3 おともだち
一瞬笑顔が引き攣りそうになるが、カリーレがちょうど持ってきたお茶を素早く持ち、とりあえず飲む。そして考える。
(なぜ私なのだろう? 他にもたくさん令嬢がいるのに)
当然の疑問だった。なぜ私にそんな固執するのか。意味がわからない。
「なぜ、わたくしにそこまで期待なさるのですか? 他にも令嬢がおられるではありませんか」
「あぁ、そうだな」
そこで言葉が止まった。続きがあると思い、ちょっと待ってみたが、なかなか口を開かない。
(あ、あれ? 今ので終わり?)
「お茶会の邪魔をしたね、他の令嬢と友達を作るといいよ」
返事をする暇もなく、リーレルトは立ち上がり大人の集まりへと姿を消してしまった。まだ質問に答えてもらえていないのに。
ふと、リーレルトのいた席を見つめてみる。一口も飲んでいないお茶がそこに置かれていた。カリーレが用意したものだったので、毒が入っていると思われたかもしれないが、もったいないと、思ってしまった。
私は席を立ち、令嬢が集まっているところに視線を向けて、歩んでみる。
「ごきげんよう、皆様。」
私は疲れを完全に隠れるように精一杯の笑顔をした。
「ごきげんよう、メルディーラ様。先程の宣言、とても気に入りました!」
そう言ったのは茶髪の黒い瞳をした、控えめな少女だった。多分この少女は恋愛ものが好きなのであろう。顔がうっとりしていて、一瞬でも隙を見せたら彼女の恋愛妄想の登場人物にされそうだ。
「あはは……それは良かったです?」
どう反応すればいいのか分からない。恋愛小説物はまだ読んでいないし、どういうものなのか、全く想像できない。
「わたくし、考えたのです。もしかして、ふたりでこっそり会ったりしてるんじゃないかって!」
(誰が!? 誰に!?)
他の令嬢たちをよそに目をきらきらさせて指を組んで、ぐぃっと近寄ってくる。私は思わず後ずさりするが、相手も一歩前へやってくる。圧が、すごい。
「二人っきりの時はどんな感じなのでしょう? 先程もふたりでお話していましたよね? もし良かったら、わたくしのお屋敷でお茶会を開くので、よろしければ、その時にでも……」
「と、とりあえず落ち着いてくださいませ!」
(どうしてこうも、勝手に決めちゃって話を進めてしまうの!?)
私はあわあわしていると、その子は大きく深呼吸して、目を瞑って感情を落ち着かせたあと、じっと私を見つめた。
「落ち着きました。今からお茶しましょう。他のご令嬢たち、失礼いたします」
そういうと、空いてる席へと歩いていった。拒否権はなかった。
席に座るとカリーレがお茶を用意してくれる。その子に先に出し、私の前にも置いた。
(お茶は好きだけど、こんだけ飲んだらお腹が……)
お茶はちびちび飲むとして、既に用意されているクッキーでお腹の中の水分を吸ってもらおうと思い、マミーユに目で訴えると、ささっとクッキーをお皿に乗せてくれる。そのあと、お茶を一口。クッキーも一口かじる。これは毒味だ。
それを確認した女の子はお茶を一口のみ、ふぅ、と一息ついた。そして口を開く。
「それで、どんな出会いでしょう?」
(ぜんっぜんダメでした)
とりあえず、話を逸らさなくてはならない。このままだと、私は押されに押されて、彼女の豊かな妄想に引きづり込まれかねない。
「あの、お名前をお聞きしても?」
ハッと我に返る少女。座りながら、自己紹介を始める。
「わたくし、リュンレルテともうします。以後、お見知り置きを」
頬に手を当て、穏やかな笑顔を向けられ、すごくキラキラと輝いている。これが貴族令嬢なのだと見せつけられ、格の違いを実感する。このリュンレルテはおそらく、上級貴族かもしれない。
「よろしくお願いいたします。知っての通り、わたくしはメルディーラともうします。ところで、リュンレルテ様のお屋敷でのお茶会を誘っていただきましたが、わたくしを誘ってもよろしかったのですか?」
リュンレルテは何を言ってるの? とした顔で頬に手を当てながら、首を傾げながら言う。
「ええ、メルディーラが親無し貴族なのは知っています。ですが、わたくしは個人的に貴方と仲良くなりたいのです。退屈しなそうですもの」
うふふ、と笑いながら言うリュンレルテ。私は思う。(おもちゃかなんかでしょうか?)と。
「はじめて、お友達ができました。とても……とても嬉しいです」
(どうでしょう! 完璧な令嬢の嬉し涙!)
