21 室内庭園
室内庭園にやってきた私たちは、ようやく手を離してくれて中を見渡す。
「すごいわ……きれい」
「だろ」
ここのお花畑や木が生い茂っている。森のような感じだが、しっかり整理されていて道が歩きやすい。リーレルトは自信ありげに自慢を始める。
「ここは領内最高な場所だからな、庭師が何十人もいるんだ」
「そ、そうですか」
ここのお花は色とりどりあり、木がたくさんの場所とお花がたくさんの場所、そして小さな川や水浴場なんてものもある。中を歩きながらきょろきょろと見回して、いつの間にか私も楽しんでいた。
「令嬢は本当にこういうのが好きなんだな」
「本物の森はきっと歩きにくいと思います」
「行ったことあるのか?」
もちろんないが、貴族の森に行ってみたいと思っている。しばらく歩いていると、庭園の真ん中に机が置かれてあり、そこに一人の女性と侍女がいた。
「母上!」
庭園の窓から照らされるその女性はリーレルトの母だそうだ。そして、長い髪が綺麗な白色の宝石のように輝いて見える。
「あら、リーレルトね。どうしてここにいるの?」
水の魔石のような瞳に目を奪われる。彼女はこちらを見て、私を見つめる。ニコッと笑顔を見せたあと、手を振って向かいの椅子に座るよう促す。
「今日はメルディーラと友達になったんだ、それでここを見せてやろうと思って連れてきた」
一番に椅子に座ったリーレルトが口を開いて説明を始める。私は話の途中でありながらも、リーレルトの母の横に立ったまま、挨拶をする。
「お初にお目にかかります。メルディーラともうします。以後お見知り置きを」
裾をつまみ上げて頭を下げる。その姿を見た女性は満足そうに笑みを深め、椅子に座るよう促す。
「わたくしはリーレルトの母、カリャーシャというわ、お母様と呼んでもよろしくてよ」
椅子に座ったのを確認したあと、そう私に告げる。最後の言葉を無視して、とりあえず褒めることにした。
「お会いできて光栄です、美しい髪に瞳。思わず心を奪われてしまいました」
照れてるような困惑しているような、そんな微妙な顔を浮かべ、笑顔を浮かべる。
「そう思うのはこの国の人ばかりだわ……」
ボソッとその言葉を吐き出したあと、リーレルトが空気を読まず、口を開いた。
「母上、メルディーラは賢いのだ、きっと領地に貢献できる才能があると思うんだ」
「そうなのね、噂はかねがね聞いているわ」
私を差し置いて、二人で話し始める。そして、どうすればいいのか分からず二人の会話をずっと見守ることにした。
「私の婚約者にどうだ、というのは失敗に終わったけど、これから積み上げていこうと思ってるんだ」
「そう、じゃあ頑張って口説いて行かなくてはね」
親公認のようだ。あまり巻き込まないでもらいたい、ただ平穏に暮らしたいだけなのに。思わず笑顔が引き攣りそうになるが、耐えて笑顔を振りまく。
「メルディーラは婚約者にならないのかしら?」
そう言いながら私を真っ直ぐに見つめるカリャーシャ。威厳と言うより、圧がものすごく感じる。これが領主夫人。
「はい、わたくし、中継ぎ当主なのです。わたくしの立場を放っておくことなんてできません」
素直に理由を話して、婚約話をやめさせる。口説かれるのはごめんだ。
「なら、この屋敷の一室を使って住めばいいのでは?」
リーレルトと同じことを言い出したカリャーシャに私は眉がピクっと動く感覚を感じる。親子そろってよく似ていると思う。
「それはお受けできないのです。わたくし、今の家を守る義務があります。なので婿入りを探さなくてはなりません」
「わたくしたちの家族になれば、欲しいものはなんでも手に入るわよ?」
ここでも同じことを言い出した。まさかと思うが、リーレルトへの入れ知恵はカリャーシャかもしれない。そんなものに釣れるほど甘い女では無いのだよ。
「それは魅力的な提案だと思いますが、わたくし、まだ五歳なのです。せめて、成人した後にもう一度お誘いしてください」
これなら、リーレルトは十九歳になるし、私はもう既に婚約してるはずなのだ。遠回しに断っていると思うだろう。
「あと十年ね。リーレルト、十年が限界よ」
「分かりました」
(全然わかってないよ!)
