
「それもいいけれど、前聖女のことを知りたいわ」
「わかりました」
どこから話したものか、と言わんばかりに唸る。そして、ようやく口を開いた。
「前聖女様はこの領地出身なのはご存知ですか?」
「誰も教えてくれなかったわね」
多分周りの人たちは、聞かれてないから答えなかった。としか言わないけれど、もっと情報を私に言うべきだと思う。
「それで、七歳で王都に行った時、顔は無表情ながらも、自分の意見を言ったそうなのです」
それの何がおかしいのか分からない。マレリルズとボナも全体の話を聞いても、ポカーンとしたままだ。平民には分からない話だが。
「えっと、わたくしは自分の意見どころか、自由奔放に暮らしているけれど……」
「そこが問題なのです。前聖女様は、多少感情が芽生えていたところ、自ら魔族の血を取り込んで亡くなったのです」
予想を遥かに超える話だった。今までで聞いた話では、初代以外は感情がないという話だった。だが、感情が芽生えてくるのなら普通の人間だったのだ。
「感情があれば自ら血を取り込むなんて、どのようにしたのかしら」
「そこまでの詳細な情報は分かりません。ですが、占い派閥の人達は、人攫いでもなんでもやると思っていた方がよろしいかと」
聖女になると、ここまで大事になるとは思ってもみなかった。それに、魔族の血を飲ませる理由も、前聖女が自ら血を飲んだ理由も、何もかもがわからない。私はこの先一体、何をすればいいのだろうか。
「最後の質問の返答は?」
「両親は処刑です、妹がいますが、えっと……ササターニャは婚姻しましたので」
「他には?」
「もういません」
どうりで、ササターニャに似ていると思った。あの人も元貴族だったなんて、そうは見えなかった。
「レオネット、一連の話をブリジスト様に伝えて、許可を取ってちょうだい」
カリスティーは嬉しそうに頬を赤ながら喜んでいるが、レオネットはそうではないみたいだ。どこか納得がいってない様子で口を開いた。
「お待ちください。追放された者をまた王都に連れて行くなんて、誰が許すと言うのですか」
もっともの意見だ。だが、この人を使えば占い派閥の行動もわかるようになるかも知れない。
「わたくしのわがままではないわ。占い派閥への潜入捜査を任せようと思っているのよ」
「それは無謀すぎます。それに、メルディーラお嬢様の身の安全は誰が保証するのですか?」
私とレオネットは、お互いに目を合わせずに話をする。彼女の顔は見えないけれど、それでもこれは譲れない。
「潜入捜査はわたくしの安全を保つことにも必要なのよ。それに、わたくし一人と戦うなんて、恐れ知らずだと思うの」
そこでカリーレが一歩前に出てきた。私の意図を読んだのだろう彼女は大きく息を吸って、吐きながら言葉を続けた。
「お嬢様の聖女の力を実際に利用しているところを目の当たりにしました。本物の聖女様のように、速度や教えていない剣の使い方や、体の動かし方を熟知しているようでした」
それを聞いたレオネットは昨日の鹿の切られた首を思い出したのだろう。何も言わずに考えている気がした。
「わかりました。後はブリジスト様の返答次第で決定致します」
拳を作り、膝の上で「よし!」と喜んでいると、レオネットから続けて言葉が飛んでくる。
「今日のところは、このお屋敷に泊まるといいでしょう。メルディーラお嬢様はくれぐれも油断しないようにお願いします」
「……はぁい」
こういうところは、レオネットらしく硬いのだ。
「カリーレの部屋には空いているベッドがあるはずです。そこで泊まるように」
「は、はい!」
背筋を伸ばして、元気よく返事をしたのを見て、私は一つ頷いた。
まだ完全には信用していないけれど、後に使える侍女になれるよう、期待はすることにした。




