20 リーレルトとお茶会
目が覚めるとベッドで仰向けになっていた。ぱちくりと目を瞬かせて、昨日の出来事を思い出しては、おぉお、と呻いた。恥ずかしい。
「メルディーラお嬢様。お目覚めですか?」
天蓋が開かれると同時にレオネットから声がかかった。顔を合わせづらい。
「え、ええ、おはよう」
「おはようございます。いいですか。淑女たるもの、勝手に抜け出すなど……」
「もう分かったわよ!」
ぷいっとそっぽ向いて口を尖らせ、レオネットの叱責を終わらせた。
「お嬢様、湯浴みをしましょう」
マミーユがひょっこりと横から出てくる。そして、私を抱き抱えて、桶の前までやってくる。
「マミーユ? わたくし、抱き抱えられるほど子供ではないわよ?」
「いいえ、まだ子供だと思います」
なんだろう。マミーユが過保護になってきている。それは後に考えることにして、湯浴みを終わらせた。
「お腹がすいているわ、朝食を食べましょう」
「お嬢様、もうお昼です……」
「え、カリーレ、しっかりはやく起こしてくださらないと……」
「えっと、すみません?」
困惑した顔にして楽しんだあとは、朝食だ。いや、もう昼なのか。
(え!? もうお昼!?)
「早く準備を!」
さすがに、寝惚けていたのも程があるというもの。早くご飯を食べて領主の館へ行かなくては。
「もう準備は終わらせてあります。服選びも終わっているので、軽食だけお食べになってから出発します」
わあお、準備万端だ。と思いながら、食事の間でもぐもぐと軽食を食べた。その後はさっさと服を着替えさせられ、マミーユに髪を結われ、カリーレが私を担いで馬車に乗らせる。
大慌てだ。
「レオネット、手土産は何かしら」
「リーレルト様の召使いとお話した後、お茶会でお出ししますので、我慢してください」
(くっ……さりなげなく情報を引き抜こうとしたのに……)
浅知恵など、大人にしても無意味だ。仕方なく窓の外を眺めながら、馬車に揺られる。今日もリュンレルテと同様にレオネットと二人だけでお茶会の場へ向かう。
「もう着きそうね、意外と早く感じるわね」
「前にも一度来ていましたから」
「そうね」
そんな短い会話を終わらせると、レオネットによって扉が開かれて、私は地に足をつけた。
「ようこそいらっしゃいました。ご案内いたします」
お披露目お茶会にもいた白髭イケメンおじさんだ。その人の背中をまた追う形で歩みを進める。レオネットは私の後ろを歩く。
(リュンレルテは迎えに来たのに、リーレルト様は迎えに来ないのね……)
そう考えながら、きょろきょろと周りをあちこち見てみる。お披露目お茶会と同じ光景、同じ道筋で歩き続け、最後はお披露目お茶会室も通り過ぎてさらに奥へと進んでいく。
どれだけ長いんだ、と叫びたくなる気持ちを抑えながら、私は疲れが溜まった足を動かし続けた。そして、ようやく扉の前に立ち止まった。
「では、扉を開けます」
そう言いながら、扉を優しく叩く音が響いた。中からは「入れ」と、リーレルトの声がする。
扉は開かれ、おじさんに手招きをされて扉をくぐった。
「やぁ、メルディーラ。一週間ぶりだね」
「本日、お茶会にお招きいただき、ありがとうございます」
その一週間が濃いのもあって、ものすごく長く感じた。でも、今思うと短いかもしれない。久しぶりと言いたくなる気持ちを抑えた。
「いや、いいんだよ。今回は重要な話だからね」
相も変わらず、笑顔を絶やさないリーレルトだが、ずっと椅子に座ったままお茶を片手に、私を見ている。ものすごく腹立たしい。
「そうですか、お断りすることは可能でしょうか?」
「それは話をしてからだね」
なんだか、こういうの苦手かもしれない。自分の方が立場が上だから、と考えているのだろう。少なくとも、リュンレルテはそんなことをしなかった。
「わかりました」
「さ、そこへ座るといい、立つのも嫌だろう?」
「お言葉に甘えさせていただきます」
レオネットに向かいの椅子に座らせてもらい、リーレルトと同じ目線で話が始まった。
「さっそくだけど、君との婚約はなかったことにしておくよ」
その言葉に嬉しさのあまり立ち上がろうとするが、レオネットの存在感に気づいて抑える。そして、私は満面の笑みを浮かべて話し始めた。
「領主の子であるリーレルト様を、無礼な立ち位置にならない事が嬉しく思います!」
「うむ、それでだが、君が成人する二年前に婚約しようと思うんだ」