遠回しに断ったはずなのに、なにか希望を見出したような笑顔を振りまくリーレルト。なぜ伝わらないのかが分からない。
「庭園はどう? すごく綺麗に整えられてると思いませんこと?」
「はい、すごく綺麗です。まるで本物の森の中で過ごしている気持ちになります」
「そうだろ? 俺もたまに手伝うんだ」
リーレルトは多分、水を出したりするんだろうなと予想はつく。その自信はどこから来るのだろう。
「魔力を使うのは大変では無いのですか?」
「いいや、私は来年から魔術学院に行くんだ、こんなことで疲れているようでは、領主の子として恥ずべきことだ」
領主の子でも大変そうだ。みんなを引っ張る存在なのだから、自分も貴族の皆に見せつけなくてはならない。自分は価値のある人間なのだと。
「努力家なのですね」
ふふ、と笑顔を見せつける。そして私は気になった。魔術学院。
「ところで、魔術学院とはどのような場所でしょう?」
「魔術を鍛える場所だ、それ以外にあるのか?」
「い、いえ……」
口をへの字にしてそう言われた。さすがに困惑の顔を隠せない私はカリャーシャを見てみるけれど、彼女は、ふふふ、と笑うだけだった。ちゃんと教えてくれたりしてもいい気もする。
「もうこれぐらいにしましょう、お茶会の途中でしょう? さぁ、戻って」
「わかった、行くぞメルディーラ」
返事をする間もなく腕を掴まれ、引き摺られながらその場を後にした。カリャーシャは相変わらず微笑ましそうに笑っているだけで、助けてもらうことはなかった……。
「メルディーラお嬢様、手土産の方は終わりました」
「わかったわ、そろそろ帰りましょう」
「ん? もう帰るのか?」
なんだか寂しげなリーレルトの方へ体を向ける。こうして見ると、当然だが私より身長が高い。顎を持ち上げるようにリーレルトを見つめた。
「はい、やることがありますので」
魔石の研究や魔力操作の訓練をしなくてはならないので。それは口に出さず濁す。
「そうか、手紙を送る。兄上の成人祭があるから、また会えるだろう」
(なにそれぇ……)
また会うことになるとは、手紙だけなら断り文句はたくさん出てくるのに、出向かなくてはならないのは気が重い。だが、私は中継ぎ当主なのでやらなくてはいけないのだけれど。
「はい、またその時に」
裾をつまみ上げ、レオネットと共に踵を返す。
ささっと白髪おじさんが先頭に立ち、道を案内してくれる。
「レオネット、家に帰ったら手土産のこと教えてちょうだい」
「はい、夕飯の後に並べるつもりでしたよ」
私はパァっと元気になった。今までの嫌な気分が払拭された気がする。嬉しい。
ふふん、と鼻歌を歌い、馬車に乗って帰路に着く。
「デザートはなんでしょうね、もっと甘くしてもらいましょうか」
「メルディーラお嬢様。家に帰ったあとは淑女教育をいたしますよ」
「それは嫌!」
何がなんでも、魔石の研究をしてやる。そう心の中で叫ぶが、レオネットは構わず言葉を放った。
「歩き方、喋り方、笑顔の作り方、色々と教えなくてはなりません。それに、社交界があと一月後です。淑女として完成させなくては……」
「わたくしをどこまで完成させるつもりなのかしら……」
ポロッと心の声が口に出てしまった。それを聞いたレオネットは鋭い目つきで私を見る。
「いいですか? 淑女たるもの……」
「聞きたくないわ!」
耳を塞ぎ、目も固く閉じる。レオネットは強引に手を掴み、耳元で聞こえるように丁寧に言い始める。
(ひどい! ひどいよレオネット!)
レオネットのあれこれを聞いたあとは自分の屋敷に戻った。そして、カリーレの手を取り走って庭の方へ向かう。
「カリーレ、動かないように」
レオネットの言葉にピンッと立ち止まったカリーレ。どんな教育したらこんな感じにまで至るのか、さすがに私も怖くなってくる。
「お嬢様、申し訳ありません……お嬢様よりレオネット様の方が怖いので……」
ぎゅっと握られた手には力込められており、振りほどくことは出来ない。
(カリーレ、力が強いよ!?)
振りほどくことは出来ず、レオネットが私の前までやってくる。
「メルディーラお嬢様。もう観念してください」
私を両手で抱き抱えられ、もう逃げられない。そんなことを言われた気がした。
(レオネットのおバカ!)




