38 領主
無言で昼食を食べ終え、お茶の時間となった。どこのお家でも、食後のお茶は欠かせないのだろう。
「ところで、ブリジスト。紋章は?」
「ある」
ブリジストはお茶を飲む前に短い回答を返した。領主にそんな態度でいいのだろうか。
返事を聞いた領主は、私を鋭く見つめ、様子を伺っている。
「あまりそうには見えないな」
ボソリとそう呟いた。前聖女と照らし合わせたのだろう。未だに頭から見える範囲まで見られている。
「あ、あの……聖女の話をいたしますか?」
両肘をついて、口の前で指を組む領主の目はものすごく怖いため、すぐに話を振ってみた。
「私が知っているのは、前聖女だけだ。文献なら、この屋敷の本を好きなだけ読んでも良い」
「お心遣いに感謝いたします。前聖女はどんな方なのでしょうか?」
領主は昔のことを思い出しているかのように目を瞑った。少しして開かれた目はギロッと私と目を合わせる。
「前聖女とは、一度しか会ったことがない。聖女就任式の時だったか」
「それはわたくしも見ていたわ。とても綺麗な姿なのよ」
カリャーシャが食い気味に会話に入り込んだ。彼女に目を向けて、続きを待った。
「皆に光の祝福を贈るのを見たけれど、すごい魔力量だと思ったわ。ところで、メルディーラとよく似ているわね」
「わたくしに、ですか?」
「ああ、そうだ。メルディーラは聖女になるからな」
領主の言葉に、訓練中ずっと一緒だった三人以外は目を見開いた。そして、リーレルトが一番納得していないようだ。
「父上、それはさすがに嘘ですよね?」
「いや、本当だ。聖女の紋章がある」
「そんな……」
せっかく友達になったのに、と小さく聞こえた気がした。
だが、この聖女の話は、私がどうこうできる話ではない。決められた運命には、抗うことができないのだから。
「リーレルトの初めてのお友達だもの……違う子を探してちょうだい」
「……はい」
カリャーシャに宥められ、心のない返事を返すリーレルトに彼女は少し苦笑した。
「感情を持った聖女を送れば、私たちはどう思われる?」
領主はブリジストに目を向け、そう問いかける。その目は、真剣そのものだった。ブリジストは少し考えたあと、茶器を見つめたまま置いた。
「恐らく、聖女で何かしら実験をしたのではと囁かれるかもしれない。ただでさえ、占い派閥という存在があるのだ。事が大きくなるのは確実と言えよう」
この場にいる全員がまた無言となった。皆の吐く息の音だけが響き渡り、ブリジストの茶器を持つ音も聞こえる。
「わたくしが実験されてないと言うのはどうでしょうか」
私の思う解決策はそれしかないと思う。実際何ができるかと聞かれれば、聖女という立場を利用して、発言するぐらいだろう。いざとなれば、何か魔法でできるかもしれない。
「実験体と思われているのだ。言わせられる、と宣言してるようなものだ」
そうなってしまう、と憶測ばかりで会話をしていても意味がない。実際やってみないと分からないのだ。サイベルだって、急な切り替えができたのだから。
「もう仕方あるまい。メルディーラには感情を隠して過ごしてもらうしかない」
視界の端では、レオネットの硬い拳が私の目に映りこんだ。
それだけは絶対にヤダ。感情があるのに、感情のない聖女のような人形みたいな真似はしたくない。
「嫌です。わたくし、聖女であっても人間なのです」
「これは領地を守るのと一緒だ。そのうち徐々に感情を解き放てば良かろう」
ブリジストの言葉にも一理ある。一生感情のない人形をしろなんて言われてないけれど、最初から自由に生きたい。人に縛られるなんて絶対に嫌。
「それはできかねます」
「なぜだ?」
「自分の感情を押し殺すなんて、まるで死人のようなので」
「歴代聖女は皆そうだった。君だけそれだと、他の貴族からは偽物の聖女と言われる」
どうしても私の感情を表に出さないことを考えているのだろう。お茶を見つめたまま口だけを動かすブリジストの横顔は、どこか辛そうに見える。
「発言の許可をお許しくださいますか?」
白髪の小さい女の子が、領主に許可を求めた。一体何を話すのか、皆が一斉に彼女を見つめた。
「許す」
領主は短くそう答える。
「ありがとうございます。親しいものだけに、感情を見せることは不可能ですか?」
「不可能に近い。聖女宮殿には、何百人もの召使いと侍女がいる。ここより遥かに多いため、常に見られているのと一緒だ」
ブリジストは少女の案をキッパリと切り捨てた。少女も俯いてしまい、悲しんでいる。こんな私のために頑張ってくれた彼女のために、私も何とかしたいとやる気が芽生えてきた。
「聖女にしかない力を見せつけるしかないと思うのです」
私は皆に向かってそう言った。聖女の力は光を自在に操る人なのだ。それらを全員に見せれば納得はさせられる。だけれど、実験したという根本的な解決には至っていないが。
「それも考えたが、結局のところ、解決には至らない。もうひとつ提案だ」
そこで一度言葉を止める。一度お茶を飲み、一息ついたあと、茶器を置いた。
「聖女の移動を早めるしかあるまい」
その手もあった。早くに王城に住んでしまえば、実験する時間もないと主張できる。そうなると、私の努力次第ではある。
でも、ワガママなのは分かっているが、今の家を手放すのは何となく嫌だった。
「やはり、それしかないか」
「時期を早めて、六歳の誕生月で送る。早めに魔法を覚えさせなければならない」
私を置いて、どんどんと話が進んでいく。納得のいってない人は、少女とリーレルトぐらいだろう。難しい顔をして俯いたままである。
「もう、一年もないのですね」
そう呟いてしまった。それを聞いた領主は席を立ち、窓の方へ歩み、立ち止まった。
「悪いとは思っている。感情がなければ、こんなことにはならなかったが、今の君はまるでただの子供のようだ」
「実際、五歳ですので……」
領主の後ろ姿しか見えず、顔がよく見えない。何を考えているのかもよく分からない。
だけれど、その声だけは耳に透き通るように聞こえた。
「聖女様、お役に立てず、申し訳ありません」
少女に俯かれたまま謝られる。流石に謝られるほどのことではないし、今の自分でも仕方がない。
「わたくし、せっかくなので皆と仲良くなりたいです」
「ああ、いいだろう。好きなだけこの館へ来るといい」
領主は後ろを振り返り、私の目を見ながら言った。許可は出たことだし、そろそろ少女の名前を聞きたい。
「ところで、貴方のお名前をお聞きしても?」
「あ、申し遅れました。ヤーネットともうします」
よく見ると髪を頭の上でふたつに縛って、とても可愛らしい子だった。
「わたくしに対して、そんなに畏まらないでください。今の立場は、ただの下級貴族なのです」
「そ、それなら、メルディーラも……その、畏まらないでください……」
オドオドとそう告げてくれる。ならば遠慮はいらないだろう。二人で見つめ合いながら、ふふふ、と笑いあった。




