39 死の躊躇い
食事の間に出ようと扉をくぐる時、レオネットは領主に呼び止められた。
「レオネットと言ったか? ブリジストから聞いている」
私は驚きと一緒に振り返り、レオネットを見上げる。彼女はすぐさま社交的な笑みを浮かべ、領主と目を合わせた。
「はい、お声をかけていただけるとは、光栄でございます」
「うむ、メルディーラとブリジストは先に行ってるといい」
「わたくしはレオネットと一緒にここにいますわ」
領主を見つめ、力強い眼差しをしてみたけれど、領主には効かなかった。手を振って私とブリジストを追い出してしまった。
「なんなのかしら」
「領主命令だ。君はともかく、レオネットは反逆罪にさせたくなかろう」
ブリジストは弱点をついたかのように笑みを浮かべる。
「なぜレオネットは呼ばれたの?」
そう問いかけてみると、ブリジストは少し考えていた。
「どこから話せばいいのか……」
「全部!」
廊下をサイベルとベリル、そしてブリジストと私は同時に歩き出し、歩きながら話を聞いた。
「レオネットと私は、密かに連絡を取り合っていたのだ。君の聖女である可能性と成長過程の報告を任せていた」
まさかの秘密のやり取り相手だったとは、夢にも思っていなかった。成長過程なんて聞いて一体何がしたかったのだろう。
「もう一つ気になったのは、魔法訓練の時、サイベルとレオネットを見て寂しそうな顔をしていたのはなぜですの?」
私の言葉に、サイベルがビクッとした。聞いたらまずいことだったのかもしれない。
ブリジストに目をやると、彼も昔を思い出すかのように眉間の皺を少し強めている。
「聞いたらまずかったかしら」
「いや、別に問題はない。どこから話せばいいのか全くわからない状態だ」
彼は息を吐き、頭の中でたくさん整理しているだろう。それよりも、レオネットは大丈夫なのだろうか。
「レオネットが来たら、もう帰るといい。午後は休暇だ」
その言葉に私は、嬉しさのあまり飛び跳ねた。今までの疲労が貯蓄されて疲れ切っていたのだ。その様子を見たブリジストは、また更にため息を吐き、言葉を続ける。
「はしたない。それでも聖女なのか」
そう言われると、反論ができない。うぅ、と呻きながら、馬車のある方へ行くことにした。
「見送りはここまでだ。次回来る時に、前聖女のことでも話そうと思う」
「あら、てっきり話してはいけないものかと」
「別に問題はない。口止めされることではないからな」
ブリジストにひとつ頷き、馬車の中で待つことにした。しばらくして、レオネットが馬車に乗り、お家へ走り出した。
「レオネット、何を話していたの?」
少し間を置いて、レオネットは吸った息を深く吐きながら話し始める。
「まず、感情をどうやったのか、と聞かれました」
「どういうこと?」
「どうやって、感情を作り上げたのかと聞かれたのです」
ここでもまた感情の話になった。そこまでして聖女は感情を持ってはいけないのか、と批判したくなってしまう。歴代聖女だって、人間だったのに。
「わたくしは、普通の人間のように感情を持ってはいけないのかしら」
「そんなことはありません」
レオネットはそう言ってくれるが、私にはどうも感情を持ってはいけない、と言われてるようで、やるせない。
「それで、レオネットはなんて答えたのかしら」
「何もしていません、と答えました」
「そう」
その後は馬車の中は沈黙が支配した。
屋敷に戻り、おやつを食べながらお茶を飲んでいた時、マミーユが手紙を持ってきた。
「お邪魔、リュンレルテ様からお茶会の招待状が届きました」
紙を机に置き、私に見えるように見せてくれる。
「明日のようね」
「明日の午前は商人と一人の冒険者が来るそうですよ」
「あら、冒険者もなのね」
