29 貴族の森
「本日はどのようなご要件でしようか?」
マレリルズを呼び出し、簡単な挨拶を終わらせた後は、応接間で会合中である。
「カリーレ、研究成果を」
カリーレはテキパキと動き、ボナに紙を渡して、マレリルズの手に渡った。
「わたくし、水の魔石での活用方法を見つけたのよ、他の人たちも楽になると思うわ」
「次から次へと新しいものをお作りになられるとは、さすがメルディーラ様でございます」
そう穏やかに笑顔を浮かべ、私を見つめながら礼をした。
「後の構造などは我々にお任せください」
「あら? いいのかしら? 照明器具はわたくしが設計したけれど」
「問題ありません。まだ一月程度ですが、魔石の研究をしている平民が増えてきました。皆、負けじと新しいものを作ろうとしています」
もうそこまで来ていたとは。新しいものを作る人達は五歳児に負けたくないのだとか。
「まあ、全部任せるわ」
「かしこまりました。次に、鍛治職人ですが、バルスク以外にも二つほど、違う鍛冶場に許可を入れました。メルディーラ様の貴族への宣伝により、大繁盛しております」
「貴族の方はわたくしができる限り何とかするわ」
「恐れ入ります」
そうして話は進んで行き、引退冒険者の夫婦である二人から魔石が送られ、その代金を払ったあとはマレリルズたちは帰って行った。
「最近、同じような事ばかりで、つまらないわね」
自室に戻るとついそんな言葉がこぼれ落ちた。カリーレは少し考えたあと、口を開いた。
「社交の場に赴きますか? 気が晴れるかもしれません」
「宣伝してきなさいって意味かしら」
「いえ、お友達を増やすにはいいかなと」
友達はリュンレルテがいれば、それでいいと思う。ついでにリーレルトもいるけれど、あれは友達とは言えないし。
「気分では無いわ」
「お嬢様、たまには息抜きをしましょう」
「息抜き? そこまで疲れてないわよ」
「お嬢様はお仕事がたくさんあります。淑女教育に研究だったり魔術特訓や、それから花嫁修業と書類整理。これを毎日やっていますよ」
そう言いながら腰を折って屈み、視線を合わせる。確かに、そう言われるとやることが多すぎる。一日ぐらいだったら、お休みを貰ってもいい気がしてきた。
「なら、貴族の森に行ってみたいわ」
「私もお供します!」
ウキウキとしたカリーレを見たあと、私は勉強机に置かれている書類に目を通してみる。どれもお金の動きや、報告書の整理などだ。カリーレに任せたいところだけれど、カリーレは字や数字を見ると頭が痛くなるとか言って、助けてくれない。私もその持病が欲しいものだ。
そこから数日が経ち、レオネットの反対を押し切り、私とカリーレは出かけるようの服に着替えた。今日が貴族の森へ行くのだ。
「メルディーラお嬢様、くれぐれも危険な事はしないように。わかりましたか?」
「問題ありませんわ、わたくしは魔法を扱えるもの!」
怪訝そうに眉を寄せて、レオネットは部屋を出ていってしまった。自慢したかったのに。
「お嬢様、前に教えた攻撃魔法は、魔力を貯めすぎないでくださいね」
「ええ、分かっているわ」
攻撃魔法。たくさん練習してやっとできるようになったもので、習得するのに時間がかかったのだ。魔力を打ち出すだけだが。
そして私たちはカリーレと一緒に、空の旅へと出るために、庭へとやってきた。黄金の花などは無くなって、やっと生えかかっている雑草がちらちらと見える。大半は土の茶色が剥き出しになっているけれど。
「では、詠唱します」
その言葉に、私は空飛ぶ足場を出して、そこに座る。足場が勝手に動いてくれるようになったのだ。カリーレは風の魔術で少し浮いた。
「こう見ると、カリーレは天使のようね」
「天使なんてそんな……お嬢様に翼があれば、一番天使のようですよ」
少し照れた後にそう言ってくれた。なんて可愛いのでしょう。
空を飛ぶ魔術は、学院に入ってから教わるそうなので、私はまだ教わっていない。早く入りたいものだ。
「では、行きましょう」
「ええ」
ようやく、行けるのだ。貴族の森へ、どんな魔物がいるのだろう、とワクワクしながら光の足場を動かして飛んでいく。