多分、私の耳が悪かったのだろう。何か間違っているはずだ。おぉう、と心中で呻いた。聞き間違いであってくれると助かる。本当に。
「ごめんなさい、あまりよく聞こえなかったのですが」
「ん? そうか、成人する二年前に婚約しよう」
「嫌です!」
ついうっかり本音を言ってしまった。そして、慌てて気を取り戻す。
「失礼しました。わたくし、絶対に今のお屋敷を守りたいのです。どの家系にでもなれるのは、リーレルト様にとって良い駒だと思うのですが」
「駒……か。君の言った通り、そうだろうね。だけど、これは私の父上が選択したことなんだよね」
リーレルトの父、つまり領主だ。昨日の夜会ったあの男性だ。どことなく態度がよく似てる。それよりも、なぜ私なのか。しっかり説明をしてもらわないと気が済まない。しかも、私の地位や年齢も婚約にするにも最悪だと思うのに。
「なぜ、わたくしなのですか?」
「前にもその質問をしたね、それは言えない」
「意味がわかりません。お受けできない話です」
リーレルトは茶器を置き、足を組んで背もたれの場所に腕を置き、窓の外を眺める。
性格や態度を知らなければ、ほかの令嬢たちは目を奪われるだろう。でも私は違う。この人のことが本当に嫌いになりそうだった。
「王都がもうすごくてね、私は領主にならないための婚姻だと思えばいいよ」
つまりですが、私が最悪な立場だからちょうど良かった的な、つまり使い捨てですか。どうして、領主の子といい、商人といい、婚約の話を進めたがるのか。商人の方は引き下がったっていうのに、この人だけは粘着してくる。嫌になりそうだ。
「わたくし、そんなに安い女でしょうか」
今にも怒りが沸き上がりそうだが、カリーレに教えてもらった魔力操作で暴走を抑える。それでも怒りの感情は消えることは無い。
「そんなことないよ、君は一人じゃないか、寂しくないのかい?」
「寂しいなんて思っていません。わたくしの家には家族が四人もいるのですから」
その言葉にリーレルトはレオネットを見上げた。気づいたのだろう。侍女が家族と思っていることに。
「君はかわいそうだ。私たちの家族になればいいじゃないか」
「嫌なんです、家にいる者たちを捨てるようなことなんて」
リーレルトは茶器の中を眺め、考え始めた。リーレルトはただ情があったのだろうと予想した。私はずっと独りだからかわいそうなんて思っているのかもしれない。だとしたら、彼なりの優しさなのだろう。
それでも、私はあの家を離れることはしたくない。
「私たちの家族になれば、好きなものを好きなだけ買えるのだぞ、お菓子や本、君のほしいものが揃えられるだけのお金も地位もあるというのだぞ?」
両手を差し出して、手を握ってくれと懇願を見て、私は一つため息を吐いた。
「ごめんなさい、わたくしである必要がまったくないので、お断りさせてください」
頭を下げ、断る。行き場の失った両手は、膝の上に再び置かれて、リーレルトは俯いてしまった。年下に無下にされた年上なんて、プライドがきっと許さないはず。私はいじめられるかもしれない。
「そうか……君の言いたいことは分かったよ。なら、友達にならないか?」
「へ? おともだち?」
さすがにその提案にはびっくりして変な声が出てしまった。もう怒らせたのだとばかり思っていたけれど、彼は違った。結局、なぜ私である理由がわからない。
「そうだ、もっと話をして、もっとお互いを知ればいいのではないか?」
「急に言われましても……」
「リュンレルテと友達になっていたではないか、私はダメなのか?」
「い、いえ、ダメとい……」
「ならいいんだな?」
「うぅ、はい……」
完全に押されてしまった。半ば無理やり返事を引き出したリーレルトは満面の笑みで私を見つめている。
「よかった。さっそく友達同士、散歩をしよう」
「えっと、まず手土産をお渡ししても?」
「それは従者が勝手にやっててくれ、さぁ、来るんだ」
なんだろう、もう早く帰りたくなってきた。グイグイと手を引っ張り、私を連れ出してしまった。レオネットを置いて。
「室内庭園があるんだ、綺麗だぞ」
「は、はぁ……手を離してください」
「だめだ、友達なのだから普通だ」
(いや、力が強くていたいの!)
何が何だかわからず、私は引っ張られ続ける。無理やり足を動かして転ぶことは免れたが、足の力もなくなりつつある。こうなるのなら、カリーレから身体強化を教わればよかった、と思わざるを得ない。
「着いたぞ!」
さっさと家に返して! と心の中で叫んだ。