とっても感動してます。のように嬉し嘘涙を浮かべて様子を伺ってみると、リュンレルテが椅子から立ち上がり、私の目の前までやってくると、手を握る。
「そうなのね! 五歳未満は個人からお茶会には誘えませんもの、親同士の交流で昔から縁があるものが普通ですが、ずっと独りだったでしょう? わたくし、全力で貴方のこと守ってあげますわ! リーレルト様の婚約者ですから!」
(ん? 最後?)
「まぁ、とっても頼もしいですわ……」
泣いていいだろうか、今度こそ嘘では無い真実の涙を流すのを許されてもいい気がする。誤解は解けず、お互いの侍女同士が話し始める。
カリーレが予定を聞き出し、マミーユが調整するのだろう。顔が真剣だ。
「そういえば、魔術訓練はもう行いましたの?」
椅子に戻ったリュンレルテから唐突の話題変換に混乱したが、私はすぐに答える。笑顔を絶やさずに。
「まだでございます。魔力量もわかってない状態なのです」
「そうなのですか……ですが、まだ慣れていませんが、メルディーラは魔力量が多いと思いますよ」
不意にそう言われ、どういうことだろうと首を傾げる。そしてリュンレルテが説明してくれる。
「魔力は感じることができます。それが気配とかそういうらしいです。今のうちに慣らしておくのがいいと思いますわ」
私は魔術というのをやったことが無い。それよりも、魔力の感覚がまだ分からない。他の子達はもう既にやっているようだけれど、私は記憶喪失前ならやっていたのかもしれない。
「そうですよね、早速お家に帰ったら練習しようと思います」
「その方がよろしいかと、魔力は生まれつきのもので、増えることなんてないと本に書いてありましたの」
魔力は増えない。使った分だけ減って、ご飯を食べたり寝たりすることで大幅に回復すると言う。つまり、上限は変わらないそうだ。
「お茶会で魔力の話ができてとても有意義ですね、とても参考になりました」
うふふと満面の笑みを浮かべる私。それを見たリュンレルテは暖かい目で私を見つめる。優しい目をしていて、心がとても癒される。
(私のおともだちは可愛らしい人のようですね)
リュンレルテは思い出したように下唇に指先を添え、天井を見上げる。
「一年前から、魔力の扱い方を教える年齢が大幅に変わったのですよ、十歳から才能があれば三歳、基本は五歳からと、こうなりました。何が目的なんでしょうね、このお茶会もその話で持ちきりなんですよ」
(情報交換っぽくなってきました! 情報を引っ張り出します!)