青い空の下に、靡く風がすごく心地いい。もうすぐ夏が始まるが、それでもまだ涼しい。
「お嬢様、もうすぐですよ」
風音に負けじとカリーレが声を張り上げて言った。貴族の森は夜だと見たことあるが、昼過ぎに見るのは初めてだ。
森の奥には街が見える。あれが平民街だろう。あの時の脱走を思い返すと、夜に行くのは良くなかった気がする。行くなら昼間かもしれない。
私たちは森に入る一歩手前の所へ降りた。
「ここからは、私から離れないでください。凶暴な魔物がいるかもしれません」
「はぁい」
「お嬢様、危機感を持ってください……」
カリーレはそう言うが、私には全方位の盾を作り出せるのだ。なので、あまり気にしていない。
「カリーレ、心配しないでちょうだい、わたくし、五歳の中でも強いのよ?」
「それがものすごく不安なんですよ……」
そんな言葉を無視して、私は歩を進めた。思っていた通り、この森の中はものすごく歩きづらい。
木の根っこのようなものがあちらこちらにあり、歩けたものではないのだ。少し歩くと息が上がり、ぜぇぜぇ、と息が苦しくなってくる。
「お嬢様、抱き上げましょうか?」
「絶対嫌よ! 森の中ぐらい、わたくしも歩けるもの!」
自分のプライドが許せないのか、手を借りるのは嫌だった。この無駄な凸凹した道ぐらい、私にだって歩けるのだ。きっと。
「お嬢様、こちらへ」
カリーレに手招きをされて、草むらの中へ入った。何があるのかと思い、カリーレの向いてる視線を辿って、私も見てみる。
そこには、茶色の四本足で歩く魔物がいた。
「あれは何かしら」
「あれは鹿です。食べると美味しいですよ」
「動いているのに、どうやって食べるのかしら」
「倒さないと、食べれませんよ」
「ふぅん」
倒すと言っても、あれは食べられるのだろうか。お肉というのは、あれを倒して食べるのだろうか。そう考えると、頭の中がものすごくごちゃごちゃになってしまった。
コソコソと会話をしたあとは、カリーレがお手本を見せてくれることになり、小さい魔力弾を人差し指に集めた後に、鹿に向かって放った。
瞬く間に飛んでいく魔力弾は、見事鹿に命中して、鹿は倒れて動かなくなってしまった。
「眠ってしまったわ、睡眠効果としてはいいわね」
「違います……寝てるのではなく、気絶です」
「目を瞑れば皆寝てるのと一緒よ」
「そ、そうですか……」
私の言葉に心なしの返事をしたあとは、立ち上がって鹿のほうへ行ってみる。息をしているのだから、やっぱり寝てるように見える。
「お嬢様、ここからは見ない方がよろしいかと」
「見てみたいわ!」
チラチラと私の顔を伺ったあと、カリーレは短剣を握りしめ、首に思いっきり振り下げた。赤くて少し黒ずんでる血が滴り落ちている。
「え、か、カリー……え?」
私は困惑してしまった。血を見るのは初めてで、立ち上がろうと足が藻掻いて苦しんでいる。それを見た私は、恐怖で体が動けなくなっていた。
「お嬢様……これが狩りです。あまりお見せしたくありませんでしたが」
呆然と立ち尽くす私を見つめるカリーレの頬には、飛び散った血が付いている。それを見るとさらに怖くなってしまった。
「でも、血が……出ているのに、足が……」
「はい、生きようと必死に藻掻いているのです。魔物同士でも、こういうことはよくあります」
今も尚、しかの首から流れ続けている鹿を見下しながら、淡々とそう告げる。なぜ、悲しそうにできないのか、なぜ、怖くないのか、分からなかった。
その後は、動かなくなった鹿を川の方へ持っていき、血を流したあとは高い木の枝に引っ掛けて、放置するのだそうだ。
「目に光がなくなっているわ……」
「とどめを刺すのは、私に任せてください。お嬢様は見なくていいので」
「これ、貴族の森へ行けなくさせるために、レオネットがしかけたのでしょ?」
「え、あ、いや……」
慌てた反応を見ると、図星のようだ。分かりやすいと同時に、レオネットにちょっとムッとする。私だって、やればなんだってできるのだ。
(なら、大きいものを倒して、レオネットをギャフンと言わせてやる!)
私は心の中で呟きながら、葉っぱに隠れてしまっている空を見上げた。




