32 聖女の話
「今日は急でしたね、私たちは行けないと思います」
座ると同時にマレリルズは口を開いた。当然そうだと思ったけれど、ここまで一緒に魔石のあれこれの融通を利かせてくれたマレリルズを、連れて行きたいとも思っていた。
「そう……ではあちらの方の商人と交流しなくてはいけないですね」
「申し訳ございません。ですが、メルディーラ様の魔石研究の成果は、ここでも進化させていきたいと思っております」
「わかったわ……冒険者の方はどうかしら」
いちばん気になるのは、契約した引退冒険者の夫婦だ。どうやって魔石を持っていこうか。
「それでしたら、バルスクは引き続きここで鍛治職人をするそうです。契約した二人の魔石は王城まで持っていきます」
契約自体は続いていく。ここから王城となると、一月ほど時間がかかってしまうと、レオネットから聞いた。大変だと思う。
「王城までだと、大変よ?」
「はい、旅商人を雇えば遠くまでは問題ありません。ですが、その分お値段が……」
もちろん、一月ほどの旅となってしまうため、王城近くで買った方が安い。けれど、違う案があるのだ。
「マレリルズが魔石を受け取り、研究に使えばいいわ、そのできたものをわたくしが買いましょう。マレリルズのお店でしか買えませんもの」
「いい案でございます」
マレリルズは手のひらを合わせて揉み出した。やはり悪いことを企んでいる。二年後の話だが、手回しはやってくれるだろう。
「ボナ、あなたにも世話になったわね」
急に話しかけられたボナは赤橙の瞳が驚いている。当然、この二月ほど全く話してこなかったのもあるけれど。
「お心遣い、とても恐縮です。二年後ですがメルディーラ様が居なくなるのは、少し寂しい気持ちです」
ボナは意外と可愛い顔をしててお姉さんのようだ。そんな彼女はその言葉を告げながら、暖かい笑顔を向けてくれる。
「簡単に移動できない平民に悪い事を聞いたわ、二年間よろしくね」
「いえいえ、利益を得ているので、こちらがお礼しなくてはいけません……」
マレリルズはニッコリしてそう言った。事務的な話しかして来なかったのに、すごく寂しくなってしまう。
(だめだめ! 今感傷的になっちゃいけない!)
今なるところではないのだ。きっとブリジストの交渉でも上手くいくはずだ。
「水の魔石は上手くいってるかしら」
話を切り替え、自分の感傷的な感情を払拭する。
「はい、まだ完成には時間がかかりますが、設計図自体は完成しています」
「ええ、わかったわ。今日は来てくれてありがとう」
「いえいえ、お呼びいただき感謝しています」
そう言って、マレリルズは帰っていった。いよいよ明日だ。交渉を必ず成功させ、皆を連れていくのだ。
そして、当日。私たちは馬車に乗り込み、レリアナートだけお留守番することになった。この馬車は四人乗りで、消極的にお留守番になったそうだ。あのお屋敷で一人残さられるなんて、かわいそう。
「レリアナートもいてくれれば良かったのに」
「仕方ありません。未来を決める大事な交渉ですから」
「レオネットは冷たいわ」
もう返答なんて来ないが、レオネットの言う通り、社交の場に赴かないレリアナートは、いない方がいいということもある。
「お嬢様、お披露目お茶会ぶりの領主の館ですね、私がしっかりお勤めを果たしてみせます!」
「カリーレ様、優雅に給仕を果たさなくてはいけませんよ」
カリーレは拳を持ち上げて宣言すると、マミーユがため息混じりに叱った。私はそれを見てクスクスと笑っている。
「マミーユ、これでも元貴族だから問題ないと思うよ。たぶん……きっと」
「ハッキリしてください……」
なんだか賑やかな馬車の中だが、一体この後どうなってしまうのだろうか。ふと気づいたことがある。
「カリーレ、あなたは元貴族なのかしら」
「はい、没落した貴族の出ですよ」
「なのに令嬢らしい振る舞いが見当たらないわ……」
「ぐっ……」
まるでお腹でも殴られたかのように蹲ってしまった。マミーユは楽しそうに笑うのに対して、レオネットはジッと二人の様子を見つめている。そして口を開いた。
「二人はもっと仲良くしてください。それと、メルディーラお嬢様の前です。身内ノリだとしても、立ち居振る舞いには重々気をつけてください」
「……はい」
二人はレオネットによって叱られてしまう。私は叱られる二人を見つめて、不思議と心が穏やかになっていった。カリーレよりマミーユが叱られるのはすごく新鮮なので目に焼き付けておかなくては。
