36 口喧嘩
「それより、前みたいに普通に話してもいいわよ?」
私は今の堅苦しい言葉をやめて欲しいと、以前私を捕まえた短髪オヤジもとい、サイベルに声をかけた。サイベルは首を横に振り、拒否する。
「それはできません。聖女様は王族ほどの立場です」
王族ほどの立場だとは。それはあまりにも盛りすぎだと思う。もし本当ならば、ブリジストという失礼極まりない人を極刑にしたい。
「前みたいな短髪おや……じゃなくて、サイベルだったら、喋りやすいと思うわ」
危なかった。失言するところでなんとか食い止めて言い換えれた。サイベルは怪訝そうな顔をしているけれど、きっとバレてないはず。きっと。
「許可があるなら、別だな。もう脱走なんてするなよ」
「ええ、分かってるわ」
笑顔を無理やり作り、私にそんなことを言った。もうさすがにやらないし、次からは許可を捻り出してから行くつもりだ。
「話はもういいな、魔法の続きをするぞ」
私とサイベルの間に急に口を挟むブリジストに、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけムッと口を尖らせるが、ブリジストは鼻を鳴らしながら私を見下ろす。絶対今笑った。
「君はもう飛べたな、どうやって飛んでいる?」
「光の足場を作って、それに座って、操作するのよ」
「それはめんどうだな」
ふぅ、と息を長く吐き、ブリジストは考えている。飛行魔術は学院で習うから、今のものを代用するしかない。
「よし、身体強化だ。確認しなくては」
前にカリーレから教わろうとしたやつだった。けれど、体を動かすより、魔法を飛ばせばいいのでは。という考えに至り、やっていなかった。
「わたくし、それはめんどうくさいわ」
「なぁ、メルディーラ……様? 重たい荷物を運ぶ時でも使うものだから、覚えた方がいいぞ」
サイベルは私たちの話をずっと聞いた後に口を開いた。短髪オヤジの言った通り、覚えておいて損は無いと思う。
「サイベルの言う通りだ。まず身体中に魔力を満たせ」
ブリジストは相変わらずせっかちなので、どうも苦手である。私はため息を吐いて、魔力を身体中に満たした。
「満たせたら、動いてみろ」
言われた通り、一歩前に進んでみる。だが、足が動かなかった。なにか重りをつけられたかのように、まったく動かなかったのだ。
「少ない魔力でやってみろ」
水が一滴ずつ落ちるかのように、魔力をちょびっと使って体を動かしてみる。今度は歩けた。
「そこから徐々に体を鳴らすしかないな」
「ブリジスト様、筋肉がつかないと難しいと思いますよ」
サイベルは、止めようと頑張ってブリジストに説得を始める。だが、ブリジストは聞く耳を持たずに、私に指導している。
「変態魔族!」
咄嗟に言ってしまった。我慢していたが、できなかった。仕方ない。
その言葉を聞いたブリジストは、眉間の皺が一層深くなった。本気で怒っている。
「誰が変態魔族だ! 君には感情を抑える訓練も必要のようだな」
本気で怒ってるブリジストは私を睨みながらそう告げた。だが、もう言ってしまったので、後戻りはできない。だったら、言いたいことを言ってやる。
「人間だもの! ブリジスト様のような横暴で態度の悪い人ほど、人間が廃れてないわ!」
「ほぉ? 言ってくれるではないか。小娘」
二人で睨み合う。サイベルは「勘弁してくれよ……」と呟きながら、オロオロとしている。もう止められないぞ。
「お二人とも、少々みっともないですよ」
急に声をかけてきたのはレオネットだった。流石に見かねてやってきたのだろう。ものすごい呆れた顔になっている。
「この変態魔族が!」
「この小娘め!」
二人の声が被りながら、レオネットの方へ見つめる。レオネットは私の味方になるはずだ。一度ため息を吐いたあと、口を開いた。
「メルディーラお嬢様。貴方は魔法をご教授してくださる先生へ対する態度が足りていません」
ブリジストはその言葉を聞いて鼻を鳴らし、私を見下ろしながら、不敵の笑みを浮かべる。私は「うぅ……」と呻きながら、睨み返す。
「それと、ブリジスト様。貴方は何百年も生きているのに、そんな子供の言葉で怒りすぎです。もっと大人になってください」
ブリジストの方にも叱責が飛んで行った。今度は私が「フッ」と鼻を鳴らして見せる。彼は私を睨んでいた。
「ふ、二人とも、魔法訓練をしましょう……周りの目もあります……」
サイベルは周りを気にしながら小さく言った。なんだか、サイベルに申し訳ない。
「ええ、そうしましょうか、わたくしの方が大人だもの」
「メルディーラお嬢様……」
言葉の最後に息を吐く音が聞こえる。もう呆れに呆れているのがよく伝わる。ブリジストは相変わらず私を睨んでいるけれど。
「もういい、身体強化の訓練に戻る」
「ここで無駄口してても無駄だもの、そうするわ」
ブリジストの言葉に賛成して、レオネットとサイベルは自分の持ち場に返す。
そして、言われた通りの身体強化をして、少し動いたり、ジャンプしてみたりして、身体強化の訓練が続いた。夕方になり、私とレオネットは馬車に乗って揺られ始めた時。
「メルディーラお嬢様……もう喧嘩しないでください」
「あれはブリジストが悪いのよ! わたくしはニコニコ笑顔を見せて、愛想良く振舞っていたのに!」
「はぁ……仰りたいことはよく分かりました。ですが、仮にも魔法を教わる教師です。淑女たるもの、いついかなる時でも、怒りの感情は押し殺さなくてはなりません」
そう叱責するが、どうもやるせない。
「なぜ、レオネットはブリジストばかり肩を持つのかしら」
「そんなことはありません。私も、散々な扱いでしたので」
(私だけでもなく、レオネットにまで! 許せない……)
身体強化が上手くいったら、必ず決闘して倒してやる。そう心の中で決意を固める。それをみたレオネットは「変なことは考えないでください」と言うが、こうなった私は、誰にも止められないのだ。
歴代聖女を超えてみせる。
自宅に戻り、いつも通りの生活が終わったあと、寝る前にレオネットに聞いてみた。
「歴代聖女はどれくらい強かったの?」
「魔族並と言われていました。ただの決闘であっても、容赦なく木の剣で叩きつけるようでしたよ」
酷い歴代聖女だ。私なら、癒しを与えられる慈悲深い聖女になれると思う。多分きっと。
「変な聖女ね……それで人々を守るなんて言うのだから、恐ろしい人だわ……」
「今はあなたが聖女です……それよりも、明日もまた魔法訓練です。早くお休みください」
「ええ、おやすみ」
「お休みなさいませ」
明日こそはブリジストを、ギャフンと言わせられるような魔法を行使してやりたい。そして、木の剣で決闘をするのだ。そして私が勝ってみせる。
「もう! ブリジストのせいで眠れないじゃない!」
誰もいない部屋で、そう叫んだ。