一人ってところも気になるが、明日になればわかることだ。リュンレルテには、お誘いのお礼ともちろん行くという手紙を書いてマミーユに渡して送った。
「少し、森に行きますか?」
カリーレからそう聞かれ、私は今度こそ大きな魔物を倒して、皆を驚かせるのだ。と意気込んでみる。早速、お着替えを済ませて森に着いた。
「よいしょっよいしょっ」
歩きづらい道を歩き続け、前に来た所へやってきた。あの時にあった血はもう既に無くなっている。
「わたくし、今度こそ倒せるわ」
「期待していますね、お嬢様」
そして、草の中で隠れながら移動して、ようやく鹿を見つけた。
「よし、やるわ」
身体強化はまだ使ったことがない。けれど、使おうと思えば、何となくわかるような気がする。身体中に魔力を満たし、片手に剣を作り出した。
「お嬢様……いつの間に……」
カリーレの驚き顔を無視して、私は低く屈み、すぐに飛び出せるようにする。
「カリーレ、すぐ動けるようにしなさい」
「か、かしこまりました」
彼女は力に驚いていないように見える。別の方で驚いている。
そして、油断をした鹿に向かって、思いっきり地面を蹴り、鹿の頭を切り裂いた。思ったよりも、死への恐怖心も何も無かった。
ドサッと落ちる肉体の音を聞いて、振り返ってみると少しビリビリ、と私が通ったところが鳴っている。すぐに消えたけれど。
「お嬢様、動きが早いですよぉ」
カリーレの話によると、残像が残る程消えたかと思ったら、いつの間にか鹿の首を切って、鹿の向こう側にいたとの事だ。今の自分の力が少し恐ろしい。
「カリーレ、あとはお願いね」
「任せてください!」
すっかりいつも通りになり、カリーレの後ろ姿を見つめながら、休憩した。
「そういえば、何に驚いていたの?」
「えっと、実は、身体強化をしたお嬢様が、いつものお嬢様に見えなかったのです」
「ん? どういうこと?」
鹿の処理する手を止めずに、言葉を探しながら、話を進める。
「なんと言いますか。無表情で獲物しか見えていないような、言葉にするのが少し難しいのですが、少し怖い雰囲気でした」
(私そんな怖い人みたいだったの!?)
なんと言うか、カリーレには申し訳ないことをしたかもしれない。あまり、自分の力を他の人には見せないようにしよう、と心の中で固く誓った。
「あ、お嬢様、魔石がありましたよ」
手のひらほどの魔石を私に見せてくれてる。黄色く輝きを持ったその魔石は、私の属性に反映されてるようだ。
「それはカリーレにあげるわ、今はいくらでもあるから」
「ありがたくちょうだいいたします!」
胸の前で、魔石と一緒にぎゅっと握りしめ、深くお辞儀をした。彼女になにかあげると、大袈裟のように喜ぶせいで、ついついあげてしまう。それが何となく嬉しい。
その後も、木と木の間を飛び跳ねては、鹿の首をはねて狩っていき、計五匹分の魔石を手に入れた。
「お嬢様は凄いですね、まるで雷のように動いてました」
「聖女の力というのは、万能のおかげよ」
「そんな謙遜しないでくださいよぉ」
あははと笑うカリーレに思ったのだ。本当に聖女の力のおかげでできているのであって、力を使わない私はすぐにやられてしまう、と。
「鹿の五匹はどうするの?」
「三匹は持って帰って、二匹は自然に任せましょう」
そう言われ、光の足場に置いて屋敷へ戻った。
ここまででずっと考えていた。もう鹿がトラウマだと思っていたけれど、今は動かない鹿を見てもなんとも思わない。成長期なのだろうか。
そして、一番の目的は大きなものは見つからなかったけれど、たくさんの魔物を倒したのだ。きっと、レオネットに褒められるに違いない。
(レオネット、ギャフンと言ったその顔を拝ませてもらうわ!)
空の真ん中で私は、ふっふっふ、と笑みを零した。




