37 会食
いつも通りの支度を終えたあと、領主の館の訓練場へとやってきた。
「遅いぞ、いつまで待たせる気だ」
朝食を食べてすぐ飛行してきたというのに、この有り様である。流石にずっと我慢なんてできるはずがない。
「わたくし、朝食食べたばっかりで、光の足場を使って飛んできたのよ? 寛大な心をお持ちになって?」
「君がもっと早く起きればよかっただけではないか。朝食なんて、食べずとも人は生きていける」
健康という言葉を知らなそうなその脳みそに、思いっきり野菜で叩きつけてやりたい。レオネットも野菜を食べるのは健康のため、大事な事だと教えてくれたのだ。
「お二人とも、口喧嘩は終わりにしてください」
レオネットが睨み合う私たちを制し、話を変えた。ふんっ、と二人でそっぽ向き、視界の端ではレオネットが大きくため息を吐いている。
「おお、皆おそろいじゃないか」
そこへサイベルもやってきた。今回は私と一緒に訓練を行うそうだ。
「二人とも、またやってたのか……」
私とブリジストがそっぽ向いているのを見つけたサイベルも、レオネットと同様に大きなため息を吐きながら肩を竦める。
「なんの事かしら、喧嘩なんてこれっぽっちもしてないわよ? ねえ、ブリジスト様」
「ああ、そうだ。こんなガキ一人と喧嘩するほど、私は大人気ない人ではない」
「貴方! ガキって言ったわね!」
まるで猫のようにシャー! と威嚇しながらに睨むが、何百年も生きた魔族には効かなかった。だが、次こそは地にねじ伏せたあと、反省させてやるのだ。
「まぁまぁ、今日の特訓は、まずは走り込みだな、お嬢ちゃん」
「走るのは苦手よ」
サイベルは少し屈みながら、目線の高さを合わせて言った。
走るのはどうも苦手だ。逃げる時だったらたくさん走るが。
「俺も一緒に走るから、心配するなよ」
「それならいいわ、わたくしのペースについてこれるのかしら」
なんというか、自信は全くないのに強気に出てしまった。その後は「その意気だ!」とサイベルに言われ、誰もいない広すぎる訓練場の中をひたすら走り、途中で倒れる。だが、ブリジストは「まだ立て」と遠くから声を荒らげるだけで何もしない。
(くっ……いつか後悔させてやるんだから!)
ブリジストへの怒りは増すばかりで、彼自身も怒らせようとしてる訳では無いと思う。何百年も生きると、変なおじいちゃんになるのだなと実感した。
「ぜぇ……ぜぇ……もう、むり」
バタッと倒れ込む私を見たサイベルは「まだ一周もしてないのだが……」と小さく呟いた。五歳児になんて事をさせるのだ。そう言ってやりたい。
「次は筋肉をつける訓練だが、一旦休憩するか」
サイベルは優しく手を差し伸べて、訓練場の片隅に座らせてくれた。遠くからは「こら! 何座ってるのだ! 早く立って走れ!」と怒鳴り声を響かせる魔族じいちゃんがいるが、そんなのは今は無視無視。
相手するだけ時間の無駄だし、体力の無駄になってしまうのだから。
息が整ったところで休憩が終わり、重たそうなものがずらりと並べられた。
「左から軽い順だ。一番右はサイベル用だ」
「では、始めさせていただきます」
サイベルの言葉にブリジストは小さく頷き、許可した。サイベルは重たそうなものが、棒の両端に付けられてるものを片手で軽々しく持ち上げた。
鉄でできた装備もあるのに、軽々しく持てるなんて、さすがサイベルた。
「さっそくわたくしも!」
いつもの好奇心に火がつき、一番軽い左のものを持ち上げてみるが、ビクともしない。これでも聖女なのですよ。きっと。
「お、おもたい……」
「ふっ、小娘」
ボソッと呟くブリジストに、私は身体強化でダンベルを持ち上げて投げる。ブリジストは反射的に右へと逸れた。
「何をする気だ」
「おっとっと、手が滑って……」
当然わざとである。先程まで持ち上げられなかったというのに、投げたのだ。ブリジストも気づいたのだろう。ものすごい怖い顔になっている。
「もう勘弁してくれ……」
流石にサイベルも、この空気にいさせるのはかわいそうだし、大人げないところを見せるわけにもいかない。
「サイベル、あなたは少しお休みなさい。あとはわたくしなりに努力するわ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
一つ礼をしたあと、レオネットの隣へと立ち、見張りとなった。
「君は本当に聖女なのか?」
「そう言われても、あまり実感がないわよ」
「そうか、君のような聖女ならば、人も安泰だろう」
急に何を言いいたいのか、よく分からなかった。ブリジストはサイベルとレオネットを見つめながら、悲しそうな、寂しそうな顔をしている。
「何かあったの?」
「なんでもない。続けるぞ」
「……はぁい」
「しっかり返事をしなさい」
またいつものブリジストに戻り、グチグチと口うるさくなったが、さっきの顔を思い出しては、気になってきてしまう。
聞くにしても、そこまで信頼していないし、されていないだろうし。これは追々考えることにして、重りを何度も持ち上げては放り投げる。その都度怒鳴られる。
領主での訓練は午前を終わらせ、今度は午後に備えるためのご飯をいただくことになった。レオネットとブリジスト、一番後ろにはサイベルも着いてきている。
「ご飯は一体なんでしょうね! とてもお腹が空いているのよ!」
思わず踊りたくなるほどにお腹がす空いている。朝の訓練というのは、良いものだ。
「あれしきの訓練で腹が減るとは、どれだけ体力も筋力もないのだ……」
「そうおっしゃらないでください。賢いですが、まだ五歳です」
(そうだ! レオネット、もっとブリジストに言ってやれ!)
レオネットに応援を送り、褒めてもらうのと、ブリジストをギャフンと言わせる言葉を期待したが、ブリジストが喋りだしてしまった。
「歴代聖女たちは、五歳児から力を使いこなしていたというのに……」
ブリジストの言葉が言い切る前に、食事の間にやってきた。扉をくぐると、既に五人が座っている。領主一家だ。
「やぁ、メルディーラ。今日は一緒に昼食がとれて嬉しいぞ」
「リーレルト様……お久しぶりでございます」
「ああ、久しぶり」
リーレルトへの挨拶を終わらせ、辺りを見渡してみる。まずは領主様へ挨拶だ。一人ひとりに挨拶は面倒くさいので、いっぺんに済まそうと思い、裾をつまみ上げる。
「初めての方、お初にお目にかかります。メルディーラともうします。この出会いが幸運そのものでございます」
言い切ったあと、思い出した。領主様とは一回会った気がする。恐る恐る顔を上げてみると、夜中に脱走した日に連れてこられた時、この人の顔を見たことがあった。
長い銀髪に青い瞳。リーレルトにどことなく似ている顔立ち。あの時の領主だった。
「久しいな。座れ」
「はい、失礼します」
扉の近くの椅子に座り、ご飯が運ばれてくる。気まずい空気の中でご飯を食べ続けながら、視線を前に向けてみる。成人祭で見た、真っ白な髪をした女の子がいた。
お互いが気まずく、小さく一礼をして、またご飯に視線を戻した。
(なんなのこれ! せっかくのご飯が味がしないわよ!)




