31 ブリジストの書面
レオネットの持ってきた紙に触れるのが少し怖い。手に取れば、この先の未来がどうなるのか、不安でいっぱいだ。
「よし、読むわ」
「メルディーラお嬢様、早めに読んでください。就寝時間が遅くなってしまいます」
こんな時でさえ、レオネットは空気を読まずに私の健康の方を優先する。その姿を見て、私はため息を吐いてしまい、なんだか不安な心が吹っ飛んでしまった。紙を手に取り、恐る恐る読んでみる。
『君は聖女候補の中から一番聖女に近い存在である。そのため、王城で住んでもらう。ところで、なぜ君には感情があるのか、記憶を失うと同時に説明しなさい』
頭の中で考えると困惑してしまう。聖女候補とは一体何なのか、てっきり婚約のために遠い地へ行ってしまうのかと思っていた。思いもよらない言葉を聞いてしまった。
「え、えっと……説明が全く足りないわ……」
「私も検閲したところ、本当に言葉が足りません。私が代わりに分からないところをご説明いたします」
「わ、わかったわ……」
とりあえず、聞きたいことが山ほどありすぎる。
「聖女というのは、もうリュンレルテ様から聞いていますね」
「ええ」
聖女とは、人々を守り、癒す人のことを示すのだと、リュンレルテからお茶会の時に聞いた。
「二代目以降はそこまで慈愛に満ちた聖女ではありません。初代聖女は慈愛に満ちた人だと、王城に住まう魔族から聞き及んでおります」
「なぜ、二代目からは慈愛に満ちていないの?」
「それが、本人にも分からなかったそうです」
その話から始まるとなると、ものすごく長くなる気がする。初代聖女は慈愛に満ちて、慕われていたと言っているが、二代目からは人が変わったかのように、無表情で王命に逆らわなかったそうだ。
「それは本当に聖女なのかしら」
「はい、聖女と同じ力、同じ魔力量を五歳の時に、記憶を失うと同時に授かっていたそうです」
ではなぜ感情が無くなったのか、全くわからない。でも重要なのは、私が聖女の可能性があるって事だ。これがどんな利となり得るのか。
「わたくし、記憶を失ったのは岩から落ちたからよね?」
「はい、私は見ていましたから、確実に岩から落ちたからです。全く……あれほどやめておくようにと言っていたというもの……」
「い、今は叱られるとこではないわよ!」
レオネットは一つ息を吐き、言葉を止める。危ないところである。隙を見せたら叱責が飛ぶので何とか回避しながら話さなくては。
「では、続けます。あなたは記憶を失ったあとは、大人のような賢い子になりました。歴代聖女でもそれが確認されています。ですが、根本的に違うのは、感情。人を思いやる気持ちが芽生えた聖女は初代以外いないのです」
「それは、わかったわ。ならわたくしは聖女では無いということにならないかしら」
レオネットは首を振りながら言葉を続ける。
「それが……記憶を失った聖女候補は、メルディーラお嬢様以外いないのです」
「もう何がなんだか分からなくなってきたわ、聖女のことはどうでも良くなってきた……」
その言葉にレオネットの眉がピクリと動いた。これは叱られるところなのですぐ話を逸らす。
「あ、そういえば、この後はわたくし、どうすればいいの?」
「メルディーラお嬢様……まぁいいでしょう。貴方様は七歳になった頃、王城へ赴き、そこで暮らすことになります」
「みんなは?」
そこでレオネットからの言葉は無くなる。内容は違うが、予想していたことが当たってしまったのだ。皆と離れたくない、せっかく仲良くなったのに。とそう思わざるを得ない。
「答えて、わたくしは皆と行くわ」
「それは……できません。私たちは部外者です」
「そんなの知らないわよ! ならわたくしはここから動かないわ!」
レオネットは八の字に眉を寄せ「メルディーラお嬢様……」と小さく呟いた。
自分でもわかっている。わがままだってことなんて言われなくとも。五歳と言えど、聖女の力のおかげで精神的には大人になれるのだもの。そう心の中で抵抗する。
「二日後、もしくは三日後辺りに、領主の館に向かいます。ブリジスト様から来るよう仰せです」
「どうせ断れないのでしょう? 行くとも」
彼女は悪くない。頭の中でわかっていても、どうしても八つ当たりしてしまう。
私は腕を組み、眉に皺を寄せてるのが分かるくらいに怒りが芽生えている。
「交渉なさってください」
「え?」
突然の言葉に私は変な声が出てしまった。なんのことか分からない。もう一度レオネットを見上げると、彼女は少し笑っているような気がする。
「商人と交渉しましたね? それを経験したメルディーラお嬢様でしたら、相手と交渉して、皆を……わたくしを連れて行ってくださいませんか?」
私は嬉しかった。レオネットは無表情の中に口角が上がっているような顔で私をじっと見つめている。彼女はきっと、答えを待っている。ならば私はそれに応える。だって私は、聖女だもの。
「もちろん、わたくしは全員を拉致でも誘拐でも、どんな手段でも使って、連れていきましょう」
「そんな野蛮な言葉を使うのではありません」
「あ、はい……」
(せっかく約束したのに! レオネットのおバカ!)
何はともあれ、二日後か三日後のブリジストからのお話。という交渉を上手く利用する。その前に、皆はついて行きたいのか確認しなくてはならない。行くと言ってくれるだろうか。
レオネットによってベッドに放り投げられて、就寝し、目が覚めて湯浴みをする時間となった。
「ねえ、二人とも」
「はい、何でしょう?」
「どうかしましたか?」
カリーレとマミーユから同時に返事が来る。私の体を優しくゴシゴシしながら。
「二人はついてきてくれるかしら」
「はい、もちろんです」
マミーユは何のことなのか、すぐに理解して、即答で答えてくれる。とっても大好き。
「私もついて行きます。私はお嬢様の剣であり、助手ですから」
カリーレの言葉に微笑みで返す。あと聞かなくてはいけないのは、レリアナートと平民たち。リュンレルテとは離ればなれになってしまうかもしれないけれど、魔術学院で会えるのと、一月に一回のお茶会は王城でも出来ると思う。きっと。
食事の間へ向かい、レリアナートを呼び出した。
「いかがなさいましたか、メルディーラ様?」
「レリアナート、あなたもついてくるのでしょう?」
何のことだろう、と目を泳がせたあと、ハッと思い出したように、拳を手のひらの上に置いた。
「そうですね、私はメルディーラ様の食べ物の好みと嫌いな物を熟知しています。他なんて見つからないでしょう」
要するに、料理人の立場は誰にも譲らないということだ。その姿にカリーレとマミーユは私と共にクスクスと笑い合う。レリアナートは理解してない顔で首を傾げているのを、視界の端に捉える。
残りは商人たちだったが、来るのは明日なのでその時に聞くことにする。
今日は研究室に籠り、風の魔石でなにか出来ないかと試行錯誤をしてみたが結局思いつかずに終わり、やることリストを作ることにしたけれど、いざ書こうとすると、やることってなんだろうと思ってやめてしまう。
そんな他愛もないことをやっていると、もう商人が来る日となった。




