35 魔法特訓
領主の館にやってきた、レオネットと私。ベリルに案内され、ブリジストのお部屋でまたもや待つことになった。
「いつも待たせるなんて、何をしているのかしら」
「お仕事があるのだと思います」
どんなお仕事しているのだろう。気になる。
書類整理なら、私もやっているから、できるはずだ。
「待たせたな」
扉が大きく開かれ、廊下にずっと佇んでいるブリジストが現れた。
「いつもなぜそんなに待たせるのかしら!」
「関係ない、ついてこい」
言葉少なに歩み始めたブリジストに、慌てて椅子から滑り落ちて追いかける。レオネットも私の後ろをピッタリくっついて着いてきている。
「魔法ではどんな事を教わるの?」
「光の操り方を熟知してもらった後、戦闘能力の確認もしておきたい」
移動しながら会話をする。ブリジストは私の隣で顔も向けずに語る。
「戦闘能力なんて、聖女は戦うの?」
「ああ、顔色ひとつ変えずに、人間を屠る」
聖女ってもしかしたら、野蛮な人なのでは。と思ってしまう。人を癒すなんて言うものだから、後方で回復ばかり使っているのかと思っていたが、そうでは無さそう。
私は笑顔が少し引き攣る。
「まさか、人を屠るなんて」
「できないのか? 感情とは厄介だな」
(あなたにも感情があるよね……)
ため息をひとつ吐いて、話を終わらせた。この人はいつも一言多い気がする。多分気のせいなのだろうけれど。
私たちは、普段騎士が使用している訓練場にやって来た。お屋敷よりも離れた場所まで歩き、私の足はガクガクと震え上がっている。疲れた。
中に入ると、木の剣を持って打ち合っている騎士たちがいた。一対一で戦う二人を、大勢の人が囲って「行けー!」「そこだ!」と声を張り上げている。
「暑苦しいわ……」
「慣れろ、いつもここでやるから」
慣れろと言われても、このちょっと汗の匂いで鼻が痛い。
中に入り、私とブリジストは向かい合う。レオネットは少し離れたところから見守っている。
「まずは、背中を見せろ」
「はい?」
今一瞬、考えることを放棄した。何を考えてそんな発言をしたのか。つまり、脱げと。
「時間がもったいない。背中を出せ」
「意味がわからないわ。子供がお好きなのかしら」
その言葉にブリジストは眉に皺を寄せて、嫌そうな顔をした。そんな顔に今すぐ、光の刃を飛ばしたい気持ちを抑えながら、私は説明を要求する。
「ちゃんと言ってください。背中を見せろ、だけ言われても裸になれ、と言われてるようにしか聞こえません」
「面倒くさい。聖女の紋章を確認するために背中を見せろ」
聖女に紋章があるとは、予想外だった。それなら、確実に聖女だとわかる。そして、クルッと背を向けて、髪を捲りあげて、背中を晒した。
「光の玉を出せ」
命令口調のブリジストにムッと口を尖らせながら、空いてる手で小さな光の玉を作り出した。
「やはり、聖女の紋章がある。確定したな」
そんなことは別にどうでもいい。少しは謝って欲しいものだ。
「聖女の紋章なんて、今まで気づかなかった」
「当然だ。魔法使ってる時しか光らない」
魔法を使う時はいつも服を着ているし、髪も長いからちょうど隠れていて、カリーレにも分からなかったのだろう。
「まず、相手の視界を奪え」
本当にこの人は説明が足りなすぎる。視界を奪えなんて、後ろから目を手で被せるしか思いつかない。マミーユにやろうとしたけれど、手が届かなくて諦めたこともある。
「視界を奪うなんて、目を閉じるしかないのでは?」
「いや、光を操って、目に届く光をどこかに飛ばせばいい」
「意味がわかりません」
「光というのは、存在していて、存在していないようなもの、つまり光を操り、目に届かなくさせればいい」
いまいちピンと来ない。光を集めて操るということは足場を作ったり、盾を作ったりでやれたけれど、逆に集めずに跳ね返すような事は、あまり想像できない。
「勘で良い、目の周りの光を跳ね返すと考えればいい」
とりあえず、やってみることにする。ブリジストの目の周りの虫たちを、跳ね返すような想像をして、手をかざしてみる。
「まだ光はあるが、暗くなってきた。暗闇になるまで続けなさい」
私は目を閉じて、さらに想像する。戦闘中だったら、すぐやられていただろう。きっと。
「上出来だ。すぐ使いこなせるとは、歴代聖女の力を引き継いだだけのことはある」
あまり褒められてるようには聞こえないが、目を開けてブリジストを見ると、目を覆うほどに光の塊ができている。あの中には何が見えているのだろうか。
「ブリジスト様? 何が見えるの?」
「暗闇だ。自分の体すらも見えない状態だ」
なんて恐ろしい力なのだろうか。これを駆使して、相手と戦うと思うと、発動するのに時間がかかる。
「よし、この魔法を解いて、次に移る」
その言葉に、魔力の供給を止めて、暗闇からブリジストを解放する。少し目を細め、光に慣れるまで少し時間をかけた。
「次は魔剣を作ってみろ」
「光の剣ってことでいいのかしら」
「ああ、それで問題ない」
光の玉も作り出せたし、なんならカトラリーも作ったこともある。そのおかげで剣は普通に作り終えた。
「触れられるようにして、もっと切れ味を良くしてみろ」
「はぁい」
めんどうくさいという態度のまま、私は剣に魔力を流し込んで、鋭く、濃い光にした。
「サイベル、来い」
急に呼び出されたサイベルという人物は、私を以前捕まえた騎士の短髪オヤジだった。彼はブリジストの前まで小走りで近寄り、跪く。
「いかがなさいましたか」
「この剣の斬れ味を確認しろ」
「かしこまりました」
サイベルは立ち上がると、私のもとへ行き、剣を取り上げた。その間も、私の魔力はずっと流し続けられている。
「丸太を持ってこい!」
剣を少し一瞥したあと、ほかの騎士に向かって大きく声を張り上げた。少しすると、丸太は数人がかりで運び込まれ、中央あたりに立たせた。
「はじめろ」
丸太に向かって構えたサイベルに、ブリジストは合図を出して、切りかかる。
一歩踏み出すと、剣を握っていた手は、いつの間にか反対側へ移動していた。丸太は少しした後、斜めに切れ目が入り、ゆっくりと倒れていく。
「これは凄いです……」
サイベルはブリジストに囁くように剣を褒める。私が作ったのだから、私に褒めるべきだと思う。絶対。
「この剣は、黄金のように輝いていますが、どんな素材なのですか?」
「これは、聖女の魔力が素材だ」
「は、はい?」
キョトンとした顔でブリジストを見つめ、彼は私を目だけ向ける。それをみたサイベルが、ゆっくりと顔を私に向ける。
「ま、まさか……聖女様だったとは、あの時は申し訳ございません」
「え、ええ、いいわよ」
急な変わりようにびっくりしてしまった。私が悪いのだし、謝られることでは無いと思うのだけれど、これが貴族社会であるのだ。




