22 恋愛小説
「メルディーラお嬢様。重心がズレてます、やり直しです」
「ムムム、レオネットは厳しすぎるわ!」
現在、歩き方を叩き込まれている。頭の上に木の板を乗せられ、延々と自室の中をグルグルと周っている。
木の板と接触してる頭が痛い。そんなレオネットは文句を言う私を見つめながら、眉を寄せた。
「淑女たるもの、あなたの条件に合う殿方を射止めなくてはなりませんよ」
「そんなの分かってるわよ、でも恋なんて分からないわ……」
「リュンレルテ様からいただいた本があります。読むといいですよ」
そういうと、扉の近くにいたマミーユが動き出し、部屋を出ていってしまった。つまり、私は恋愛小説を読むことになる。淑女教育からも抜け出せるわけだ。
両手を握りしめて、その場で自分を褒めて手を見つめた。その時、頭の上に乗ったままの木の板が、カランと音を立てながら落ちてしまった。
「メルディーラお嬢様、淑女たるもの……」
さすがにもう先を言わなくなってしまった。呆れているレオネットを置いて、私は勉強机に飛び込むように座る。
「いいですか? 五歳で恋愛が分からないのは仕方がありません。ですが、十歳もしくは十五歳になれば、恋する時があるのです」
「レオネットはあるの?」
質問に答える気のないレオネットは聞かなかったことにしている。
(なんで教えてくれないの!?)
そんなレオネットを放っておいて、ちょうど帰ってきたマミーユに本を奪い取るようにして読んでみた。
読んだ結果としては、やっぱり意味がわからなかった。遠回しの言葉が多すぎるのもあるが、やっぱり恋が分からない。愛と何が違うんだろう。
「やっぱりよく分からないわ、家族への愛なのは最近知ったけれど……」
「そういうものです、お嬢様はまだ五歳ですから」
マミーユは勉強机の隣にいてくれる。あんまり叱らないので安心する。
「そういえば、メルディーラお嬢様はどこで文字を?」
「ん? 勉強したことないと思うけれど」
「そうですか、字を教えなくていいのは好都合ですね」
良くも悪くも前向きなレオネットだが、やっぱり気になるのだろう。私もなぜ読めるのか分からないし、リュンレルテでも、この本を「所々でしか読めないけれど」と言っていた。私って意外と特殊なのかも。
「それよりも、この雰囲気ばかり書いてて、結局何が言いたいのか分からないわ、はっきり言ってキッパリ結婚すればいいのではなくて?」
「まあ、お嬢様も大人になったら分かりますよ」
大人ってそんなに色んなことがわかるのだろうか。それよりも、この本を読み終わったらどうすればいいのだろう。返すように言われてないし、やっぱり返した方がいいだろうか。
「もう全部読んだし、これは返しましょうか」
「なら、私も読みたいです……」
「マミーユは恋愛が好きなの?」
指を組み、モジモジと親指をくるくる回しながらコクっと頷く。なんとなくそれが可愛いと思う。
「マミーユは何歳なの? 結婚はするのかしら?」
「私は十六歳です。結婚は全く考えてないですね、平民なので」
貴族と平民では結婚は難しい。それでも、結婚させてあげたいと思う。マミーユの子供がどんな子なのかものすごく気になる。
「子供はどうすればできるのかしら」
「それは成人してからのお話です」
「そう……」
ものすごく真剣な目で見つめられ、眉をひそめながらマミーユは言った。ちょっとこの先を聞くのは怖いのでやめておくことにする。特にマミーユとレオネットが。
「まあいいわ、他にも恋愛小説を読んでみたい」
「わかりました、持ってきてまいります」
そういうと、そそくさと部屋を出ていった。そんなにこの本を読みたかったのだろうか。やっぱり、結婚した方がいいと思うけれど、誰がいいんだろう。商人の息子さんがいいだろうか。
「ヒュールとマミーユが結婚するのかしら」
ボソッと思ったことが零れた。その問いにはレオネットが答えてくれる。
「それは無理でしょう。ヒュールは子供すぎるのと、マミーユは年上好きですから」
まあそうなるだろう。仕方がない。心の中でヒュールに応援しておくことにした。特に、恋してる訳では無いと思うけれど。
「本を読むと時間があっという間ね、もう部屋が赤いわ」
「そうですね、最後の一冊を読んだあとは、いつも通り過ごしたあと睡眠にしましょう。マミーユが不寝番を務めてくれるそうなので」
