28 みんなの隠し事
部屋に戻り、次々と扉から大人たちがくぐってやってくる。レリアナートまでも一緒だった。
「あら、皆お揃いね」
私は勉強机からぐるっと回り、皆を一人ひとりみつめる。レリアナートは一歩前出て口を開いた。
「メルディーラ様、甘いものをお食べになりますか?」
「食べる! 食べるわ! 早く行くわよ!」
さっきの盗み聞きの事は頭からすっぽり抜けてしまった。何より一番好きなのは甘いもの。考え事にも大事なのだ。
「まったく……メルディーラお嬢様はもっと淑女らしく……」
「お嬢様は貴族令嬢として……」
レオネットとマミーユが同じ体勢で私に叱責を飛ばすけれど、私は二人の言葉を無視して食事の間へ向かった。カリーレはなんとも言えない困惑の顔で私の後に着いてくる。
「メルディーラ様は甘いものがお好きですね」
「もちろんよ! 今のうちに食べておかなくては!」
その言葉に皆は首を傾げた。私たちは食事の間へ入り、さっそくデザートが運ばれてくる。
「これは、なにかしら」
「はい、パンの中にクリームを入れたシュークリームというものです。商人が来た際にレシピを買ったのです」
こんなものまでも平民が食べているとは。なんて羨ましいことでしょう。なにか罰を与えなくてはならない、と思いながら切り取って一口食べる。もう罰のことはどうでも良くなり、落ちそうになる頬を抑えて食べ進めた。
「ふぉふぉ、メルディーラ様はお可愛らしいことです」
顎を撫でながら、私の頭を撫でてくれるレリアナートに私は頬をほんのり赤く染めて微笑む。そして、考えていたことが実際にあるとなると寂しくなってしまう。
(もしかしたら……)
聞こうにも聞けない。怖いのだ。本当にそうだとしたら。
シュークリームは五個食べたあとは、自室でレオネットがチェスを持ってきた。やったことも無いし、駒の動かし方も分からないけれど、レオネットが丁寧に教えてくれる。
「この駒はこう動かします。特殊なルールもあり……」
一通り教えてもらい、さっそく対局することになった。結果は全敗。
「レオネットはもっと手加減というものを!」
ふんふんと息を荒らげ、レオネットに文句を飛ばすが、レオネットは「まだまだ弱いですね」なんて言う。なんとも意地の悪い人なのだ。
そして私は一人でチェスの特訓をしたあとは夕食を済ませて、お風呂に入り、就寝となった。
「お嬢様、照明消しますね」
「ええ、おねがい」
マミーユはベッド横に置かれた猫型照明器具を押し込む。徐々に光の魔石は光を失って、部屋には月明かりだけとなった。
「お嬢様、お休みなさいませ」
そう言いながら、手の甲で私の頬を撫でる。私はそれがすごくくすぐったくて、思わず声が出てしまった。
「ふふ、くすぐったいわ……」
「申し訳ございません。ですが、こうさせてください」
私は微笑みながら手を握り、手のひらを枕替わりにして、目を瞑って眠った。
夢を見た気がした。次々と私の前からみんながいなくなる夢を。私だけが置いていかれて、皆はゆっくりと歩いているのに、早く感じた。
目が覚めると、私の目には涙が浮かんでいた。なぜ泣いているのか、一体私の身に何が起きているのか。理解が少し遅れてやってくる。
「メルディーラお嬢様、お目覚めですか? 天蓋を開けます」
「ちょっとまって!」
急いで涙を寝巻きの袖で拭き取り、開ける許可を出した。いつもの笑顔を浮かべ、朝の湯浴みを終わらせた。
「いつ書面が来るのかしら」
「今日か明日、来るかと。きっと」
初めてレオネットが曖昧な言葉を出した。もしかして、以前にも話したことがあるのかと思いながら、朝食を済ませた。
そこからは普通の日常に戻り、淑女教育、魔術特訓、それから魔石研究に花嫁修業をして、さらに新しく当主としての書類管理をやらされるようになり、忙しい日々が過ぎていった。
数日後、リュンレルテからお茶会に来たいという手紙が届いた。皆は準備をして、マレリルズから茶葉を買ったりしていく。
「本日はお茶会に来ていただきありがとう、リュンレルテ」
「いつ誘ってくれるのか待ちくたびれていたわよ?」
それはやることが多くて、つい。と言い訳したいところだけれど、イタズラに笑うリュンレルテがちょっと可愛かった。
「では、ご案内いたします」