「まあ、皆。それは後にしてちょうだい。わたくしは今から、考えるわ」
「かしこまりました。ちょうどついたようなので、歩きながら考えてください」
レオネットの言葉にひとつ頷き、いつも通りに白髪おじさんに案内される。その間の私はずっと、思考をめぐり合わせ、何通りも考えては切り捨てていった。
考えることが終わると同時に、扉が開かれ、中に案内されていく。中にはまだ誰もおらず、机と椅子や必要最低限のものしか置かれていない場所に私たちは辿り着いた。
「あまり歓迎されていないのかしら」
「滅相もございません。ブリジスト様のお部屋は質素ですので」
白髪おじさんは食い気味に否定してきた。恐らく彼は、ブリジストの召使いなのだろうか。彼から溢れ出る忠誠心が伝わってくる。
「ブリジスト様がお戻りになるまで、腰をおかけしてお待ちください」
「わかったわ、案内ご苦労さま」
「恐縮です」
一言言ったあと、白髪おじさんは出て行ってしまった。ここに残ったのは、私と侍女三人だけとなり、シーンと静まり返っている。
「しまったわ……」
「どうかなさいましたか?」
私のつぶやきを拾ったマミーユが心配そうに声をかけてくれた。
「白髪おじさんの名前を聞くの忘れていましたわ」
「えっと……え?」
「だから、名前を聞くのを忘れていたのよ、何度も顔を合わせているのに、案内だけしてササッとどこかへ行ってしまうもの」
マミーユはさらに困惑した表情になっていく。一体何が間違っているのか、まったくわからない。
「こ、恋心ですか?」
「そんな訳ないじゃない」
ますます何言ってるのか分からない。どう考えればそうなるのか。こんなに年の差が離れているのに恋心が芽生えるわけがないと思う。そもそも恋心なんてわからないのだし。
「そうですか……お名前、聞きに行きますか?」
「それはいいわ、直接聞くもの」
私の言葉を聞いたカリーレが目を丸くしながら喋り出す。
「お嬢様は積極的ですね……」
その言葉にマミーユは何度も首を縦に振っている。
(なんだって言うのよ! もう!)
二人の事など無視して椅子に座り、既に用意されていたお茶をコクリと飲み、一息ついた。その時、扉が大きく開かれ、顔を向けるとブリジストがそこに立っていた。
「待たせたな」
と一言言ったあと、すぐに向かいの椅子に座り、白髪おじさんの淹れたお茶を一口飲んだ。
ブリジストは一息ついたあと、鼠色の瞳で真っ直ぐに私を見つめる。
「君は書面を読んだな、説明しなさい」
この人は基本的にせっかちで説明が足りない人。最初にこの手を出してくるのは分かっていた。なので、すぐに返答をした。
「わたくしには分かりかねます。聖女様のお力がわたくしにあるというのも、なぜ感情があるのかというのも。それで、考えたのです」
「ほぉ」
ブリジストは顎をクイッと動かし、続けるよう促す。
「わたくしは聖女ではないと思うのです」
「それはありえない話だ。私は君の魔力量を感知した。あの成人祭でたった君だけなのだ。それに関しては?」
「それは魔力適性の問題かと。わたくしは光の適性しかありませんので」
ブリジストは腕を組み、お茶を見つめ考え出した。適性同士の魔力感知は稀にあると、カリーレの魔術特訓で教えてもらったことがあった。それがきっとあったと思う。
「確かに、稀にそういうのはあるが。適性が光しかないというのは聖女でしかありえないことだ。ほかの属性は?」
「使えません」
「魔術は?」
「使えません」
(なんだか、尋問されてる気分……)
この尋問室に放り込まれた犯罪者の立場を経験させられてる気分だ。やめてほしい。
「君の聖女認定している理由は主に四つだ。一つは五歳で記憶を失ったこと、二つは光の属性しか使えないこと、三つは私が君の魔力を感知したこと、そして最後に、髪と瞳が金色であること。それが理由だ」
意外と理由が多かった。ブリジストは指を四本立てながら、一つ一つ指を折って言っている。
「それは、なんと言いますか。聖女様の基準が分からないです」
ブリジストは鼻を鳴らしながら「簡単なことだ」と言った。そのまま言葉を続ける。
「感情を失うこと、金の髪と瞳をしていること、光の属性しか持っていないこと。これだけだ。君は感情以外は当てはまっている。分かるな?」
この聖女じゃない作戦は埒が明かない。こうなることは予想していたので、話題を変えることにした。
(私、絶対に負けないからね!)
心の中でそう決意しながら、口を開く。