この魔力の話では、早く魔術に慣れてもらうことが重要な気がする。さっき言っていた魔力を増やすなんて、リュンレルテの反応を見た限り、建国時代から誰も成し遂げていなそうだし、魔術慣れすれば、すぐに攻撃や防御にも役に立つ。何か嫌な予感がする。
「もしかしてですけど、攻撃魔術、それか防御魔術みたいなのに慣れておく必要がある。とかでしょうか」
そう呟くと、リュンレルテは笑みを深めた。多分何か知っているのかもしれない。
「メルディーラは頭がよろしいのですね。わたくし、嬉しく思います」
リュンレルテの雰囲気が途端に変わった。そのタレ目な瞳からは力強い光が出ている。変わらぬ笑みなのに、まるで暗闇の中に放り投げられたような威圧に私は息を呑んだ。
「リュンレルテ様は、なにかご存知のようですね」
その威圧に屈していないように笑みを深める。この体に刻まれ込まれているのだろう。怖さは感じなかった。どちらかというとわくわくしているようだ。
「それを言うには、ここではダメね、それにメルディーラとは会ってからそんなに長くないですもの」
威圧感のある笑みは消え、穏やかなおっとりとした笑顔が広がる。世界が色鮮やかになるような。五歳でここまでの社交能力を身につけるなんて、どんな生活をしているのでしょう。
そう考えていると、カリーレは私の耳元で囁いた。
「お茶会での日程は決まりました。お屋敷に戻ったらお伝えします」
そう言われ、私は小さく礼をする。リュンレルテに目を向けるのと、私と同じように耳打ちされたであろう彼女は私を見つめるのと一緒だった。
「決まったようですね。先程のお話をお伝えするにはまだ時間がかかりますわね」
「リュンレルテ様、本日はお茶会にお招きいただきありがとうございます」
お礼を言いながら、手のひらを膝の上でしっかり組んで、頭を下げる。リュンレルテは一つ頷き、席を立った。
「問題ありませんよ、貴方の頭脳が欲しいのですから」
そう言うと、また他の令嬢たちの方へと歩いていった。それよりも気になるのが、その私の頭脳と言った言葉だった。
(私の頭脳? 何か変なのかな……)
そう心配はしたけれど、答えてくれる人はもうこの場にはいないので、深く考えることをやめて帰ることにした。
話した相手は二人だけで、他の令嬢や殿方に近づこうとすると、みんな避けるように逃げるせいで話すらも出来ない状態だった。
私は馬車に乗りながら、白髪おじいちゃんにお見送りされた。
馬車の中は行きと同様、みんな乗っていた。私はぼーっと外を眺めていると、レオネットが口を開く。
「メルディーラお嬢様、お茶会はどうでしたか?」
私は窓の外を眺めながら、さっきの状況を思い返した。
「わたくしと格が違います。貴族令嬢として、完璧な方だと思ってしまいました。あれぐらいにまでにどれだけ練習したのでしょう」
思ったことをそのまま口にしたように、私は考えていた。どれだけ努力をすれば、笑顔を絶やさず、一見穏やかそうな笑みでも目を見れば雰囲気が変わる。私にそんなことができるのだろうか? と。
それに、話の内容もそうだ。婚約だの魔力だの私の頭脳など、今日は情報量が多かった。頭の整理にも時間がかかりそうだ。
「それは仕方ありません。五歳未満でも社交に出られます。本来、親の紹介や身内での誕生日会などで、社交される方々がおられるのです」
レオネットは親のいない私は社交の招待が来ない。と言った。たしかに、それには仕方がないと思う。でも、あれを見せられては勝てないと思いかねない。もっと努力が必要なのだ。
「レオネットはもうちょっと優しい言葉を言ってもいいのですよ?」
私は唇を尖らせ、ちょっと文句を言いながらレオネットに顔を向けた。レオネットは笑顔もなく、無表情で私を見つめている。きっと、このお茶会で現実を見せようとしたのだろうと容易に予想はつく。
(でもだからって、心をへし折ろうとするのは違うと思うのです……)
「お嬢様、レオネット様はお嬢様のことを思ってのことです」
マミーユが口を開き、私にそう言った。分かっているけれど、なんだか、落ち込んでしまう。
「そうでしょうね、でもわたくし、いつでも負けるつもりはありませんわ」
そう、私は負けたくない。本来の性格なのか、負けず嫌いな気持ちが出てくる。悔しい気持ちが心の半分を占めている。だから、負けたくない。
「お嬢様は昔から負けず嫌いでしたよ」
カリーレは遠い目をしながら昔のことを思い出していた。なんだか、瞳の色が失いそうだ。
それを見たマミーユがクスクスと笑っている。そして、レオネットは無表情なまま、私をじっと見つめ、口を開く。
「メルディーラお嬢様はどうされたいのですか?」
「どうと言うのは?」