レオネットが先頭を歩き、庭へやってきた。今日は快晴なので、私の魔力で黄金の花を咲かせたのだ。
「あらぁ、すっごく綺麗だわぁ……」
「リュンレルテのお屋敷が綺麗だったので、真似てみたの。気に入ってしまったわ」
「まあ、それは嬉しいこと」
ふふふ、と二人で笑い合い、お茶など諸々が運ばれてくる。
「そういえば、メルディーラ。中央首都のふたつの派閥が激しく動き始めたのよ、気をつけてちょうだい」
「そうですの……聖女派と占い派ですわよね、それって結局なにかしら?」
リュンレルテはお茶をひと口飲み、息を整えてからまた口を開いた。
「聖女派閥は聖女を守る、占い派閥は魔族の血を飲ませる。という目的みたいよ、前聖女様は魔族の血を口にして、亡くなっているの」
それはなんという初耳というか、衝撃すぎる内容だった。私は開いた口が塞がらないでいる。
「驚かれるのも無理ないわ、わたくしもお父様に聞かせれた時は衝撃だっもの……」
中央首都。ものすごく怖すぎる。魔術学院も王城の中にあると聞く、もしかしたら変なことに巻き込まれそうで怖い。あと、聞きたいこともあったのだ。
「聖女とはなんですの?」
「聖女とは、人を癒し、人々を守る存在だそうよ、わたくし、見た事がないの」
「そう……お亡くなりになっていますし、王城なんて行く機会ないもの」
「それもそうね」
このお話は二人からしたら言うと悪いけれど、どうでもいい話でもある。深く気に止めずに、恋愛小説のお話になった。
「恋愛小説をお返しするわ」
「あら? 返さなくていいのよ?」
キョトンと首を傾げるリュンレルテに私も首を傾げる。これは借りたというものではないのだろうか。
「でも、借り物ではなくて?」
「あげたつもりだけれど……」
二人で首を傾げる。そして私は、ふふ、と笑ってお礼を言った。
「ところで、どこがお好き?」
「恋があまり分からないの」
「成人祭でもそう言っていたわね、ドキドキしたりしないの?」
「焦れったい……のよ」
リュンレルテは目をぱちぱちと瞬きをして、口元を手で隠しながら笑ってしまった。
「メルディーラ。貴方本当に面白いわ! 皆恋の話に夢中なのに」
「そんなに笑わないで……分からないものは分からないわよ」
ぷいっとそっぽ向いてそう告げると、リュンレルテは謝りながら笑いが消えていく。
「メルディーラらしいわね、一月に一度、お茶会をしましょう」
「ええ、わたくしのお屋敷でもよろしくてよ」
「順番よ、ずっとメルディーラのお屋敷はさすがに悪いわ」
「わかったわ、また来月、リュンレルテのお屋敷で」
そして、照明器具のお話をして、リュンレルテは帰ることになった。照明器具は猫型が可愛くて沢山作るよう依頼したそうだ。バルスクが大変そう。
「今日、楽しかったわ、ごきげんよう」
「わたくしもよ、ごきげんよう」
そう挨拶をしたあと、馬車は揺れて帰っていった。成人祭から数日もたっているけれど、結局ブリジストからの書面は来てない。お仕事をほっぽっているのだろうか。
水の魔石を利用した魔道具が完成した。研究室でカリーレと閉じこもり、色々と研究を重ねていた。
「ようやく完成しましたわ、なぜカリーレの魔力だと上手くいくのかしら」
「分からないですけど、マミーユとレリアナートも上手くいってましたね」
そうなのだよ、私の魔力だと、水は思いっきりぶしゃー、と出てきては一瞬で魔石が溶けてしまう。でも、カリーレや皆の魔力はゆっくり溶けて、ちょうどいい水の流れがやってくる。なんだか腑に落ちないが、完成したのだ。
「今度、マレリルズたちを呼んで、研究成果を渡すわよ!」
「まかせてください! 予備も書くというのを覚えましたので!」
「予備?」
予備とはなんだろう。研究成果に予備なんているのだろうか。
「研究成果は書いたあとは、もう一枚書いた方がいいと言われました。最初は一枚しか書いておらず、レオネット様に叱られてしまったのです」
カリーレはげんなりして俯いてしまった。だけれど、カリーレは教えればできる子なのだ。成長できるというのはいい事だと思う。
「カリーレ、そんな前のことは忘れて、今の研究に専念なさい!」
「は、はい!」
私は褒めたと言っていいのか微妙な褒め言葉を言って、マレリルズを呼び出した。