まだ信用されてないのは仕方ないけれど、誰かがいると眠れなそうだ。迷惑をかけたのは私だけど。
扉が開き、マミーユが戻ってくる。今度はどんな感じなのかちょっと気になる。
「では、私はこの本を読んできます」
リュンレルテの本を両手で包み込むように抱えて、部屋を出ていった。これぐらい読みたかったのならば、リュンレルテから買うことも視野に入れておこう。
次の恋愛小説もやはり雰囲気文字が多く、モジモジしててものすごく焦れったい。さっさと言ってしまえばいいのにと、思わざるを得ない。
「なんとも言えないわね、結局恋とはなんでしょうか」
「無理もありません。わかる日が来ますとも」
レオネットに本を回収されて、お風呂と食事を済ませてベッドに潜り込む。
「お嬢様、あの恋愛小説はものすごく面白いですね、まだ途中までしか読んでいませんが、ドキドキします」
ベッドに潜り込むと同時にマミーユからそう言われた。ドキドキなんてしないし、焦れったくて読む気が失せてしまうものに、楽しめて何よりだと思う。
「早く大人になれば、わかる日が来るのかしら」
「ずっとそのままのお嬢様でいて欲しいですけど、できれば幸せになって欲しいです」
俯き、膝の上にある読みかけの本をそっと撫でる。そんな姿が少しだけ寂しげに見えた。
「マミーユ達がいてくれるなら、私は幸せよ?」
「それは嬉しいお言葉です。結婚しても、私はお嬢様と離れるのは嫌ですので」
「ふふ、マミーユの子供はわたくしに一番に見せてちょうだいね」
「保証はできませんけれど」
そんなふうに二人で笑いあった。そして、ロウソクの灯りを消して、私はマミーユによって、布団をかけられて眠った。
次の日、マミーユは椅子に座ったまま眠っていた。本を膝の上で開いたまま、頭が今にも落ちそうな状態だった。
「マミーユ、ヨダレが垂れてるわよ」
「え!? 失礼しました」
「もちろん冗談よ」
口を手で頑張って拭っているが、そんなものは無いのだよ。頬をぷくっと小さく膨らませて、私のほっぺを抓ってきた。
「い、いひゃい……」
「お嬢様、次はもっと痛くします」
「ご、ごめんなさい」
こんな冗談を言うものではない。私はそう学習した。
「マミーユはお部屋で休みなさい」
「いいえ、お嬢様の湯あみの後で休みます」
なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。あの脱走がなければ、こんな不安にさせることなんて無かったのに朝まで付き合うなんて、余程心配していたのだろう。
「マミーユ、今夜からは不寝番はいらないわ、もう居なくならないから」
「……わかりました」
少し安心したように笑顔を見せてくれる。マミーユは本や椅子を片付けたあと、湯浴みの準備にカリーレを呼びに行った。この部屋にいるのは一人である。
「はぁ……やっぱり、愛なら分かるけれど……」
昨日読んだ恋愛小説がどうもよく分からないでいる。リュンレルテはキラキラしてたのに、私は彼女のように全くときめなかった。
(リュンレルテに今度聞いてみようかな)
そう呟くと、カリーレが桶を抱えて入ってきた。
「おはようございます、お嬢様。本日は雨になるかもしれません」
「雨、濡れたくないわ……」
「雨音を聴きながらのお茶は格別だとマミーユが言っておりましたよ」
マミーユが言うなら間違いないと思う。カリーレの後ろを着いてきていたマミーユに目をやる。
「雨音は音楽のように響いて好きなので……」
なるほど、音楽か。そう思って聞くと悪くないかもしれない。朝食後のお茶の時間が楽しみだ。
「お嬢様、湯浴みをします。こちらへいらしてください」
「はぁい」
まだ眠い目を擦りながらカリーレの手を取り、体をゴシゴシ洗われる。その後にはもう既にレオネットが居て、服を着せられる。いざ、食事の間へ。
「マミーユ、早く休んでらっしゃい」
「はい、お心気遣い痛み入ります」
一礼をして、食事の間を出ていくのを見送って、私はさっそく食事を済ませた。そして、お茶を飲みながら雨音を聞いてみる。
「確かに、これは心地いいですわね」
「雨も悪くないでしょう? 私も一人でお茶した時は、嫌なことを全部忘れてしまうような感じでした」
「あら、記憶を失う前のわたくしは、嫌なことでしたのね……」
「え、いや、ちがっ……」
ちょっと意地悪しすぎたかもしれない。でもそんなカリーレが面白くて好きなのだ。




